21 野良犬の剣
アントレアの街を出て、賑やかな街道を外れ、渓谷へと向かう長閑なあぜ道を歩く一行。
先導するグラスパリーンのあとには10人の子供たち。
カルガモ親子のような行進のあとに、ゴルドウルフと錆びた風が続く。
馬の身体には、行商のロバのように大量の荷物がくくりつけられているが、足取りは軽い。
彼は冥馬と呼ばれているだけあって、筆箱よりも頑丈なのだ。
象どころか、レッドドラゴンが踏みつけてもびくともしないだけの馬体を持っている。
雲ひとつない青空の今日は、絶好のキャンプ日和だった。
子供たちは大はしゃぎだが、目的は学習。
渓流沿いの河原にテントを張ったあと、以下のカリキュラムを行う予定となっている。
まず、初めての剣の授与。
いままではずっと木剣だったのが、ついに真剣を使っての授業となるのだ。
さっそくその剣を使って、渓谷内にいる『ウッドゴブリン』の討伐を行う。
ウッドゴブリンというのはグラスパリーンが作成、持参した木製のゴーレムで、簡単にいえば『動く剣術練習用の人形』である。
本物のゴブリンのように本気で殺しにはこないので、真剣の試し斬りの相手にはピッタリというわけだ。
ウッドゴブリンは薪でできているので、倒したあとにバラバラになった薪を拾い集め、それでキャンプファイヤーをする。
キャンプファイヤーの炎を使って、グラスパリーン持参のできあいの料理を加熱調理して昼食とし、あとは自由時間の後に夕食、最後はテントで就寝、という流れになっている。
現地への移動 ⇒ キャンプ作成 ⇒ モンスター討伐 ⇒ 素材の利用 ⇒ 野外での食事と就寝 ⇒ 帰還
要は、クエスト遂行における一連の流れを、このキャンプを通じて子供たちに学んでもらおうというわけだ。
……しかし……ゴルドウルフは不安なことがひとつだけあった。
野盗に襲われるのではないか、とか、近くにモンスターの棲家があるのではないか、といった外部的な要因ではない。
それは、『グラスパリーン・ショートサイト』……!
方向音痴の彼女は何度も道を間違え、危険な道へと足を踏み入れようとしていたので、何度もゴルドウルフに軌道修正させられていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
悪い予感は早くも的中する。
目的地の渓流に着いて、グラスパリーン先生指導のもと、テントを張ろうとしたのだが……。
彼女は手順はちゃんと覚えてはいたものの、かなりの頻度でうっかりミスを連発。
元来の不器用さも重なって、テントというよりも魔の巣のようなものができあがってしまったのだ。
結局、参観者であるはずのゴルドウルフが手伝い、彼女は生徒といっしょになってテントの立て方をイチから学ぶという始末だった。
無事にテントが立ち並んだあと、子供たちにとっては思いもよらぬ瞬間がやってくる。
剣のサプライズプレゼントが行われたのだ。
先生がひとりひとり名前を呼んで、卒業証書を授与するように剣の入った包みを手渡す。
初めて感じる真剣の重みに、まず子供たちは歓声をあげ……そして袋から出して全貌を目にした瞬間、大歓声に変わった。
本来は歓声どまりだったものが、「大」まで急成長した理由……それは、既成品ではなかったこと。
てっきりどこの武器屋にでもあるような、ありふれた剣がみんなに配られるのだろうと、子供たちは思っていた。
それでも武器を持てるというのは、大人の仲間入りをしたみたいで十分に嬉しいことだったのだが……。
しかし実際に渡されたものは、彼らの想像を遥かに上回っていた……!
紙飛行機かと思っていたら、自家用ジェットをプレゼントされたような衝撃だったのだ……!
子供たちの初めての1本は、ロングナイフほどの長さの剣。
ひとりひとりデザインが異なっていて、ある子のものは力強く、ある子のものは流麗に仕上げられていた。
柄を掴み、鍔にあるロックスイッチを親指で押しながら引くと、ひっかかりもなくシュランと小気味良い音とともに抜け、ツヤ消しの金属が姿を表す。
刃先はゾクリとするほど鋭利。
刀身には各人の名前が掘られていて、剣を動かすと光を帯びた名前が、栄冠のようにキラリンと煌めくのだ。
しかも、鞘に戻すと自動的にロックがかかるという、安全設計……!
