115 死の珊瑚
この島でもっとも神聖で、崇高であるはずの広場には……。
怒号と絶叫、そしてかつての惨劇を再現するかのように、血風が舞っていた。
そして希望と前途、そして殺戮と野望に満ちていた若者たちの生命が散っていった。
なにせ死に体とはいえ、隊長ひとりでも小国クラスなら壊滅させるほどの実力者に加え、彼が認めた部下が29人もいるのだ。
弓矢やクロスボウはもとより、フリントロック式の長銃の弾丸ですら弾き返す。
魔法などは、上部に刺さっている隊員が見張りを務め、ナイフを投げて阻止する。
それまで治癒にあたっていた聖女や治癒術師たちを人質にとり、援護させる。
『神の指』と呼ばれる者たちは、まさに神の手から離れた指のように、死の淵ギリギリにあっても恐るべき力を見せつけていたのだ。
もしその力が正当なる相手に振りかざされていたのであれば、来客たちは避難も忘れて拍手喝采を送っていたであろう。
しかし今回は、完全なる内輪モメ……!
同じ制服に身を包んだものたちが、入り乱れて殺し合っているのだ……!
特に砂被り席にいた賓客たちは、この日のために着飾ったというのに返り血を浴び、
「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
悲鳴とともに、逃げ惑う有様……!
満を持してのはずの神尖組の入隊式典は、勇者イベント史上、過去に例を見ないくらい……。
いや、最近似た例はあったのだが、それよりも、遙かに……。
……しっちゃかめっちゃか……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、式典は中止となった。
反逆を起こした第10番隊は、人質であった聖女や治癒術師の精神力が尽きてしまい、治癒を受けられなくなって、しばらくして絶命した。
そして……今回の新入隊員は、入隊初日に全員殉職した。
もはや祝うべき対象すら、失ってしまったのだ。
とりあえず、大国の関係者や勇者たちを屋敷に避難させる。
そして……その頃、総責任者はというと……。
彼は、真っ赤な夕陽が抉るように差し込む室内いた。
辺り一面に、自分の血をぶちまけたような暗い光のなかで……。
椅子に座りもせず、書斎机のなかに潜り込んでいた。
胎児のように膝を抱え、すべてのものから逃れるように。
部屋の外からは、まるで母体を外から殴りつけているような、乱暴なノックの音がやまない。
「リヴォルヴ様っ!? リヴォルヴ様っ!? 来賓の皆様がお待ちです!! 出てきて、皆様にこれからの方針をご説明してくださいっ!!」
「大国の方々も、勇者の方々も、大変お怒りです!! このままでは堕天になってしまいます!! どうか、どうか皆様にご説明を!!」
彼は、抜け殻となっていた。
――いま、俺がいる机の下には、いままで多くのワイルドテイルの妊婦たちがいた……。
俺の脚マットがわりだった腹ん中のガキどもは、俺に蹴られてこんな気分だったのかナァ……。
だとするなら俺はいま、最高の狭間にいるのかもしれねぇナ……。
額に、拳銃を突きつけられているのも同然の状態……。
サイコロでいやあ、三五ってやつだナ。
俺はこの三五って目が、大好きナんだ……。
三五の裏は、四二……。
いわゆる、死に目ってやつだナ。
ちょっとひっくり返るだけで、あの世行き……。
でもその逆は、三五……珊瑚に瑪瑙、瑠璃に玻璃に囲まれた極楽ってワケだ……。
だから俺はまだ、やれる……。
やれるはずナんだ……。
ナんたって、表か裏かの大博打をいくつも勝ち抜いて、俺はここまで来たんだからナ……!
彼は足元に落ちていた相棒を拾いあげる。
その唇を、こめかみにめり込ませた。
……グリッ……!
――どんなに乾いていても、なにも感じなくなっていても、コイツだけは……。
コイツの感触だけは、いつでも俺を揺さぶる……!
……ググッ……!
彼が銃爪に身を委ねようとした、その瞬間。
……ひゅう。
と一陣の風が吹き抜けた。
窓はすべて閉め切っているはずなのだが、どこからともなく訪れたそれは、机の上にあった書類をリヴォルヴの手元に落とす。
部下が置いていったであろうその紙に、何気なく視線を落とすと……。
それは、情報部からの書類であった。
今まで、野良犬マスクと逃走中の女について洗わせていたのだが、その報告が今朝、机の上に届けられていたのだ。
しかし今日に限っては、リヴォルヴは起床してすぐに『神尖の広場』に向かっていたので目を通していなかった。
「……なっ!?」
彼の全身に、目の醒めるような迅雷が疾る。
『野良犬マスクが被っていたマスクを調査したところ、ハールバリー小国で展開している冒険者の店「スラムドッグマート」が扱っているパーティグッズのひとつであることがわかりました』
『神尖組の警備たちとカフェでトラブルを起こし、手配中となっていた女の身元は、「スラムドッグマート」の支部長を務めているということがわかりました』
『また、追加で調査を行なっていた、導勇者ジャンジャンバリバリについては、「スラムドッグマート」が過去に開催いていたイベント「大聖女と行く不死王の国ツアー」のメインMCを務めていたことがわかりました』
それらの文章たちが、リヴォルヴの脳内でパチパチとパズルのように嵌まっていく。
いままではバラバラだと思っていたものたちを、繋ぎ合わせるキッカケとなったのは……。
ジャンジャンバリバリ・ゴージャスティス……!!
リヴォルヴは、式典の狂乱のなかで、ある光景を目撃していた。
第10番隊と新人隊員たちにもみくちゃにされ、ステージから這い出るMCの姿を。
そのMCの頭には、特徴的であるアフロがなくなっていたこと。
その時は騒ぎのほうに気を取られていて、リヴォルヴは「あのMCはカツラだったのか」くらいの感想しか抱かなかった。
それからジャンジャンバリバリは、いつの間にかどこかに消えてしまったが、気にも止めなかったのだが……。
しかしここで、星屑のような点と点とが繋がり、星座のような線となる……!
彼はいま、生まれたばかりの赤子ように脳に血液が駆け巡り、身体じゅうの毛穴が開いたかのような表情になっていた。
「そ……! そうか……! そうだったのか……! 今回の一連の出来事の首謀者は、野良犬マスクじゃナいっ……!!」
彼は確信する。
「山にいる野良犬は、完全に偽装……! ワイルドテイルたちの神様にかこつけて、目をそらすのに利用していたんだ……! あのマスクの中身は、ただのオッサン……! 今までのことはすべて、裏で動いていた者たちの仕業だったんだ……!」