22 王様の剣
次回から、勇者ざまぁ展開の追加分に入ります。
ゴルドウルフの剣に、子供たちは狂喜していたが……ただひとりだけ、むっつりしている女生徒がいた。
「ハァ、この程度の剣でここまで大喜びできるだなんて、貧民はいいわねぇ……グラスパリーン、アタシはこんな貧民剣、いらないから」
彼女は『貧民』という単語をやたらと強調しながら、ゴルドウルフの剣を抜きもせずに女教師に突き返す。
「今回だけは大目に見てあげるけど……次にこんな貧民剣をアタシによこしたら、そのメガネを叩き割るわよグラスパリーン! ちゃんとそのボロメガネに焼き付けておきなさいよね! 隣にいる、名もなきオッサンも! この誇り高き、『ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン』の長女である、このアタシのことを!」
ビシィィィッ! と音が聞こえてきそうなほどに大人たちを指さした少女の名は、『シャルルンロット・ナイツ・オブ・ザ・ラウンドセブン』……!
『ナイツ・オブ・ザ・ラウンド』とは、一騎当千の活躍した騎士に与えられる、名誉ある称号である。
貢献度によって『ラウンドワン』から順位づけされるのだが、『ラウンドセブン』は文字通り、7番目……!
この世界で上から7番目に高名な騎士とされる、名家の長女である……!
グラスパリーンが受け持つ10人の生徒のなかで、この少女だけは性格、容姿ともにひときわ異彩を放っていた。
金色のツインテールを大きな青いリボンで結わい、そしてそれとお揃いのような鮮やかな蒼眼が、強気さを表すようにらんらんと輝いている。
見た目はビスクドールのように愛らしいが、いつも吊り上がっている眉と目尻のおかげで台無し。
服装は、女騎士の正装であるナイトドレスに魔法の胸当て。
どちらも子供用だというのに、かなりの高級品である。
以上のことからもわかるように、彼女は典型的な金持ち騎士……!
将来は、より高慢で高飛車になった姿が目に浮かぶほどの、ナマイキちびっこ騎士様であった……!
「ご、ごめんなさい! シャルルンロットさん……!」
相手は教え子だというのに、そのオーラに押されっぱなしのグラスパリーンは、ぺこぺこ謝りはじめる始末。
「ではシャルルンロットさん、剣はどうするのですか?」とゴルドウルフが尋ねると、
「下男は心配しなくていいの。『ゴージャスマート』でパパに買ってもらった、ここにいる貧民では目にすることもかなわない、スッゴイ剣を持ってきてるから」
お嬢様はそう言いながら、持参していたリュックからショートソードを取り出す。
まずは腰のベルトに携えると、もったいつけるように立派な鞘から引き抜いた。
それは、複雑な文様が彫り込まれた幅広の直剣だった。
子供用の両手剣をイメージしているのか、柄はツーハンド用で、他の子たちが使っているロングナイフより刀身が1.5倍ほど長い。
「この剣は『斬岩剣ロックブレイカー』! その名のとおり、岩をも断つ最強の魔法剣よ! もちろんオーダーメイドで、刀身には我が『ラウンドセブン家』を称える詩が彫り込まれているのよ!」
シャルルンロットはそう喧伝しながら、ビュンビュンと振り回しはじめる。
呆れたような感心したような表情で、ぽけーっと見とれているクラスメイトと女教師。
お嬢様はその反応を、我が剣の凄さに言葉を失っているのだろうと解釈する。
さらに驚かせてやろうと、そばにあった岩めがけ、大上段で振りおろした。
……カキィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
鈴を転がすような、澄んだインパクト音を耳にした瞬間……ゴルドウルフは眉をひそめる。
そして瞬きよりも早く、とっさに子供たちの前に移動していた。
真っ二つに折れた刃先が、ギャラリーの女の子めがけて投げナイフのように飛んでいく。
しかしゴルドウルフがすでに待ち構えていて、彼女の顔に当たる寸前で、人さし指と親指で挟んでキャッチした。
「わっ!?」と驚くギャラリーをよそに、ゴルドウルフはお嬢様を厳しい口調でたしなめる。
「……その剣は、かなり粗悪な材料でできていますね。そのおかげで軽くて子供でも振り回せるようになっているのですが……でもそれだけで、切れ味と耐久性はほとんどありません。魔法錬成もされていないので、岩どころか、枝を斬るので精一杯でしょう。でもそれ以前に、剣は岩を斬るものではありませんよ」
しかし、彼女はまるで聞く耳を持たなかった。
「フン、アンタの作ったオンボロ貧民剣じゃあるまいし、超一流の創勇者がつくった『ゴージャスマート』ブランドの剣が、粗悪だなんて節穴もいいとこだわ。折れたのは偶然だし、岩を斬るのもアタシの勝手。それに……どのみちこの剣は、折れようが折れまいがここに捨てていこうと思ってたの」
お嬢様はそう言いながら折れた剣をポイ捨てすると、リュックから新品の剣を取り出す。
先程よりも豪華に飾られたものだった。
「パパに新しいの、買ってもらっちゃったし」
こちらが本命だとばかりに、彼女はニンマリと笑った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ちょっとしたトラブルはあったものの、キャンプは次のカリキュラムに入った。
グラスパリーンが作った『ウッドゴブリン』を渓流一帯に放ち、子供たちで狩るというものだ。
初めての真剣、それに実践さながらの体験に、子供たちの瞳孔は開きっぱなし。
しかもゴルドウルフの剣の威力はすさまじく、木製のゴブリンめがけてひと振りするだけで、
……スパカァァァァーーーンッ!
とボウリングのストライクのようにバラバラにできるので、みんな自分が強くなったような気分に浸れた。
しかし、シャルルンロットの剣だけはいくら力いっぱい当てても、
……ガスッ!
