111 式典へ
リヴォルヴの命令により急遽、『神尖の広場』のゴッドスマイル像に足場が組まれ、まるで建造途中のような覆いがかけれらた。
そしてリヴォルヴは、その場にいる者たちにこう告げたのだ。
「よし……! このことは式典当日まで、他言無用とする! そして箝口令を敷け! 漏らした者は、たとえ観光客であっても厳罰に処すとナ!」
さらに彼は、この島じゅうにいる神尖組の隊員たちを広場に集めると、睥睨しながらこう述べあげた。
「いいか、お前らっ! これより入隊式典の最終準備へと入る! 本当はもっと前から始めるつもりだったんだが、遅れちまった……でも、それはいまさら言ってもしょうがねぇことだナ! 厳戒態勢は一時解除し、式典にお越しにナる方々を迎え入れる準備をするんだ!」
これはリヴォルヴにとっては、もうひとつの苦渋の決断でもあった。
まだ『神の住まう山」には、お盆に精霊馬に乗って帰ってきた仏様のような、野良犬マスクがのうのと暮らしている。
最終手段ともいえる第10番隊の投入によって、ソレだけは排除しておきたかったのだが……。
しかし虎の子の彼らが返り討ちにあってしまった今、もはや対抗手段は残っていない。
いや、あるにはあるのだが……。
それを準備しているだけの時間はもうない。
それに……。
それよりも今は、入隊式という名の最重要イベントの対処が最優先であった。
しかし、殺人鬼のいる島でイベントを行なうなど、酷暑の中でオリンピックを強行するようなものである。
中止か延期にすればよいと思うかもしれないが、考えてもみてほしい。
野良犬が理由で中断できるものなど、小学校の授業くらいしかないことを……!
このリヴォルヴの決定を覆せる者は、この島には誰もいなかった。
彼らもまた、野良犬のことをまだ侮っていたのだ。
そしてそこからは、あっという間だった。
まず、街中にこびりついている惨劇の後始末。
死体を片付け、こびりついた血の跡を、ペンキを塗ってごまかす。
さらにその上から、式典のための飾り付けをする。
当日はパレードもあるので、特に大通りは花でいっぱいに飾りたてられた。
先んじて近隣諸国の勇者や王族たちから贈られてきたお祝いの花々は、花屋をまるごと……。
いいや、花畑を山ごと買い取ったかのように膨大であった。
花ひとつとっても大輪で満開で、形の悪いものはひとつとしてない。
栄華を競い合うように、通りの歩道を埋め尽くすように並べられた花たち。
その中にはハナグルイという名の、園芸で売り出し中の聖女が作ったという花もひっそりとあった。
まるで石畳に染み込んだ生命を吸い上げているかのように、華々しく狂い咲く花々。
そのかりそめの美しさで、亡き者たちの痕跡を無きものにしたところで、次は生きとし生けるものたちの根絶が行なわれる。
式典のパレードには野良犬どころか、ネズミ一匹横切ることは許されない。
路地裏には大量の殺チュウ剤が撒かれ、ホームレス狩りも行なわれた。
捕まったワイルドテイルたちは、まとめて集落に強制送還される。
当日は彼らは神尖の広場に連行され、邪教の先導者の処刑を見させられる予定になっていたのだが、今回はお役御免となった。
なぜならば、肝心の先導者がいないからである。
野良犬マスクも巫女のチェスナも、結局捕えることはかなわなかった。
父娘のような野良犬たちは、温泉リゾートのように湯に浸かり、山海の珍味に舌鼓を打ち、この島で誰よりもバカンスを楽しんでいたから……!
そして、いよいよ……。
長きにわたって敷かれていた、グレイスカイ島の入港と出港の制限が解除される。
これには、この島でかろうじて生き残ることができた観光客たちにとっては、なによりもの朗報であった。
しかし……その後に彼らを待っていたのは、おそるべき現実。
リヴォルヴはなんと、彼らに奴隷の焼印を押し……。
ワイルドテイルたちの集落に、押し込めてしまったのだ……!
