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101 外道5

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 ストロングタニシは、全身全霊をこめての振り下ろを放つ。

 まともに決まれば、まさに一刀両断ともいえる一撃であったが、



「おおっとぉ! ざんねぇ~ん!」



 実にあっさりよけられてしまった。



「最強勇者サマじゃなかったんでちゅかぁ~!? ヒヒヒヒヒ!」



 赤子をあやすように、あばばば! と舌を動かす肉男。



「へんっ、ちくしょう! 当たれっ! 当たれっ! 当たれぇぇぇぇぇっ!!」



 ストロングタニシは、振り向きざまに滅多斬りを放つ。

 しかしその必死の反撃すらもあざ笑うかのように、肉男はひょいひょいとかわしまくる。


 肉男は片手に剣、片手に魔導装置を持っているというのに構えすら取らず、両手をだらりと下げ、胸から上の動きだけで飄々とかわす。


 そのゆらゆらとした動きは、不気味な見目と相まって、まるで幽霊を相手にしているかのような怖ろしさがあった。



「な……なんで当たらねぇ!? ちくしょう! ちくしょう! ちくしょうっ!」



 つい、焦りが口をついて出てしまうストロングタニシ。



「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 とうとうやぶれかぶれになって、野良犬のように大口をあけて飛びかかっていく。

 しかし、



 ……ガッ!



 と足を引っかけられ、バランスを崩して倒れてしまう。

 その先に運悪く岩があったせいで、



 ……ガンッ!!



 顔面をしたたかに、打ちつけてしまった……!



「ぐっ……! うぐっ! うぐぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーっ!!」



 思わず顔を押えて悶絶するストロングタニシ。

 その背中に、嘲笑が降りかかる。



「ヒヒヒヒヒヒ! 最強勇者サマは、斬り合いをお望みじゃなかったんでちゅかぁ!? でも俺はまだ、なあんにもやっちゃいませんよぉ!? それとも生命のやりあいじゃなくて、お遊戯がやりたかったんでちゅかぁ~!? ヒーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!」



 いっそのこと、バッサリやられていたほうが良かったかもしれない。

 ストロングタニシは屈辱のあまり、引っ込んでいた涙が再びこみあげてくるようだった。



「ぐふうっ! ふーっ! ふーっ! ふーっ!」



 キッと相手に向き直った彼の瞳は、すっかり滲んでいた。

 膨らませた鼻から荒く息を吐き、肩を激しく上下させている。


 ひと足はやい涙のように、鼻からはボタボタと血があふれ、止まらない。

 もはや人としての言葉も忘れてしまうほどの業恥(ごうはじ)が、彼を支配していた。


 いくら相手が神尖組(しんせんぐみ)とはいえ、自分は村いちばんの剣士……。

 そのうえ村を出てからはずっと修行を続けていたので、死ぬ気でかかればなんとかなると思っていた。


 しかし、このていたらく……!



 ――俺様は……俺様はっ!

 村のヤツらどころか、娘っ子どころか……自分の命さえ満足に守れねぇってのか……!?



 それまでは、空に響くは笑い声ばかりであったが、



「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 無力に身もだえ、絞り出したような悲鳴が、吹き上げる……!


 その無様さがおかしくてたまらず、腹をよじる肉男。


 屈辱をたっぷりと感じさせて、その苦悶を刻み込ませたままの剥製を作り、生き恥として晒す……!

 それが彼のやり方だった。


 ストロングタニシという名の肉を叩きに叩いて、ちょうどい柔らかさになったと悟った肉男は、ついに最後の仕上げに入ろうとする。


 しかし、それよりも早く……天は動いていた。



『……ストロングタニシさん。洞窟で、私に斬りかかったときのことを、思い出してください』



 ――!?

 この声は……野良犬マスクっ!?



 それは、間違えようもない、オッサンの声だった。

 それが、蒼穹を覆う雲の上から、降り注ぐように……!


 まるで天啓のように、響いたのだ……!


 ストロングタニシの頭の中に、ふたりが初めて出会ったときのことがフラッシュバックする。



 ――洞窟の中で斬りかかったとき、やけにすっ転ぶと思ったが……。

 てっきり足場の悪ぃ洞窟かと思ったのに、野良犬マスクが脚を引っかけてやがったのか……!