とめり込むのみ。
よろめきはさせられるものの、倒すにはほど遠いわずかなカスリ傷を残すだけだった。
「なっ……なんでアタシだけ、アタシだけゴブリンを倒せないのっ!? 使っている剣は貧民剣の千倍はする最高級品で、力はともかく、剣術じゃ男子よりも優秀なのにっ!? ムキィィィィーーーッ!?!?」
とうとう癇癪をおこし、あばれザルのように剣を振り回しはじめるお嬢様。
先程のことがあったので、だれもそばに近寄ろうとしない。
結局、彼女は1体のゴブリンすら倒せず最低成績をマーク。
それどころか本命の剣までへし折ってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ぶんむくれるシャルルンロットをよそに、次はウッドゴブリンを倒して得た薪を燃やして、キャンプファイヤーをする。
……はずだったのだが、ここでまたトラブル発生……!
グラスパリーンが、マッチ棒と間違えて綿棒を持ってきてしまったのだ……!
これでは火がつけられないと、女教師は真っ青になって泣き崩れてしまった。
「ひぃやぁぁぁぁぁんっ!? 私、またやっちゃいましたぁぁ! ごめんなさい、ごめんなさいいっ! ごめんなさぁぁぁぁーーーーーいっ!」
「だったらメソメソ泣いてないで、戻って取ってきなさいよ! このドジメガネ!」とお嬢様に罵られ、
「ひゃぁぁぁぁぁーーーいっ! 街まで戻って……取ってきますぅぅぅーーーんっ!」
グラスパリーンは尻に火をつけられたウサギのように駆け出そうとしたのだが、踏み出した1歩目でべちょっと転んでしまう。
ゴルドウルフは彼女をあやしながら助け起こすと、ハンカチで顔を拭ってやった。
完全に小さい子の扱いである。
「まぁまぁ泣かないで、グラスパリーン先生。ほら、涙を拭いて、鼻もかんで……。それにせっかくですから、マッチを使わずに火を起こす方法を子供たちに教えてあげてはどうですか?」
「ま……マッチを使わずに、火を起こすって……私、魔法なんて教えられませぇん!」
「いえ、魔法でもないです。木さえあれば火は起こせるんですよ。では、私がお手本を見せますから、先生も子供たちといっしょにやってみてください」
「ふぁ……ふぁい……! ありがとうございます! ありがとうございますぅぅ!」
神様を見るような目で、女教師はえぐえぐと泣いた。
それからゴルドウルフは子供たちをまわりに集め、グラスパリーンを隣に、火起こしの授業をはじめる。
まずはナイフで木を削って火切り棒を作り、薪を組み合わせて火切り板をこしらえた。
あとは着火剤として燃えやすい葉っぱを置いて、植物のツタを巻き付けた火切り棒をゴリゴリと回す。
かなり原始的な方法ではあるが、最低限の道具と少しの練習で火が作れるようになるので、覚えておけばサバイバルの時に役立つ『ひもぎり式』というやり方だ。
「バッカみたい。そんなんで火が起こせるわけないじゃない」
とソッポを向いていたお嬢様も、白煙があがり、クラスメイトが「わぁーっ!」と騒ぎ出したところで気になったのか、チラチラと様子を伺いはじめる。
そしてメラメラと火の手があがる頃には、誰よりも前に来て、子猫のように目を丸くして覗き込んでいた。
「……じゃあ、いま私がやったことを、それぞれ2人ひと組でペアになってやってみてください。お兄さん、お姉さんがたは小さい子を誘って、3人ひと組で」
ゴルドウルフの指示に「はぁーいっ!」と元気に返事をして、めいめいのペアを作る子供たち。
真っ先にあぶれたお嬢様は、またふてくされてしまい……フンとあらぬ方向を向いてしまった。
河原に陣取り、さっそく火起こしをはじめる。
それをゴルドウルフが見て回っていると、
……ドーン。
と遠雷のような音が空に響きわたった。
子供たちは火起こしに夢中でそれどころではなかったが、グラスパリーンは何事かとあたりをキョトキョト見回す。
ゴルドウルフはすでに音源を察知していて、遠方の空のある一点を見つめていた。
女教師はオッサンに寄り添い、「んしょ、んしょ」と背伸びをして同じ方角を見る。
すると……遥か遠くの山が、ロウソクのように燃え上がっていた。
「ご、ゴルドウルフさん……あれは山火事、でしょうか?」
尋ねる声が不安そうだったので、ゴルドウルフはやさしくささやき返す。
「……あそこは隣のトルクルム領にある『火吹き山』という地下迷宮ですね。もともとは鉱山で、山頂にあいた穴からああやって火が吹き出すので、そう呼ばれていました。今あそこはミノタウロスが棲み着いて問題になっていますから、誰かが大魔法で殲滅しているのかもしれません。なんにしても、ここまで被害が及ぶことはないですよ」
「そうなんですね。ああ、よかったぁ……。あ、そうだ。私も火起こししなくっちゃ。……シャルルンロットさぁん、先生といっしょに、火起こしし~ましょ!」
グラスパリーンはホッと胸をなでおろしたあと、お嬢様をなだめに向かった。
その姿は先生というよりも、遊びに誘う子供のようだったので、ゴルドウルフはなんだか微笑ましい気持ちになる。
しかし……さすがの彼も気づいていなかった。
長きにわたり沈黙していた鉱山を、再び『火吹き山』に変えたのは誰なのかを。
そう……!
言うまでもなく、彼のかつてのパーティメンバーであった、大魔導女……!
ミグレア・ダーティサッド、その人であった……!
次回、いよいよ勇者ざまぁ展開…!