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120 持たざる者たち

 再び相まみえた、男と女。

 ふたりは同じような境遇にあるにもかかわらず、大きく違っていた。


 かたや、質の良いタキシード。

 入隊式典のMCの時に着ていたものは逃走の際に破れてしまったが、スペアはたくさんある。


 背中にはクーララカから奪ったリュックを背負い、手には彼女から同じく奪った剣。

 そして名も無き導勇者(どうゆうしゃ)から奪った大ぶりのトランク。


 ショッピングモールから拝借してきたカートには、この街で集めた食料が満載。


 もはや両手にあふれるほどに持っているというのに、なおも手には、果物屋から奪ったばかりのリンゴが。


 かたや、引き裂かれたタキシード。

 『狭間ルーレット』の時にカジノから借り、着の身着のままの逃走生活を送っていたので、もはやボロ布同然。


 くっつけられていた耳と尻尾はすでに落ちている。

 顔はアザだらけで、服の裂け目からは血の滲んだ傷跡が覗く。


 両手には、なにもない。


 両者の違いは、まるでこの世界の現状(いま)の縮図のようであった。


 身に余るほどに持つ者と、まるで持たざる者……。


 もうじゅうぶんに持っているというのに、悪事に手を染めてまで、なおも持とうとする者……。

 なにひとつ持っていないというのに、悪事には決して手を染めず、持とうとしない者……。


 勇者と、それ以外……!


 彼女は死の淵に立たされても、決して奪うことはしなかった。

 そして残飯を漁ることもしなかった。


 ただひたすらに街中を、路地裏をさまよい、探していたのだ。


 彼がいま、柄を手にしている、剣を。

 彼女はいま、まさにその剣の鞘を握りしめていた。


 そして、ボサボサに乱れた前髪の奥に光る、飢えた狼のような眼光で、男を睨みつけていた。

 そして、もう一度、咳唾(がいだ)にまみれた声を振り絞る。


 「返せ……!」と……!



「……き……貴様のような邪悪な男に、その剣は応えぬ……! な……なぜならばその剣は、大切な物を奪うための剣ではなく、大切なものを守るための剣だからだ……! ず……ずっとずっと、探していたぞ……!」



 しかして、男の答えは……!?



「こっちもずっとずっと、探してたんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」



 女とは対照的な、快弁であった……!

 そして、目の醒めるような一言とともに、



 ……ドガアッ!



 喧嘩キックを放つ……!


 それをまともに腹に受けてしまった彼女は、



「ぐはあっ!?」



 と肺腑から息を振り絞りながら吹っ飛び、建物の隅にあったゴミ溜めに突っ込んだ。

 その上から容赦なく、追い討ちが降り注ぐ。



「お前のっ! せいでっ! 俺はっ! スターロードから! 落っこち! ちゃったじゃん! おかげでっ! こんな! 路地裏生活じゃん! 逃亡生活じゃん! 死ぬじゃん! 死ぬじゃん! 死ぬじゃん! 死ぬじゃんっ!」



 剣は鞘に収ったままとはいえ、鉄の棒のようにかなりの威力があった。

 打ち据えられた彼女は最初こそは「うっ! ぐっ!」と悲鳴をあげていたが、やがてそれもなくなる。


 しかし、いちど感情が爆発してしまった男の連打は止まらない。

 彼女に関係あることないこと、すべてをぶちまけるように、激情に任せて剣を振りかざす。



「でも俺はっ! あきらめないじゃん! 何度でも這い上がってやるじゃん! お前らみたいな! 邪魔者を! こうやって! こうやって! こうやって! ブッ潰して!! みんなブッ殺してっ!」



 ついにトドメとばかりに、大きく振りかぶると、



「俺はっ、この俺はっ! ジャンジャン、バリバリじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」



 ……ドグワッシャアァァァァァァァーーーーーーーーッ!!



 親の命を奪った殺人スイカを叩き割るような、強烈な一打を頭部に見舞う。


 すると、彼女は両肩をビクンとわななかせ、動かなくなった。


 ジャンジャンバリバリは、両肩をいからせていた。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ……! 勇者に逆らったヤツは、みんなこうなるんじゃん……!」



 吐きかけた唾が、彼女の頬にべちょりと広がる。

 しかし最低の三行半をつきつけても、ジャンジャンバリバリの気持ちはおさまらない。



「みんな、みんなこうなるじゃんっ……! 死ぬまで殴られ、蹴られ……! 死んでも殴られ、蹴られ、唾を吐かれ……! そして地獄で勇者に逆らったことを、後悔するんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」



 ……がばぁぁぁぁぁ……!