子供たちの興奮はピークに達する。
「すっ……げぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ! 俺の名前が、俺の名前が入ってるよぉぉぉぉぉーーーっ!? すげえすげえ、超すげぇーーーーーっ!」
「しかも光るだなんて、超かっこいいっ!」
「見て見て、あたしのなんて、宝石みたい!」
「僕のなんて、伝説のドラゴンスレイヤーみたいだろ!? まさかこんなすごい剣が、僕のものになるだなんて!」
「わたしのは、柄頭が『ゴルドくん』のデザインになってるんだよ! うふふ、かわいいーっ! 最高―っ!」
夏休み前の教室でもここまでは狂乱しないほどの歓喜が、静かな渓流を席巻する。
本来は諌めなければならない立場のグラスパリーン先生は、家の中で本物のサンタに遭遇してしまった大人のように硬直しっぱなしだった。
「あっ、あのあのあの……ごごごっ、ゴルフさん、ここここれ、ままま、まさか、まさかまさかまさか……ぜぜっ、ぜぜぜんぶオーダーメイドだったり……?」
声まで引きつっており、『ゴルドウルフ』が言えていない。
しかし赤くないサンタは気にする様子もなく、子供たちに目を細めながら頷いた。
「はい。武器というのは手になじむものを選ぶのが良いとされていますので、子供たちの手の大きさや握力、振る強さやクセにあわせて、グリップの握り心地や刀身のバランスなど、すべて変えてあります。また末永く使ってもらえるよう、ひとりひとりの好みにあわせたデザインにしました」
「ま、まさか……よく授業にいらしてたのも、そのため……ですか……!?」
「はい。彼らの一生の相棒となれるだけの武器を作りたかったんです。ロンググナイフにしたのは子供でも扱いやすいですし、大人になってもナイフとして使い続けられますからね。刃金を接合している剣だと数回研ぐと刃がなくなってしまいますが、この剣は全鋼で出来ていますから、手入れを怠らなければ何十年にも渡って使えます」
「ひっ……ひええ……! でっ、でも……でもそんな……そんなスゴい武器を、さっ、最初に使っちゃって……大丈夫なんでしょうか……!?」
「それも大丈夫です。使い手の熟練度によって威力が変わる魔法錬成が施してありますから、過ぎたものにはなりません。逆に成長して力不足になることもないでしょう」
「ひゃうっ!? まままま魔法錬成っ!? ってててて、ってことは……ママママジック・ウエポンということですかっ!?」
マジック・ウエポンとは、魔力が込められた武器のことである。
通常の鍛冶による本体の作成に加え、魔法錬成という大きなひと手間が加わる。
しかしそうやって仕上げられたものは、魔力なしの武器に比べて優れた付加能力を持つ。
そのため、どんな冒険者でも一度は手にしたいと夢見る逸品となっているのだ。
ふと、ゴルドウルフがグラスパリーンに視線を移すと、まるでボッタクリバーにハメられた人みたいに途方に暮れていたので、すかさず付け加えた。
「あっ、心配しないでください、ちゃんと予算内には納めてありますから」
すると彼女は、狼に追い詰められた仔ウサギのように、メガネごしの瞳をうるうるさせはじめる。
「う……ウソ……? ウソ……ですよね? 市販の銅剣がやっと1本買えるくらいのお金で、マジック・ウエポンだなんて……! それも、デザインがひとつひとつ違うだなんて……!」
「基本素材となる鋼は買いましたが、魔法素材は余り物を使ったので大丈夫でしたよ。それに私ひとりで作ったので……あ、女子生徒の剣のデザインは、プリムラさんにお願いしましたが。なんにせよ、今回はふたりとも楽しく作らせていただきました。そのうえ初めて大量発注をくださったので、むしろ感謝しているくらいです」
即座に『プルたちも手伝ったのにー!?』と脳内ツッコミが入る。
ゴルドウルフは心配させまいとして言ったのだが、新人女教師は仰天のあまり、目玉のかわりにメガネをスポーンと飛び出させていた。
「う……ウソ……!? 絶対にウソ……ですよね!? ま……マジック・ウエポンをひとりで作るだなんて……絶対に無理……ですよね!? か……鍛冶だけならともかく……錬成までひとりでやっちゃうだなんて……ありえません……よねっ!?」
もはや震えが止まらなくなる彼女。
ずれたメガネごしの瞳は、もはや潤むのを通り越し……のレイプ目になっていた。
……そもそも剣というのは通常のものでも、ひとりの職人で出来上がるものではない。
刀身、鍔、柄、鞘……少なくとも4種類の職人の手を通るのだ。
兼任している者もいるが、それは大量生産の粗製武器だけ。
ある程度の品質になると、1工程につき数人の職人の手がかかることもあるのだ。
しかもマジック・ウエポンともなると、その間に魔法錬成の手順が挟まり、人員的には倍以上必要となる。
ゴルドウルフが今回しでかしたことを、現代に例えると……。
パソコンを10台、ハードウェアからソフトウェアまでひとりで組み上げたようなもの……!
しかも外観はひとつひとつ違い、内蔵のOSまで既存品ではなく、自作ときている……!
もしそれが現存していたならば、電源投入時にはアンドロイドくんならぬ、ゴルドくんがサムズアップしている起動画面が表示されたに違いないであろう……!
次回、クラスのお嬢様の素性が明らかに。
そして次々回はいよいよ、勇者ざまぁ展開の追加分となります。
それと、またやる気ゲージがたまったら2話更新をやりたいと思いますので、ぜひ応援をお願いいたします!
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