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109 希望の徒花7(ざまぁ回)

 シンイトムラウの集落に住むワイルドテイルの長は、有志を募って偵察隊を編成した。

 第10番隊の勇者たちが、剣を手に手に「ヒヒヒヒヒヒ!」と山賊のように山を駆け下りていったのを目撃し、心配になってしまったのだ。


 街に派遣されたのは、身のこなしの軽いワイルドテイルの若者たちと、街について詳しい野良セレブたち。

 しばらくして全員無事に戻ってきたが、その表情は、あの世を垣間見てきたかのように青ざめていた。



「た……大変だ! 大変だぁ!」



「おお、戻ってきたか! それで、街のほうはどうじゃったんじゃ!? なにが大変だったんじゃ!?」



「そ……それが、勇者様たちが、街の人を襲って……!」



「惨殺したり、拷問器具にかけたり……そりゃあもう、酷い有様だった!」



「な、なんと……!? 路地裏に住んでいる我らの仲間は無事なのか!?」



「いや、それが……」



 と、偵察隊であったワイルドテイルの若者たちは、困惑がさらに深まったかのように言葉を濁す。



「やっぱり、駄目だったのか……」



「いや、違うんだ! 誰も……誰ひとりとして、殺されちゃいなかった!」



「な……なんじゃと!?」



「勇者様はみんな、仲間たちが見えてないみたいだったんだ! 俺たちも何度か勇者様に鉢合わせたけど、まるで気付かない様子で通り過ぎてって……!」



「ど……どういうことなんじゃ!?」



 若者の隣にいた、同じく街を偵察に行った野良セレブのひとりが後を引き継ぐ。



「それだけじゃないんだ。信じられないことに勇者様は、いつも懇意にしていたはずの有力者たちを率先して殺し歩いていたようなんだ……!」



 彼らの話をまとめると、殺人鬼と化した第10番隊の隊員たちは、神尖組(しんせんぐみ)の有力な後援者や、邪教徒殲滅に熱心だったセレブだけを集中的に狙っていたらしい。


 勇者組織にとって毒にも薬にもならない観光客たち、店などで働く店員たち、そして路地裏にいるワイルドテイルたちは、まるで存在しないかのように素通り。


 狂ったように笑いながら凶刃を振りかざして人々を追い回すその様は、一見して無差別テロのように見えたのだが……。

 その実情は、



 差別テロ……!



 なぜか自分たちの後援者だけを選んで集中攻撃するという、謎行為……!



「いったい、勇者様はどうされちまったんだ……!?」



 集落の者たちは首をひねる。

 しかしてそこに、



「あっ!? み……見ろ! その勇者様たちが、こっちに戻ってきたぞ!?」



 ……バッ!



 と指さした先には、なんと……!

 勇ましく槍を掲げて進軍してくる、第10番隊の面々が……!


 まだ生きている人間を槍に突き刺し、神輿のように担ぎ上げながら……。

 威圧的な足音をザッザッと響かせ、迫ってくる……!


 集落の者たちは、いよいよ自分たちの番かと思い、怯えるように身を寄せ合った。



 しかし、素通り……!



 列をなした殺人勇者たちは、ワイルドテイルたちには一瞥もくれない。

 まるで、路傍の石であるかのように……。


 そのまま麓を通り過ぎ、さらに山へと分け入っていった。



「ど……どういうことなんじゃ……!?」



「あっ!? み、見ろっ!? あの槍の上に刺さってるの……」



「なんと!? スキュラ様でねぇか!?」



「なんで、なんで隊長のスキュラ様が、隊員たちに串刺しにされておるんじゃ……!?」



「ほ、ほんに……わからん! わからんことだらけじゃあ!」



 第10番隊はシンイトムラウに繋がる門から、続々と入山する。

 本来この門は、神聖なる山への立ち入りを禁止するために、固く閉ざされているのだが、最近はリヴォルヴの命令で開けっぱなしになっている。


 そして、いつもなら門をくぐったあとは、深い森に入って姿が見えなくなるのだが、今日は違っていた。


 槍の切っ先でうねるスキュラの姿が、悪夢のように樹冠から飛び出したまま。

 第10番隊の進軍にあわせて、海原をたゆたう漂流者のように、ざわざわと浮かんでいたのだ。



「しかし……勇者様たちは、いったい、どこに行こうというのじゃ……!?」



 その答えは、すぐに出た。



「あっ!? 崖の上に、野良犬マスク様が現れたぞっ!?」



 ……バッ!



 と指さした先には、いつもと変わらぬ野良犬マスクの姿が。


 いや、いつもと微妙に違う。

 妙にほっこりとした湯気を、身体じゅうから立ち上らせていた。


 いまこの島には未曾有の大惨事が襲っているというのに、静かに崖上に佇んでいる。

 空飛ぶムカデのように宙をうねりながら迫ってくる、血まみれドレスの白塗り男にも、まるで動じる様子はない。


 それも当然であろう。

 誰もが知らない事実ではあるが、すべての元凶は、そこにいる()なのだから……!


