119 ドッグ・ピック・パック
リヴォルヴ総司令は打倒アーミー・オブ・ワンを掲げていたが、その事実を共有するのは、『野良犬バスターズ』の上層部だけに留めておいた。
なぜならば、兵士たちの士気に影響を及ぼすと考えたからだ。
なにせ相手は勇者としての格も、保持している戦力も遙かに上。
戦って勝てるどころか、名前を聞いただけで縮み上がってしまうものがほとんどであろう。
となれば、ヤツを支えている土台から崩していくしかない。
そして、戦いをこのグレイスカイ島だけに限定すれば、リヴォルヴにも勝ち目はある。
彼は屋敷のテラスの上で最初の演説を終えた後、取り出した相棒をとある方角に向けた。
その銃口で、狙いを定めていたのは……。
『神の住まう山』っ……!
「敵は、邪教徒が崇める山に立てこもっている! あの山を敵の本拠地と定め、包囲網を敷き、殲滅戦を開始するっ!!」
リヴォルヴはシンイトムラウこそ、アーミー・オブ・ワンの眉間だと思っていた。
あそこには、サイ・クロップスとゴルゴンという、ふたりの裏切り者が隠れている。
生け捕りにすることさえできれば、チェック・メイト……!
拷問にかけてアーミー・オブ・ワンとの繋がりを吐かせることができれば、へし折れる……!
ヤツの屋台骨を……!
我が身を顧みなかったスキュラからすると、自白を迫るのはかなり困難かと思われた。
しかしリヴォルヴは創勇者なので、そのあたりは得意分野であった。
使えば最後、廃人まっしぐらの薬物や、血も凍るような拷問器具が、屋敷にはぎっしりとある。
それらはたとえ神尖組であっても、朝食前にはギブアップせざるを得ないほどの……!
しかしサイ・クロップスもゴルゴンも、心は腐っても身体は神尖組。
生け捕りとなると難しいかもしれない。
いちばん手っ取り早いのは、野良犬マスクを捕まえることだろう。
中身はただのオッサンのはずなので、野犬感覚で捕獲できるはず。
そして彼の場合は薬も拷問器具もいらないだろう。
爪切りと耳かきでもあれば、簡単に自白させられる……!
リヴォルヴはそう思っていた。
彼は野良犬マスクの中の人が、かつてどれほど情けないオッサンだったのか、知っているのだ。
そのときのことを思い出すと、つい頬が緩んでしまう。
なにせあのオッサンのおかげで、今の自分が……。
思わず浸りかけて、リヴォルヴはブルッと頭を振るった。
総司令の顔つきを取り戻すと、相棒を持つ手を高く掲げる。
そして、ついに作戦開始を声高に叫ぶ。
「それでは、オペレーション……『毟られた野良犬の群れ』を開始するっ……!!」
嗚呼……!
そろそろ、誰か教えてあげてほしい……!
彼らがいま向かわんとしている相手は、『野良犬の群れ』などではないことに……!
相手は、『狼の群れ』っ……!
しかもその頂点に立っているのは……。
地獄の番犬をも喰い殺す、黄金の魔狼あることを……!
早く、言いたいっ……!!
