113 入隊式2(ざまぁ回)
剣の根元に刺さっていた、全身白塗りに赤いドレスの人物が叫ぶ。
「だ、第10番隊隊歌、斉唱よぉぉぉぉぉーーーーーーーーんっ!!」
気持ちの悪い裏声のあと、彼の上にいた29名もの男たちが続く。
♪そ……そのお姿は、たっ、高嶺の花より美しく……
♪うっ……そのお心は、こ、紺碧の海より澄み渡る……
♪誰も誰もが、ふ、触れ……たがる……
♪誰も誰もが、ひっ、ひざまずくぅ……
まるで辞世の句のような力なき歌声が、客席を這い回るように広がっていく。
除幕の前までは一緒になって歌おうと起立した観客たちは、そのあまりの痛ましさに声を失っていた。
無理もない。
なにせ胴体に大穴を開けるように、太い石柱の剣が貫いているのだ。
歌うどころか、生きていることさえ不思議なレベルである。
彼らは死にかけの虫のように手足を力なく蠢かせ、そして時折、
「うう……痛ぇ……」
「痛ぇ……痛ぇよぉ……」
「死ぬ……死んじまうよぉ……」
そんなことをつぶやいているものだから、見ている側としてはどうしてもいたたまれない気持ちになってしまう。
入隊と言うより、まるで戦死者が出たかのようなお通夜ムードが会場を支配する。
マスコミの一人が、隊歌斉唱を真写に収めながら、こうつぶやいた。
「なんか……死にかけゴキブリを、30匹まとめてバーベキューの串に刺したみたいだ……」
それはあまりにも心ない一言であったが、あまりにも的確で、そしてツボに入ってしまったのか、周囲から失笑が起こる。
「ぶふっ! な、なんてことを言うんだっ! 不敬だろう!」
「で、でも、そう言われると、そんな風にしか見えなくなってきた……!」
「ぶふふふっ! や、やめてくれっ! 笑えてくるだろうが!」
「で、でも第10番隊の方々はなんで、あんなことをされてるんだ……?」
「もしかして、あんなになっても死なないっていう、不死身さをアピールしてるんじゃないか?」
「いや、よく見てみろよ、後ろの方に治癒術師や聖女がたくさんいるじゃねぇか」
ゴッドスマイル像の背後には、ハシゴ馬車が付けられていた。
像の剣に沿うように伸びたハシゴの上には、黒子に扮した治癒術師や聖女が鈴なりになっていた。
彼らは必死になって治癒魔法や祈りを捧げ、刺さっている隊員たちを今まさに癒やしている。
もちろんこれはリヴォルヴの指示のひとつであった。
リヴォルヴは、第10番隊を助け出すために、『救出』名目での『神聖申請』を提出した。
しかしそれが承認されるには半年以上もかかる。
その間は像に触れることは許されない。
かといって放っておくと死んでしまうので、島にいる治癒術師と聖女をありったけ集め、24時間体制でのリアルタイム治療に当たらせたのだ。
正直いってそれは、穴の空いた桶にひたすら水を足すような愚行である。
しかし、やらないわけにはいかなかった。
第10番隊は、今回の入隊式典における目玉ゲスト。
ソレが途中で死んでしまっては台無しだからだ。
剣に刺さったまま式典に参加することについては、むしろゴッドスマイルへの忠誠の証ということで押し切るつもりであった。
かなり無理のある理屈であったが……。
それらの決断は結果的に、第10番隊の者たちを、かえって苦しめる結果になってしまう……!
もうどうやっても助かる見込みはなく、死んだ方がマシだと苦痛を訴える患者に対して、延命措置を施すような……!
尋常でない激痛に支配され続けた彼らの精神と肉体は、ここにきて限界を迎える。
痛みのあまり白目を剥き、ついには涙や鼻水やヨダレが自制なく垂れ落ち始めた。
それでも彼らは歌い続ける。
まるで交通事故に遭っても、脚を引きずって会社に向かう社畜のように……!
♪ひっ……ひぎいっ! しっ、しかし触れぬ、何人たりともっ……!
♪まっ、幻の聖獣よりも、永久凍土の鋼氷よりもぐぅぅぅっ……!
♪ぎいっ……! わっ、我らが幻想、我らが理想ぉっ……!
♪のっ、のおおっ! 野良犬マスク、ここにありっ……!
最初は聞き間違いかと思われた。
♪すっ……スキスキ大好き、野良犬マスク……!
♪野良犬マスクの、おんためならば
♪地獄の釜も、開けましょう……!
♪天への梯子も、登りましょう……!
突然の替え歌に、客席がざわめいた。
「の、野良犬マスク!? いま確かに、野良犬マスクって歌ったよな!?」
「ええ、私も聞いたわ! 野良犬マスクって、一体なんなの!?」
「な、何から何まで、いったいぜんたい、何がどうなってるっていうんだ……!?」
この場にいる観客たちは、つい先日この島に来たばかりなので、野良犬マスクのことを知らない。
待望のゲストであった第10番隊の勇者たちが、串刺しで現れたうえに、妙な歌を歌い出したので、とうとう観客たちの不安はピークに達した。
そして誰よりも驚いていたのは、他ならぬ、あのふたり……!
――ナ、ナんで、ナんで野良犬マスクの名前が、こんなところで出てくるんだよっ!?
――なっ、なんで、なんで野良犬マスクの名前が、こんなところで出てくるんじゃんっ!?
思えば彼らの人生は、野良犬マスクに関わったときからおかしくなった。
かたや、野良犬マスクと名乗るへんなオッサンに、リゾート地をメチャクチャにされ……。
カジノはインチキがばれて営業停止、息子は今なお病床に伏している……。
かたや、『不死王の国ツアー』で、野良犬マスクを被ったへんなオッサンに、ツアーを台無しにされ……。
再起を賭けたカジノでは、へんな女に野良犬マスクの一味だと濡れ衣を着せられ……。
ともかく彼らにとってはいい思い出が何一つなく、貧乏神のような存在となっている野良犬マスク。
さすがに、この厳戒警備の式典に現れることなど、万に一つもないと思っていたのだが……。
ヤツは、現れたっ……!
替え歌という名の風に乗って、軽やかに、颯爽と……!
『お……おつかれじゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!! 第10番隊の素晴らしい隊歌に、みんな、拍手拍手じゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!』
風立ちぬ野良犬の気配を、吹き飛ばすように叫ぶジャンジャンバリバリ。
隊歌斉唱は本来は二十番まであるのだが、彼はMCの強権を発動して無理やり打ち切った。
『じゃ、じゃあ次に、祝辞じゃん! 第10番隊の方々から、祝辞を頂くじゃんっ! じゃ、ジャンジャンバリバリィィィィィーーーーッ!!』
まばらな拍手を受け、ジャンジャンバリバリはスキュラのほうに近づいていく。
表彰台のような階段状の台の上にあがって、剣の根元に突き刺さっているスキュラと同じ高さに立ち、拡声魔法の触媒である棒を、スキュラの深紅の口元に寄せた。
『さ、さあ、スキュラ様っ! これから入隊する隊員たちに向けて、素晴らしい一言をお願いするじゃ……ああっ!?』
……バッ!
スキュラはジャンジャンバリバリの手から拡声棒をひったくった。
そして発せられた、第一声は……!