 やがて、彼のもとにたどり着いた第10番隊たちの面々は、恩師に久しぶりに会った生徒たちのように、顔をほころばせた。



「スキュラ様! お待たせいたしました!」



「第10番隊、野良犬生け捕りの任務、完了いたしました!」



「上に突き刺さってるズタボロが、野良犬マスクです!」



 これにギョッとしたのは、他ならぬ『野良犬マスク』。



「な……なにを言っているの!? スキュラちゃんがスキュラちゃんよ! あなたたちの目の前にいるのが野良犬マスクでしょう!?」



 しかし第10番隊のメンバーと『スキュラ』は、山を吹き抜ける風のように、その訴えを黙殺。



「お前みたいなきったないオッサンが、スキュラ様のわけがねぇだろ!」



「見ろ! このスキュラ様の美しい御尊顔を! ドブで生まれたようなツラしてるお前とは大違いだ!」



「野良犬マスクの野郎、ずっとこの調子なんですよ! きっと恐怖で頭がおかしくなったんでしょうね!」



「私にかかれば、この島を騒がせてた不届き者も、このとおりですよ、スキュラ様!」



「なぁに、コイツはたいしたことはしてません! 真っ先に野良犬マスクに剣を刺したのは私です、スキュラ様!」



「いえいえ、コイツらは『邪教徒晒し』の時に、槍に手を添えていただけです! 私なんて真ん中に立って、いちばん支えておりましたから!」



 自分の手柄を、目の前の『スキュラ』に向かってアピールする第10番隊の面々。

 マスクごしに微笑む上司は、何も言わない。


 そして……ネズミを引きつれた笛吹きのように、山の奥へと消えていく。

 それで……この島を襲っていた血のハリケーンは、ようやく収束した。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日。

 リヴォルヴはひとり早朝から、机の上で頭を抱えていた。


 最近は、誰かさんのせいで眠れぬ夜が続いていたため、こうして薄暗いうちから起きだして、書斎に籠もるようになってしまったのだ。



 ――ナんナんだよ、いったい……。

 第10番隊のヤツらが街を襲ったかと思えば、隊長のスキュラを『邪教徒晒し』にして、シンイトムラウの山奥に消えていった……。


 街の観光客たちの被害は甚大で……。

 特に神尖組(しんせんぐみ)に寄付をしてくれていた大金持ちのヤツらが、のきなみ殺されちまうナんて……!


 カジノでの暴動も大目に見てやって、解放してやった矢先に……!


 まぁ、そっちのほうはまあいい。

 問題は、シンイトムラウに入っちまった第10番隊のほうだナ。


 もうすぐ神尖組の入隊式だってのに、このまま出てこなかったら、大変なことになる……!

 入隊式には『神の指(ゴッド・フィンガー)』のうちの1隊が必ず参列して、隊長による祝辞と、隊員による隊歌斉唱があるってのに……!


 こうなったら若い衆を、シンイトムラウにやって探させるか……!?

 でもそれだとまた、ネズミ取りがネズミになっちまうかもしれねぇナ……!


 ああもう、いったいどうすりゃいいんだ!?

 相棒(コイツ)をブッ放しまくりたい気持ちで、いっぱいだぜ……!



 机に突っ伏し、ヘアスタイルが乱れるのもかまわず、頭をわしゃわしゃと掻きむしるリヴォルヴ。

 しかし彼の悩みは、あっさりと解決することになる。



「た……大変ですっ! リヴォルヴ様っ!」



「うるせぇナぁ、今度はナんだ、いったい……?」



「第10番隊の方々が、第10番隊の方々が、『神尖の広場』に……!」



「ナに、戻ったっていうのか!?」



「も、戻られたといえば、戻られたのですが……! でも、でも……!」



 報告に来た隊員の説明は要領を得なかったので、リヴォルヴは書斎からテラスに飛び出す。


 備え付けの大型望遠鏡を、街中にある『神尖の広場』に向けた。

 そして、



「ナっ!? ナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナナ……!?」



 壊れたキーボードのように、愕然が止まらなくなる。


 彼が目にしていたものは、広場にある、ゴッドスマイルの巨大な彫像。


 剣を天に勇ましく掲げるそのお姿は、この広場の……。

 いや、この島の象徴ともいえる、神々しいものなのだが……。


 その剣に、なんとっ……!?



「ナんだっ、ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 第10番隊が、串刺しにっ……!?


 欲張り団子のように、隊長のスキュラと、29名の隊員たちが……!

 腹を貫かれ、等間隔にずらりと並んでいたのだ……!

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