110 だんご大家族
野良犬マスクが出現してからというもの、用心のために一歩も屋敷を出なかったリヴォルヴ。
しかしこの時ばかりは、出ないわけにはいなかった。
彼は複数台の装甲馬車を駆りだし、多くの護衛を引きつれて『神尖の広場』へと向かった。
望遠鏡のレンズ越しに見えたモノは、何かの間違いであってくれと祈りながら。
そして、まさに首実検のような光景を、目の当たりにするっ……!
正門を破るようにして広場の中に飛び込んだリヴォルヴ。
転げ落ちるように馬車から降り、見上げたその光景は……!
ゴッドスマイルの彫像は、いつもと変わらぬ偉形。
いいや、朝日に照らされ、もはや神形ともいえる神々しさをたたえていた。
我こそが『天』であるといわんばかりに、勇猛に掲げた剣。
その剣だけが、違っていた。
いつもは白く輝いていたそれは、どす黒いペンキのような液体をしとどに滴らせ……。
30もの人間が胴体を貫かれ、突き刺さっていたのだ……!
これはもはや、だんご兄弟どころの、騒ぎではない……!
もはや、もはや……!
だんご大家族っ……!!
しかも、テレビが取材に来るほどの……!!
しかも、父親だけが不在という、前代未聞の……!!
突き刺さった第10番隊の者たちに、すでに殺人鬼の面影はない。
むしろ殺人鬼の被害者のように痛々しかった。
「ナ、ナナナナナナナッ……!?」
彼らの真下で、ガックリと膝を付くリヴォルヴ。
生木のように身体を引き裂かれる恐怖と絶望に襲われ、視界がぐにゃりと歪む。
「ナ……ナんてことだ、ナんてことだっ……!? だ、誰がいったい、こんナことを……!?」
しかし答えはひとつしなかかった。
彼の脳裏に、無数の馬に引きずられる屍と、自宅のプールに浮かぶ無数の屍がよぎる。
野良犬マスクっ……!!
冷たい汗がどっとあふれ、全身が雨に打たれたようにびしょ濡れになる。
「だ……大丈夫ですか、リヴォルヴ様っ!」
「お……お気を確かにっ!」
両脇に部下がやって来て、彼を助け起こす。
彼は、亡者のように青ざめた顔で、口を開いた。
「ナ……ナァ、ナんで、こんなことにナっちまったんだ……? この広場は、24時間体制で監視されているはずだろう……?」
「そ、それが、昨晩の張番の者に事情聴取をしたのですが、何者も侵入者はなかったと……」
「それも最初に気付いたのは、夜明けにやって来る芝刈り業者の者だったそうです」
いつもの彼であれば、今すぐその者たちを呼び出し、狭間ルーレットにかけていただろう。
しかし今は、そんな気力もないほどに打ちひしがれていた。
それにしてもおかしい。
『犬神事件』の時にも、屋敷には神尖組の若い衆が大勢いて、寝ずの番をしていた。
にもかかわらず、翌朝のプールには無数の死体が浮いた。
さらにその事件があってからと言うもの、この島の主要な施設には見張りを増員し、厳戒態勢に当たっていた。
特にこの神尖の広場は、入隊式典の会場でもあるので特に厳重に、野良犬どころかネズミ一匹入り込めない警備体制を敷いていたのだが……。
しかも死体を置き去りにするだけならまだしも、なんと像に串刺しにしていったのだ。
それも、30人分も……!
いったいどんな魔法を使ったのか、いや、この世界にあるどんな大魔法を使ってもなし得ないことを、どうやってやってのけたのか……。
しかし、リヴォルヴの混濁する頭では、いくら考えてもわからなかった。
それに、落ち着くだけの暇も与えられなかった。
「リヴォルヴ様、いかがいたしましょう?」
「夜が明け、観光客たちが気付き始めています」
「くっ……ナら、人払いをして、第10番隊の亡骸を外してやるんだ」
しかしここで、奇跡がおこる。
胴を貫かれた30体もの身体が朝日を浴び、アサガオさながらに蠢き始めたのだ……!
「う……ううっ……」
「た……助け、助け、て……」
「いでぇ、いでぇよぉぉぉ……」
「こ、ここは、どこなのぉ……スキュラちゃんは、どうなっちゃったの……」
突然蘇った彼らに、まるで墓場から手が出てきたみたいに、ひっくり返ってしまうりリヴォルヴと部下たち。
「ナっ……!? い、生きてたのかっ!? お、おいっ、ボサッとするんじゃナい! 今すぐ『ハシゴ馬車』を持ってきて、救出するんだっ!」
『ハシゴ馬車』というのは、消防活動などに使う、伸びるハシゴの付いた馬車である。
それが大急ぎで手配され、いよいよゴッドスマイルの像に掛けられようとした、その直前……。
「お、お待ちくださいっ、リヴォルヴ様っ!!」
別の部下から物言いが入った。
「ゴッドスマイル様の絵画や彫像に触れる場合には、『神聖申請』が必要ですっ!!」
「ハッ……!? そ、そうだったナ……!!」
しまったとばかりに、息を呑むリヴォルヴ。
ゴッドスマイルを模したものは、印刷物を除き、手を触れるのも恐れ多いとされている。
絵画や彫像などを、たとえば移動や清掃などで触れなくてはならない場合、勇者上層部に書類による申請を行ない、承認を得なくてはならないのだ。
しかしゴッドスマイル関連の美術品など、それこそ世界には枚挙に暇がない。
したがって『神聖申請』の承認には、非常に時間がかかることでも有名で……。
今から提出した場合、最低でも半年はかかってしまう……!
「ナ……ナら、この像の清掃のための神聖申請があるだろう!?」
そう口にして、またしてもリヴォルヴはしまったと息を呑む。
この神尖の広場にあるゴッドスマイル像は、毎月清掃が行なわれている。
つど神聖申請を出した上でのことなのだが、承認に時間がかかるので、前倒しで申請している。
像を『清掃』するという名目であれば、剣に刺さった第10番隊のメンバーたちを救出することは可能だろう。
しかしこれは、別の問題を生むことにもなってしまう。
それは……。
第10番隊のメンバーを、ゴミ扱いしているも同然だということ……!
『救出』という名目であれば、彼らを人間として尊重していることになるのだが……。
『清掃』となってしまうと、像にこびりついた鳥のフン同然になってしまう……!
もちろんこれは『神聖申請』の名目上のことでしかないので、気にしなければよいだけの話。
だが、気にするのが勇者という生き物……!
あとあと大問題にしてあげつらい、降格させるための材料にしてしまうのが、勇者という生き物なのだ……!
そして鳩糞扱いされた時点で、助けられたスキュラ自身も黙ってはいない。
間違いなく激怒して、式典辞退も辞さないだろう。
そうなれば、リヴォルヴのメンツは、丸つぶれ……!
30人もの生命がかかっているのに体面を気にするなど、愚かと思われるかもしれない。
だが、それが……。
それがこの世界における、『勇者』クオリティっ……!!
究極の選択を迫られることになってしまったリヴォルヴ。
第10番隊の者たちを、神像についたハトフンとして『清掃』するか……。
それとも自分が罰せられるのも怖れず、彼らを勇者として、ひとりの人間として『救出』するか……。
彼が下した決断、それは……。
なんと……!
その、どちらでもなかった……!