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105 希望の徒花3

 普通、殺人鬼というのは夜やって来るものだが、早朝から……!

 普通、殺人鬼というのはひとりだが、大挙として……!


 総勢29匹もの、殺し屋と化した鬼たちが……!


 狂い水を得た魚のように……!

 肺呼吸ができるようになってしまった人食い鮫のように……!


 街へと繰り出してしまった……!


 その恐怖と被害、そして悲惨さは、今までの大事件の比ではない。

 大・大・大事件っ……!


 なにせ相手は馬などではない、人間……!

 しかもこの世のすべての善を司るといわれた、勇者たち……!


 そしてこれこそが『希望の徒花』の花粉を吸引してしまった者たちの、末路……!


 ある少女の言葉を借りるなら、



 『身を滅ぼすまで己の欲望を引きずり出されてしまう、魔界の花』……!



 そう。

 神尖組(しんせんぐみ)の第10番隊、『神の指(ゴッド・フィンガー)』の29名は……。


 身を滅ぼすほどに、引きずり出されてしまったのだ……!


 妄想のなかで他の隊員を殺戮し、『特別任務』を達成したあとは、本来の任務である野良犬抹殺を継続。

 その場に居もしない野良犬マスクを追って、山から街へ。


 そして、欲望の権化となった彼らは目にしたのだ。

 無数の、野良犬たちの姿を……!


 ついに始まる、この島の歴史に永遠に刻み込まれる、皆殺し(ジェノサイド)ショー……!


 人々はいままでの事件の比ではないほどに、狂ったように逃げ惑った。

 そして、ようやく思い知る。


 いままでの出来事など、ほんの地獄の一丁目に過ぎなかったのだと……!


 彼らは突かれ、斬られ、なぶられ、唾を吐かれ……。

 吊られ、浸けられ、えぐられ、踏みにじられ……。


 そして、ようやく思い知った。


 自分たちが怖れるべき殺人鬼は、野良犬マスクなどではなかったのだ、と……!


 しかしここまでされてもなお、観光客たちは逃げることしかできなかった。


 なぜならば、第10番隊の隊員たちが理不尽な処刑人(ブッチャー)と化してもなお、ある錦の御旗が彼らにはあったからだ。


 その目に見えぬ旗の名は、『勇者』……!

 『神の子』と呼ばれる、生まれながらにして選ばれし者だけに与えられる、オートクチュール……!


 勇者を傷つけるのは、故意であれ過失であれ、絶対に許されない。

 彼らは不可侵なる光とされており、すべての行為が人々を正しい道へと導くと信じられているから。


 たとえ汚物をひっかけられても、「ウンがついた」と喜ばなくてはいけないほどの……!


 しかし、さすがに目の前で家族を八つ裂きにされて、黙っている者たちばかりではなかった。

 一部のセレブたちは、『ゴージャスマート』で買ったハイクラスでエクスペンシブな礼装用の剣を引き抜き、殺人鬼たちに挑んだのだが……。


 あっさり、返り討ちっ……!


 当然である。

 相手は『神の指(ゴッド・フィンガー)』とも呼ばれている精鋭中の精鋭。


 剣術教室の師範クラス程度であっても、剣など使わずとも、まさに指先だけでダウンさせることができる。

 たとえ正気を失っていても、いや、正気を失っているからこそ鬼神のような強さが上乗せされ、もはや手が付けられない状態であった……!


 さらにその被害を拡大させる要因となったのは、この島の守衛ともいえる神尖組(しんせんぐみ)の存在。

 そしてその総指揮を取るデスディーラー・リヴォルヴの存在であった。



「た……大変ですっ! リヴォルヴ様っ!!」



「ナんだよ、騒々しい……。第10番隊が野良犬マスクを捕まえて戻ってきたのか?」



「だ、第10番隊の方々が戻られたのはそうなのですが……! 街で、大暴れされているんですっ!」



「ナんだと? まぁ、そのくらい大目に見てやるんだナ。野良犬マスクを捕まえたんだったら、少しくらいハメを外させてやってもいいだろう」



「それが、少しどころではないんですっ! 街に繰り出して、無差別に人を殺し歩いているんですっ!」



「ナに言ってんだ、お前」



 血相を変えて書斎に飛び込んできた部下の報告も、リヴォルヴは最初は信じなかった。

 しかし屋敷に備え付けてある大型の望遠鏡で街の様子を見て、彼の顔色も変わる。



「ナ……!? ナんだ、ありゃあ……!? 街中が、邪教徒の村みてぇになってるじゃナいか……!?」



 いつもならショッピングを楽しむ街いちばんの大通りは、折り重なる死体が流した血で川のように赤く染まっていた。


 その流れを追ってみると、上流には……。

 この大通りでもっとも大きくて豪華な、城のような外観のショッピングモールに……。


 素人の昆虫採集のように乱雑にピン止めされた、セレブたちの姿が……!