しかし、異世界からの想いなど、届くはずもなく……。
……ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
スターターピストルは、蒼穹に轟いてしまった……!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
作戦コードネーム、『毟られた野良犬の群れ』の内容はこうだった。
まずは街中、港、ビーチなどを、建物を含めて徹底的に探索。
ワイルドテイルやホームレスを発見した場合は、身元にかかわらず即座に排除する。
そのあとにシンイトムラウの集落を全て焼き払い、そこにいる者たちを身元にかかわらず排除する。
最後に、シンイトムラウを全方位で包囲。
一応、降伏の呼びかけをしたあと、攻城兵器による一斉攻撃を行なう。
神の山をハゲの山にしたあと、全軍突撃……というシナリオであった。
最初に街を掃討するのは、敵の潜伏を怖れてのことである。
兵士の数と兵器の質に差がある戦いにおいて、不利な側が取るのは奇襲や待ち伏せなどのゲリラ戦である。
特に、島の中央にあるシンイトムラウの侵攻を開始したときに、その外周にあたる街にゲリラが残っていると、背後を取られる形となってしまうからだ。
それに、街には非戦闘のセレブたちがいる。
特に要人とされる者たちはリヴォルヴの屋敷にかくまっているので、街に残っているのは一流セレブ程度。
それでも人質に取られてしまうと、それなりに影響は出る。
そして次に、集落については、単純に戦いの邪魔になるからである。
野良犬マスクの影響を受けて彼らが決起したところで、武器となるようなものは農具くらいしかないので、さほど脅威ではない。
それでもやはり、肉の盾にでもなられるとそれなりに影響は出る。
それらの後顧の憂いをなくすためにも、リヴォルヴはまず街、そのあと山の周辺を掃除することにしたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
屋敷から、作戦開始の号砲が鳴らされた頃……。
街角には、ある男と少女がいた。
それは、オッサンと少女のペアであった。
ひとりは、あの少女だったのだが……。
もうひとりは、あのオッサンではなかった。
「このっ! 野良犬のガキが俺にケチをつけるだんて、100年早いじゃんっ!」
男はリンゴを高く掲げていた。
その足には、犬耳を翼のように水平に倒し、しっぽをぶわっと広げた少女がしがみついている。
「いくらお店にひとがいなくても、おかねはちゃんと払わないとだめなのですっ! どろぼうはだめなのですっ!」
「俺は勇者じゃんっ! 勇者はこれっぽっちのリンゴくらい、いつでもフリーなんじゃんっ! このっ!」
足蹴にされ、少女は「きゃんっ!?」と倒れ込んでしまう。
「ゆ、ゆうしゃさまだからこそ……ちゃんとおかねを払わないとだめなのです! みんなのおてほんにならないとだめなのですっ!」
なおも食い下がろうとしたが、そこに……。
……バキイッ……!
棒のようなものが、振り下ろされたっ……!
「このっ! このっ! このっ! お前みたいな生意気なガキは、こうしてくれるじゃん!」
……ビシッ! バキッ! ガスッ!
「きゃっ!? いたいのですっ!? やめてくださいですっ!?」
少女はたまらず、頭を抱えて縮こまる。
しかし、一方的なリンチはやまない。
……バシッ! ドガッ! ズガッ!
「なんでもどいつもこいつも、俺の邪魔ばっかりするじゃん!? なんで俺をスターロードから蹴落とそうとするじゃん!?」
……ガスッ! グシャ! ズガァ!
「やっと入隊式典のMCになれて、ようやくいつもの俺を取り戻すことができそうだったのに……! またあの野良犬がっ! あの野良犬がぁぁぁぁぁぁぁっ!」
……ガシュッ! ゴスゥッ! グシャアッ!
「さては、どいつもこいつも俺の才能を妬んでるじゃん!? あの野良犬もっ! そしてお前もっ!」
「お……おじちゃんっ、や、やめ……!」
少女は親の虐待を怖がる子供のように泣きすがる。
しかし、それがますます彼の嗜虐に火をつけてしまった……!
なぜならば、その耳が、その顔が、想起させてしまったからだ。
とある因縁をっ……!
「そしてそして、あの女も、あの女もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!!」
大きく振りかぶられた、その名状しがたき棒のようなものが、襲いかかろうとした瞬間、
……ガシィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーンッ!!
何者かが、ソレを掴んだ。
「か……返せ……! こっ……この剣は、私のものだ……!」
新連載、開始しました!
『ヘル・クラフト 天国を追放された天使見習い、地獄を掘る!』
しかも一挙に5話掲載!
そこまでで、このお話の番外編のような面白さを感じていただけると思いますので、ぜひ読んでみて下さい!
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