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103 希望の徒花1

 グレイスカイ島の『神の住まう山(シンイトムラウ)』には、血煙が嵐のように渦巻いていた。

 時折、ギャー、ウギャーなどの断魔(だんま)の声が轟き、まわりの木々から鳥たちが飛び立つのが見える。


 その様子を、麓の集落から見つめていた、ワイルドテイルと野良セレブたち。

 凶兆の前触れのように、木々のざわめきが止まらない山に、不安を隠しきれない。



「朝も早ようから、神尖組(しんせんぐみ)の勇者様たちが、シンイトムラウの中に入っていったと思ったら……」



「おっそろしい悲鳴が、ずっと止まねぇ……!」



「い、いったい、あの山ん中で、いったいなにが起こってるっていうんだ?」



「あっ、見ろ! あそこ!」



 バッ! とあるワイルドテイルが指さした先は、山の頂上近くの崖の上。

 いつもであれば、この時間であれば、野良犬マスクと巫女のチェスナが朝の体操のために出てくるのだが……。


 現れたのは、



「……ちっくしょおおおおおっ!」



 叫びながらどこかへ走り去っていく、ストロングタニシの姿。

 そのすぐ後に、




「ヒヒヒヒヒ! 逃げろ逃げろ、逃げろぉぉぉ!」



 と気が触れたかのように、追いかけていく勇者の姿。

 白塗りの顔で、額に『29』と書かれている。


 そのあとに、



「待てぇ! 捕まえたぞぉ! これで俺は大金持ちだぁ!」



「やったぁ! 捕まえたぞぉ! これで大出世だぁ!」



 などと叫び、お互いの身体を抱きしめあいながら、



 ……バッ!



 と崖から身投げする、ふたりの勇者。

 彼らも白塗りの顔で、額にそれぞれ『26』『28』と書かれている。


 突然の無理心中に、集落の者たちは、「ああっ!?」と声をあげた。


 最後に崖に現れた、額に『27』と書かれている勇者は、一見正常なように見えたのだが、違った。

 彼は走り去っていった仲間どころか、崖から転落した仲間にも一瞥もくれず、背中のリュックから何かを取り出すパントマイムを始める。


 そして、両方の拳を軽く丸めて穴を作り、望遠鏡のように覗き込む。

 彼はしばらくの間、その手づくりの望遠鏡で街のほうを眺めていたが、突如怒髪を逆立てると、



「絶対に……絶対に許さんっ!! とぉーっ!!」



 と、正義のヒーローのような勇ましいかけ声とともに、両手を翼のように広げ、崖から飛び降りた。

 ふたたびの奇行に、集落の者たちは、「あああっ!?」と声をあげる。



「い……いったい、なにがどうなっておるんじゃ……!?」



「勇者様が、おかしくなっちまった……!?」



「それに、シラノシンイ様の使いの野良犬マスク様は、どこに行かれちまったんだ!?」



「巫女のチェスナの姿も見当たらんぞ!?」



 さて、そのふたりはというと……。



「……はふぅ~。温泉なんて、ひさしぶりなのですぅ」



 湯のなかで、とろけていた。



「朝から走って疲れたでしょう。この温泉は、疲労回復にとてもよく効く成分が入っていますから、じっくりと浸かってください」



 湯気の向こうで揺れる野良犬のマスク。

 彼は全裸だというのに、それだけは外さなかったので、傍から見ればいちだんと異様であった。


 しかしもう慣れっこのチェスナは気にする様子もなく、久しぶりの入浴を満喫する。



「まさかこの山におんせんがあるだなんて、しらなかったのです」



「この山にはこういった温泉が、他にもいくつかあるんですよ。中でもここは効能も良く、眺めもよいのでいちばんいい場所ですね」



 すでに地元の人間になってしまったかのように、すっかり馴染んだ口調の野良犬マスク。

 しかし彼の言うとおりで、今ふたりがいる温泉は、頂上付近の崖よりもさらに上の岩棚にあり、島の半分を見通せるくらいの絶景スポットであった。



「わうは、こんなたかいところにのぼったのも、はじめてなのです」



 少女は温泉のふちまで移動して、高みから山を見下ろす。

 すると、すぐ下にある森のほうから、噴き上げるような蛮声が立ちのぼってきた。



「うがっ! うぐうっ! ぐあああーーーーーーーーーーーーっ!!」



「あの、かみさま……さっきから、いろんなところから悲鳴がきこえるのですが……。それに、下のほう……ワイルドテイルのおとこのひとが、ずっとひとりで何かをやっているのですが……あれはいったいなんなのですか?」