 その下にいるのが、第10番隊のメンバーたち。

 彼らは瀑布のような血しぶきに全身を打たれ、「ヒャハハハハハハハ!」と狂い笑っていた……!


 望遠鏡から顔を外したリヴォルヴは、すぐさま泡を飛ばす。



「この島にいる神尖組(しんせんぐみ)を総動員だっ! この屋敷にいる警備員から港の警備員、倉庫で働いてるヤツも全員だっ! 一人残らず、出動させろっ!」



 リヴォルヴの住居である屋敷は城塞でもあり、軍備に関しては小国に匹敵するほどの規模を有している。

 それらを用いれば、いくら『神の指(ゴッド・フィンガー)』が相手であっても、へし折ることは可能であろう。


 だが彼は、なんとっ……!



「観光客の救助はあと回しだっ! いち早く、第10番隊の説得(●●)にあたれっ! いいか、乱暴なことはするんじゃナいぞっ!」



 なんと彼は、第10番隊の者たちを傷付けることを許さなかった……!

 本来であるならば、即刻殺害するべき凶悪犯たちを……!


 生かしたまま、捕らえ……!

 いいや、保護しようとしていたのだ……!


 理由は明白である。

 あと数日後に迫った、神尖組(しんせんぐみ)の入隊式に備えてのことである。


 この島で……いや、近隣諸国でもいちばんの、勇者のイベント。

 勇者組織の一致団結ぶりと、栄華を誇示するための祭典が、これから控えているというのに……。


 同族どうしのいさかいで、台無しになってしまうことだけは何としても避けたかった。


 それに今回の式典では、第10番隊たちの出番がいくつかある。

 隊長のスキュラの祝辞と、隊員たちによる隊歌の斉唱があるからだ。


 もしここで、彼らを傷付けたとあっては……。

 最悪、式典を辞退されてしまうかもしれない……!


 そうなれば、式典を取り仕切るリヴォルヴのメンツは、丸つぶれ……!


 彼は勇者としては、最良の選択をした。

 しかし人間としては、最悪の選択……!


 これは例えるなら、ピットブルの狂犬が街の人々を食い荒らしているというのに……。

 『生類憐れみの令』により、話し合いで解決せよと言っているようなものである。



 嗚呼(ああ)っ……! お犬様っ……!



 ……ここで少し余談になるが、お犬様の種類は、大きく3つに分かれていた。


 ひとつめは、01(ジュエルワン)から25(トゥインクルファイブ)の25名で構成された狂犬たち。

 野良犬マスクを追跡していた彼らは、『希望の徒花』によって、仲間の隊員たち以外の多くの人間(●●●●●)が、野良犬マスクに見えていた。


 ふたつめは、26(トゥインクルシックス)から29(トゥインクルナイン)の4名で構成された狂犬たち。

 チェスナを追跡していた彼らは、『希望の徒花』によって、仲間の隊員たち以外の多くの人間(●●●●●)が、チェスナに見えていた。


 観光客にとっては、どちらも変わらぬ『殺人鬼集団』なのだが、そのおぞましさは後者のほうが遙かに上である。


 なぜならば、



 ……ギュィィィィィィーーーーーーーーーーーーンッ!!



 チェーンソーのような爆音をたてる『魔導装置』を手に、追ってくるのだから……!



「お嬢ちゃん……! お嬢ちゃん……! お嬢ちゃん……! おじさんといっしょに、いいことしようねぇ……!」



「なあに、ちょっと痛いだけだよ! 刺すときにちょっと、ブスッてするだけだよぉ……!」



「そのあとは、全身の毛が真っ白になっちゃうくらい怖いけどねぇ!」



「捕まえたぁ! さあ、苦しめ! 苦しめ! 苦しめ! 狂え! 狂え! 狂え! ヒヒヒヒヒヒヒ!」



 そして……最後。

 幸運(?)にも、どちらの『殺人鬼グループ』にも属さなかった者が、ひとりだけいた。


 彼は不幸(!)にも、スキュラの送迎任務を終えて、ホテルのロビーで一服。

 シンイトムラウに戻ろうとしたところを、



「死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! 30(サテンオー)ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 ……ドスゥゥゥゥゥッ……!!



 仲間の手によって、ひと突き……!



「お、お前は、27(トゥインクルセブン)……!? どうして、どうしてこんなことを……!?」



「てめぇ、俺が何も知らねぇと思っていたのか! 任務の途中で不義密通とは、ふざけやがってぇ!」



「な……なんの、ことだ……!?」



「ひとの女と、たっぷりマンボを踊って、さぞや楽しかっただろう!? その踊り、ここでも見せてくれよ……! 魔導装置(コイツ)を途中で抜けば、腹からぶちまけられたのを拾い集める様が見れて、傑作なんだ……!」



「なっ……なにをっ!? やっ、やめろっ! やめてくれっ!」



 ……ギュィィィィィィーーーーーーーーーーーーンッ!!

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