『人間というのは、目線の水平より上にあるものには素早く反応できますが、下にあるものには反応が遅れます。剣の上級者はそれを知っていますから、自分より格下だと思った相手は脚を狙うのです。そうすれば、楽に倒せますからね』



「へ……へんっ! そ、そんなくらいのこと……この俺様が知らねぇとでも思ったか! 俺様もよくやるぜ!」



 しかし天からの助けにも、唾を吐くような態度を取るストロングタニシ。

 しかし神様は、かまわず続ける。



『相手が足をひっかけようとしている場合、その狙いを潰すのは簡単です。こちらが先に足を狙ってやればいいだけです。足をひっかけようとしている相手は、身体よりも足が前に出ていますから、狙うのは簡単です』



「へ……へんっ! そ、それもあったりめぇのことじゃねぇか!」



『ただ、すぐに足を斬りにいってはいけません。上級者ともなると、足を狙われることも想定済みです。ですからまず上段に構え、身体を斬りにいくと見せかけて、身体に当たるより早く振り下ろすのです。そうすれば、自然と相手の足に当たります』



「そ……それも……! 知ってらぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」



 起き上がりざま、吠えざまに、がばあ! と振りかぶるストロングタニシ。



「ヒヒヒヒ! またそれでちゅかぁ!? 馬鹿のひとつおぼえでちゅねぇ~!」



 ベロベロバア、と舌を出す肉男に向かって、



「でりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 ……ビシュンッ!!



 最強勇者の剣は、ヤツの鼻先を、舌先を、胸先を、ギリギリのところを掠めていく。

 そのまま、スネめがけて振り下ろされた。


 彼は確信する。



 ――もらった!



 刀剣はあと少しでヤツの片脚を捉え、スッパリといく……!

 しかし、皮一枚ほどのタッチの差、



 ……ガキィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 薄皮のように滑り込んできた刃に、阻まれてしまった……!



「なにっ!?」



 目を剥くストロングタニシ。

 ハッと顔をあげると、そこには……。


 殺人ピエロのような笑顔は、消え失せていた。

 かわりに、青白く浮き上がった血管を、顔中にビキビキと張り付かせる、マジギレ殺人ピエロが……!


 そこには、いたっ……!



「てんめぇ……! この俺に、受け太刀させやがったなぁ……!? 『妖術剣』において、受け太刀は何よりもの恥だってのに……! てめぇはそれを、やらせやがった……! 許さねぇ……! 許さねぇぞっ! キエエエエエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」



 よくわからない理由で突然激昂した肉男。

 怪鳥のような雄叫びをあげ、剣をめちゃくちゃに振り回しはじめる。


 しなる鞭のような腕から繰り出される剣撃を、必死に受け止めるストロングタニシ。



「へ、へんっ!? なんだってんだよ急にっ!?」



「こんなドサンピンを相手に受け太刀をしたなんてバレたら、いい笑いものになっちまわぁ! 殺す! ブチ殺すっ!! くびり殺すっ!! キエェェェェェェーーーッ!!!!」



 ……ガキン! ガキン! ガキンッ!!



 軽く振っているように見えてるのだが、一撃は大槌のように重かった。

 そしてすべて受け止めることはかなわず、身体が切り裂かれていく。


 穴のあいた風船になったように、あちこちから血が噴き出す。



「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ死死ねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっしねっ!!」



 暴風に揺らぐ竹のような動きと、呪詛のように繰り返される死の言葉。


 ひと太刀ごとに散っていく、腐れかけの皮鎧。

 皮膚が削がれて弾け、骨を打たれ、命が噴き出す。


 とうとう生まれたままの姿になってしまったストロングタニシ。

 なにもかも失いつつあった彼は、ついに意識する。


 『死』というものを……!



「死ぬっ! 死ぬっ! 死ぬっ! 死ぬっ死ぬっ死ぬっ死ぬっ死ぬっ死ぬっ死ぬっ死死ぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬっしぬぅっぅぅぅぅぅ~~~っ!!」



 もはや痛みもなにもなかった。

 身体をながれる血のどろりとした感覚も、その熱さも、まるで感じなかった。


 ただ、夜の帳が降りるように視界が暗くなっていき、全身が凍りつくように冷たくなっていくのだけは、はっきりとわかる。



『……逃げないのですか?』



 また、あの声がした。



『巫女を置いて逃げれば、あなただけは助かりますよ』



 ――へ、へんっ! 逃げてたまるかってんだ!