 湯船のふちに手をかけて、仔犬のような仕草で岩棚の下を覗き込むチェスナ。

 野良犬マスクは「どれどれ」と彼女のそばに近づいて、親犬のように一緒に見下ろす。


 親子犬の眼下には、今にも死にそうな野良犬が、木の枝を杖代わりにして立っていた。

 野良犬マスクは手近にあった小石を手に取ると、彼に向かって投げつける。



 ……コツン……!



「こ、これは……! み、ミルクルミじゃねぇか……!」



 野良犬のような青年が受け止めたのは、明らかにただの小石なのだが、彼は奇跡を目の当たりにしたように目を輝かせていた。

 それを何の躊躇もなく口に放り込み、



 ……バリッ! ガリッ! ゴリッ!



 と歯が折れそうな音とともに、飲み下していた。



「う……うわぁ、い、いしをたべたのです……!?」



 ドン引きのチェスナ。


 しかしそれで青年は元気百倍になったようで、メチャクチャに木の枝を振り回している。

 時折躓いて、岩に顔面をしたたかに打ち付けていた。


 その様子をしばらく眺めていた野良犬マスク。

 山びこを叫ぶように手を頬に口元に当て、青年に向かって声をかけた。



「……ストロングタニシさん。洞窟で、私に斬りかかったときのことを、思い出してください」



 野良犬マスクは彼に向かって、何やらアドバイスを繰り返す。

 それを受けた青年は、裂帛の怒声をあげながら、木の枝で自分の腹を突いて……。



「見たかっ……! これが俺様の外道剣……! 『だんご兄弟(ブラザーズ)』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 意味不明の大見得を切ったあと、事切れるようにブッ倒れ、白目を剥いていた。

 


「あ、あの……かみさま、あれはいったい、なんなのですか?」



 不気味な一人芝居を見させられてしまったチェスナは、子供とは思えない複雑な表情で尋ねる。

 野良犬マスクは湯に浮いていた花の蕾を手に取った。



「それは、これのせいですよ」



「おはな……ですか?」



「ええ。これは『希望の徒花(あだばな)』といって、この山に生えている花です。とても珍しい花で、世界でも咲いているところはあまりありません」



 『魔界では珍しくありませんけどね』『うん、そこらじゅうに生えてるよね』とどこからか声がしたが、それはチェスナには聞こえない。

 野良犬マスクは黙殺して続ける。



「この花は蕾のまま枯れてしまうと言われているのですが、とあることをすると花を咲かせます。その時に、まわりに強い幻覚作用のある花粉をまき散らすんです」



「げんかくさよう、ですか?」



「ええ。花粉を吸引してしまうと『自分の夢が叶う夢』を()るようになるんです」



「わかったのです! いままできこえていた悲鳴はぜんぶ、うれしい悲鳴なのですね!?」



 「その通りです」と頷く野良犬マスク。



『正確に言うなら、身を滅ぼすまで己の欲望を引きずり出されてしまう、魔界の花ですね』



『あの子たちもせっかくマスクしてたのに、外さなければよかったのにねー!』



『いえ、プル。第10番隊の方々の防毒マスク程度では、魔界の花の花粉は防げませんよ』



『えっ、そうなの!?』



『ええ。魔界の花の花粉は、液体でも固体でも気体でもありませんから。第10番隊の方々の中で花粉を防げていたのは、「拒絶の石」を持っていたスキュラさんくらいではないでしょうか』



『ふぅーん』



『そんなことよりも、「希望の徒花」の効果は、ここからが見ものですよ』



『えっ、そうなの?』



『ええ。副隊長になりたいという、第10番隊の方々の望みは叶っている頃でしょうから、つぎは……』



 野良犬マスクの顔のそばで浮いていた、白い妖精のような少女。

 彼女はチョコレートの入った箱を開ける童女のような、無垢なる微笑みを浮かべていた。

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