これは、今まで島を襲った惨劇の漏洩を防ぐためである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
式典に参加するために、多くの権力者たちが島を訪れはじめた。
波止場は豪華客船で埋め尽くされ、港は着飾った者たちでごったがえす。
さて、そうなってくると……。
ある人物の動向が、気になりはしないだろうか?
そう……。
聖女という、対人戦闘においては最弱の立場にありながら……。
神尖組の海上警備隊という精鋭たちを、たったひとりで病院送りにしてみせた……。
マザー・リインカーネーションっ……!!
一時は戦略的撤退を余儀なくされた三姉妹ではあったが、開港の噂は誰よりも早くききつけ、例の痛船で誰よりも早く馳せ参じようとする。
これにはマスコミも一大事件として、こぞって取り上げた。
『ホーリードール家の聖女様たちが、神尖組の入隊式典に参加!』
『ホーリードール家の聖女様が、勇者様の式典に公式参加するのは初めてのこと!』
『リインカーネーション様に熱愛発覚!? 愛する勇者様に会いたいがために、式典参加を決意!』
『その、幸せな勇者様とは……!?』
『でも調べてみたら、そんな相手はおりませんでした! 当日は明らかになると思いますので、続報を待ちましょう!』
様々な憶測が飛び交うなか、100年越しの再会が叶ったような、織姫のような大聖女を乗せた船は、ハールバリーの港を意気揚々と出港。
……したまでは良かったのだが、ここで信じられない不幸が、彼女を襲う。
グレイスカイ島のほうに進路をとっても、なぜか船がまるで進んでいかないのだ。
追い風なうえに、潮の流れも良いというのに……。
磁石に反発するように、見えない力で押し戻されるように……。
沖合いからまったく、進むことができないのだ……!
「ああああんっ!? どうして、どうしてぇ!? どうしてお船が進ないのぉっ!? どうして、どうし
てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
七つの海に轟くかのように、わぁわぁと鳴り渡る大聖女の大号泣。
それは涙で、甲板にあるプールを溢れさせてしまうほどであった。
ママざまぁ、再びっ……!
この不思議な一件も、マスコミはこぞって取り上げた。
『ホーリードール家の船、ゴルちゃん号が海の上で立ち往生!』
『リインカーネーション様、海の上で女泣き!』
『同じ時期に出港した船はみな、問題なくグレイスカイ島に到着しているのに、ホーリードール家の船だけ、なぜ……!?』
『他の大聖女様たちがこぞって証言。リインカーネーション様は、ゴッドスマイル様のお怒りに触れてしまったのだ、と……!』
『いままでの勇者様軽視のツケ!? 神風はホーリードール家だけを拒む!』
グレイスカイ島の外海ではそんな珍事が起こっていたのだが、島内の準備のほうは着々と進んでいく。
ホーリードール家のことをさんざん書き立てたマスコミたちはそのまま現地入りし、式典の取材へと移行した。
しかも今回は、とある勇者のツアーで試用された、『伝映』と呼ばれる映像伝達の魔法技術が導入される。
そのツアー自体は成功とは言いがたいものであったが、『伝映』の試験運用だけは成功を収めていたので、今回の式典でも同様の技術が用いられ、中継が行なわれることとなったのだ。
普段は参加しない、もしくはしたくてもできない勇者や権力者たちも、今回は地元の設備で入隊式典を観ることができる。
そのため、リヴォルヴのプレッシャーと気合いの入り方は、過去の式典の比ではなかった。
なにせ功績も失態も、その場にいる者たちだけでなく、海の外にいる多くの者たちにも伝わってしまうのだ。
うまくいけば上層部へのアピールとなり、さらなる出世の足掛かりとなるが……。
もし、失敗したら……。
いや、始まる前からそんなことをアレコレ言うのは、野暮といえるだろう。
では、実際に観ていただこう。
世にも奇妙な、勇者たちの式典を……!