『なぜ、逃げないのですか?』



 ――外道になるのをいっとき、やめたからだよっ!



『なぜ、外道になるのをやめたのですか?』



 ――へんっ! 知るかよそんなのっ!

 てめぇだって、日曜くらいは休むだろうがっ!


 それになぁ、俺様は絶対に背を向けねぇ!

 剣士たるもの、背中の傷は恥なんだっ!!



『先ほどまで、あれほど逃げていたではないですか』



 ――へ……へんっ! うるせえうるうせえうるせえっ!



『傷というのは、前に付こうが後ろに付こうが同じ傷です。傷が恥になるかどうかは、付いた場所ではなく、付いた理由がすべてです。あなたは巫女を守るために敵に背中を向け、そして背中に傷を負った……それは人になんと言われようと、決して恥ずべきものではありません』



 ――ぐ……ううっ!

 これから死ぬかもしれねぇってのに、説教なんてすんじゃねぇっ!



『そして「外道」とは、真理を外れていることをいいます。先ほどあなたが言っていた「背中の傷は恥」は、剣士にとっての真理ということになるでしょう。本当の「外道」になることを望むのであれば、どんな時も、背中の傷を怖れてはなりません』



 ――せ……背中の傷を、怖れない……!?



『そうです。そしてこの世界の多くの剣士というのは、「真理」にとらわれています。「神の指(ゴッド・フィンガー)」と呼ばれた者たちですら、例外ではありません。そこに勝機を見出すのです』



 ――外道に、勝機を……!?



『はい。「外道」という言葉を、多くの名だたる剣士が口にしていますが、この世界に、真の「外道剣」はまだありません。誰も持っていないそれを見出すことこそが、目の前の剣豪を倒す、唯一の方法です』



 ――へんっ……!?

 剣士としての、外道……!?

 外道としての、真理……!?


 それは、『背中の傷を怖れないこと』……!?



 死地にあり、暗雲のように覆われていた彼の頭の中が、青空のようにクリアになる。

 その空を、まるで昼間の流星のように、ひとすじの閃光が走っていった。


 『ミルクルミ』で得た活力、その残りカスを全てかきあつめ、腕に宿す。

 そして、肉男の太刀を、振り払う……!



 ……ガキィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 輝きを失っていた瞳の奥に、ふたたび炎が燃え上がっていることに気付く肉男。



「ヒヒヒヒヒヒ! まぁだそんな力が残ってやがったか! いいぜぇ! 打ち込んでこいよっ! 受けてやるよっ! 全身全霊の一撃を! それが無駄だとわかった時の顔は、さぞや格別だろうなぁ! ヒヒヒヒヒヒヒ! ヒーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒーーーーーーーーーーッ!!」



 ……ジャキンッ!!



 と中段に構えなおし、切っ先を突きつけるストロングタニシ。



「いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!! これがっ……!!! 俺様のっ!!!!」



 そして、飢えた野良犬のように、獲物に飛びかかるように、まっしぐらに……!



 ……ざっ!



 ()(ばし)るっ……!!



「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 余裕しゃくしゃくで迎え撃つ肉男。

 しかしその笑いは、瞬間氷結。


 なぜならば、



 ……がばあっ!!



 猛然と牙を剥いていたはずの野良犬が、目の前で身体ごと翻し、背を向け……!

 そのまま、倒れ込むようにして……!



「外道剣だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」




 ……ドズバァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 己の腹に、刀を突きたてたっ……!?!?


 それは、まったく予想もつかない、狂気の自爆特攻……!

 いいや、狂人の肉男ですら想像だにしなかった、大・狂気……!


 ストロングタニシの背中から飛び出した刃は、そのまま……!



 ……ドスウッ!!



 肉男も、貫いたっ……!!!!



「ばっ……ばか、なっ……!」



 ごふっ! と血を吐き、すでに肉の塊と化ししつつある肉男。



「見たかっ……! これが俺様の外道剣……! 『だんご兄弟(ブラザーズ)』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

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