 彼女は霞みゆく意識のなかで、死神の鎌のように振り上げられた、自分の剣を見つめていた。

 茫洋とした瞳に、勇者の最後の暴虐を映している。


 生きているのもやっとの怪我と疲労、限界をこえた空腹と緊張。

 カジノから逃げ出してもなお終わらない逃走生活に、ようやく終止符が打たれようとしていた。



 ――私の人生も、これで終わり、か……。


 偉そうなことばかり言って、結局、何ひとつ救うことなどできなかった……。


 守るために手にした剣に殺されるのも、無理もないか……。



 最期に彼女が感じていた感情は、『諦観』。

 あの時(●●●)と、同じ……。


 しかし、あの時(●●●)と同じく……。



 ……ぱたぱたぱたぱたぱたぱた……。



 と、いかにもちょこまかした小走りだと分かる、足音が近づいてきたかと思うと……。



「おねえちゃんを、いじめてはダメなのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 視界の隅から窮鼠のように飛びかかる、小さな影が……!



 ……ガブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!!



 そして、鼻持ちならない黒猫を、ひと噛みっ……!!


 それは、他ならぬ巫女少女であった。

 少女は勇者の半分以下の身長しかないというのに、果敢に立ち向かっていた。


 自分の倍以上も身長のある相手の太ももに、食らいついていたのだ……!

 耳をこれでもかと、ぺったんこにして……!



「ぎゃああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!?!? いただだだだだだだだだだだっ!? 痛いじゃん痛いじゃん痛いじゃん痛いじゃんっ!? 離すじゃん離すじゃん離すじゃん離すじゃん!? 離すじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!?!?」



 ジャンジャンバリバリは絶叫とともに噛みつかれた方の足をブンブン振り回して、カミツキガメのようになってしまった少女をなんとか振りほどこうとする。

 しかし、離れない……!


 その反撃の様子を、倒れたまま、他人事のように見つめていた彼女。

 なぜか頭の中には、あるオッサンの、ある言葉がよぎっていた。



 ――どんな時でも、絶対にあきらめないことです。

 走って、走って走って、走りまくってください。


 四肢を振り乱し、髪を振り乱し、齧りついてでも。

 生きるために前に進んでください。


 走れなければ歩け、歩けなければ這い、這えなければ叫び……。

 そして、叫べなかったら、祈るのです……。


 野良犬だって、死を前にすれば祈ることでしょう……。

 それに野良犬は、人目など気にしません。


 みっともなくジタバタもがいて、のたうちまわって……。

 命尽き、果てるその瞬間まで、足掻いて足掻いて、どこまでも足掻きまくって……。


 そして……仲間の元に戻る……。

 それが、野良犬……。


 そしてそれが、私がみなさんに教えている『野良犬剣法』なのです。


 『野良犬剣法』は、攻めるための剣ではなく、守るための剣……。

 気取っていては、守れるものなど、なにひとつないのです。



 ……カッ!



 彼女の瞳の奥で、小宇宙が爆発したかのように、瞼が見開かれた。

 そして、もはや自分の意思では毛先ほども動かせなかった身体が、自然と動いていた。



「うっ……うごぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 獣じみた唸りとともに、彼女は食らいついていた。

 勇者の、太ももに……!


 まさに2匹の野良犬に食らいつかれてしまったジャンジャンバリバリは、この世のものとは思えぬ大絶叫。



「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 もんどりうって倒れ、ゴミ溜めを散らすほどにのたうちまわり、地面に頭をガンガンと打ち付けるほどに大暴れ。


 しかし、外れない……!

 太ももに食い込む牙たちは……!



「かえせっ……かえせぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ! 剣を、剣をかえせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!! それは、それは私が、センティラス様からいただいた、大切な物なんだぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



「おかねを払わないとダメなのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ! おねえちゃんをいじめてはダメなのですぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!! とったものは返さないと、ダメなのですぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーっ!!!!」



 ジャンジャンバリバリの足元から立ち上る唸り声は、くぐもっていてまるで聞き取れなかった。


 そして、とうとう……。



「やっ、やめてやめてやめてやめてっ!! やめてじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」



 ……バリバリバリィィィーーーーッ!!



 彼の名前のような擬音とともに引き裂かれ、パンツごとズボンを奪われてしまうジャンジャンバリバリ。

 しかしもう、彼には反撃するだけの気力は残されていなかった。



「ひっ……ひぎいいいいっ!? 助けてじゃんっ! 助けてじゃん助けてじゃん助けてじゃんっ!! なんでもあげるから、いいいい、命ばかりは助けてほしいじゃん! 助けてほしいじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」



 そう叫びながら何もかもほっぽり出し、丸出しの下半身を隠そうともせず、あっちにぶつかり、こっちにぶつかり……。

 転んでゴミ箱に突っ込んで、頭からゴミ箱を被ってさらに方向がわからなくなり、スマートボールのように跳ねまくりながら路地裏へと消えていった。

新連載、開始しました!

『ヘル・クラフト 天国を追放された天使見習い、地獄を掘る!』

このお話の番外編のような面白さを感じていただけると思いますので、ぜひ読んでみて下さい!

すぐ下に、リンクがあります!

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― 新着の感想 ―
[一言] バイティング(噛みつき)など、戦場格闘技では基本のひとつに過ぎん。 狙いは頸動脈に絞るのが得策。 尚、衣類の上から噛む際は布を吟味すべし。 急激に引き抜かれ前歯を根こそぎ持って行かれるケース…
2023/10/20 17:37 かんちゃん
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