98 外道2
野良犬の巫女を抱えたストロングタニシは、こけつまろびつしながら、神の住まう山を逃げ惑っていた。
自分でも理解できなかった咄嗟の行動に、困惑しながら。
――へんっ!? 俺様は、俺様は……。
俺様は『外道』になるんじゃなかったのかよっ!?
あの時から、すべての情けを捨てて……。
自分の快楽のためだけに生き、たとえ同じワイルドテイルでも見捨てて……。
外道の剣を振るう、修羅になるんじゃなかったのかよっ!?
そして、そして……!
アイツと同じ、勇者になるんじゃなかったのかよっ!?
「……ちっくしょおおおおおっ!」
叫びながら、倒木を飛び越える。
……バッ!
しかし、背負っていた長い剣が引っかかってしまい、
……ガッ!
「へっ……へんっ!?」
……ずしゃあぁぁぁぁっ!
茂みの中に、ヘッドスライディング……!
しかも運悪く、突っ込んでいった先にはタヌキの巣穴があり……。
……ズボッ!
入り口を突き崩す勢いで顔面が乱入してきたので、団欒中だったタヌキ親子は一斉にコロリンとひっくり返っていた。
しかしすぐさま、親子力を合わせて侵入者の顔をバリバリと引っ掻く。
「いっでぇーーーーーっ!!」
なんとか頭を引っこ抜いたストロングタニシの顔は傷だらけ。
彼は身体じゅうに傷があり、それらはすべて修羅場をくぐり抜けてきた刀傷だとうそぶいていた。
しかし実情はこんなふうに、森の動物たちにつけられた傷であった。
そんなことは、さておき……。
「へんっ!? 娘っ子は!?」
見回すと、少し離れたところにうつ伏せで倒れていた。
ストロングタニシは少女の元まで這っていき、彼女を助け起こす。
「へんっ! おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
泥だらけになった顔を、パッパッと手で払ってやると、白い肌に大きな瞳の、かわいらしい顔が現れた。
そのまん丸な視線がぶつかった途端、ハッととなるストロングタニシ。
彼の脳裏の、さらに裏側。
そして心の深いところに、火がともった。
………………へんっ!
…………おい、大丈夫か?
……しっかりしろ!
「く……クロタニシ兄ちゃん……」
「へんっ! 大丈夫か、シロサナギ!」
「チッ! またクロタニシの野郎が出てきやがった!」
「おいっ、てめぇら! 俺様が気に入らねぇんなら弟じゃなくて、この俺様にかかってきやがれ!」
「くそっ! クロタニシの野郎が相手じゃ分が悪ぃ! ずらかるぞっ!」
……俺様は、とある小さな村で生まれ、あの時までずっとそこで暮らしていた。
両親と、弟のシロサナギの4人で。
剣士に憧れて木刀を振り回し、悪ガキどもと縄張り争いを繰り広げ、喧嘩の毎日。
俺様は村一番の剣士だったので、俺様に勝てるヤツは誰もいなかった。
でもシロサナギは身体が弱くて、いつもやられていたんだ。
「……ごめん、クロタニシ兄ちゃん。おいらが弱いばっかりに……」
「へんっ! 気にすんじゃねぇよ、シロサナギ! あーあ、こんなに汚れちまって……せっかくのかわいい顔が台無しじゃねぇか! こうして見るとおめぇ、本当に娘っ子みてぇだなぁ!」
「もう、おいらだって気にしてるのに……」
「ちょっとぉ、また悪さしてるわね、クロタニシ!」
「いでえっ!? 人を見るなり引っぱたくんじゃねぇよ、アカツメクサ!」
「あんたが悪さばっかりするから、シロサナギがいじめられるのよ! それに、家の手伝いはどうしたのよ!? あんたの父ちゃんと母ちゃんが、あの馬鹿はどこ行ったって、探してたわよ! ここでまた悪さしてるって、言いつけてやるんだから!」
「へんっ! ったく、このお節介女が! 人ん家のことに、キツツキみてぇに口挟むんじゃねぇよ! おい、気をつけろよシロサナギ。こんなヤツを嫁にもらったら、尻に敷かれすぎてノシイカみてぇになっちまうぞ!」
「そ、そんな……アカツメクサは、そんな女の子じゃ……」
「もう、クロタニシったら! 少しはシロサナギのこと、見習いなさいよ! そんなだから、村じゅうの女の子に嫌われて、このあたししか相手にされなくなっちゃうのよ!」
「へんっ! 俺様としちゃ、おめぇに一番最初に嫌われたかったぜ! おいっ、行くぞ、シロサナギ!」
「う、うん」
「ちょっとぉ、どこ行くのよっ!?」
「シラノシンイ様の所に決まってるじゃねぇか!」
俺様とシロサナギは毎日のように、村に祀られているシラノシンイ様にお祈りをしていた。
だいたいいつも、アカツメクサも一緒にお祈りしてくれた。
昼間に行くだけじゃ足りないと思って、家族が寝たあとにこっそり家を抜け出して、俺様ひとりでお祈りすることもあった。
シロサナギの病気が、早く良くなりますように、って……!
でも、村の医者でも手が付けられねぇシロサナギの病気は、日に日に悪くなるばかりで……。
痩せ細り、肌は本当にサナギになっちまったみてぇに青白くなっていった。
そんなある日、村に勇者様がやって来た。
こんなしみったれた村に何の用かと思ったんだが、勇者様はシロサナギをひと目見るなり不治の病だと見抜き、治療を申し出てくれた。
しかしそのためには、しばらくシロサナギをよその国に連れて行かなくちゃならないらしい。
俺様は付いていきたかったんだが、それは勇者様が許してくれなかった。
弟と離ればなれになるのは心配だったが、病気が治るのなら……と、俺様たち家族はシロサナギを勇者様に託すことにしたんだ。
でも、弟自身は最後まで嫌がっていた。
「嫌だ、嫌だよ、クロタニシ兄ちゃん……! おいら、行きたくない……!」
「へんっ!? なんでだよ、シロサナギ!? 村のヤブ医者でも、シラノシンイ様にあれだけ祈っても良くならなかったお前の病気が治るんだぞ!?」
「おいら、あの勇者様が怖い……! 怖いんだ……! あの勇者様のところに行ったら、良くないことをされるような気がして、怖いんだ……!」
「なぁに馬鹿なこと言ってんでぇ! 相手は勇者様だぞ!? プライマルブレイド様はたしかにちょっと不気味だが、素晴らしいお方だ! こんな何もねぇ村に来てくださったし、シロサナギの病気もすぐに見抜いた……! そのうえ金も取らずに治してくださるって言ってるんだ!」
「や……やだよぉ……! おいら、クロタニシ兄ちゃんと離れたくない……! ずっと一緒にいたいよぉ……! おいらを捨てないでおくれよぉ、クロタニシ兄ちゃん、クロタニシ兄ちゃん……!」
……俺様は、もう寝床から起き上がれないほどに弱ってしまったシロサナギを……プライマルブレイド様に引き渡した。
骨が透き通って見えそうな、その手を振り払い……。
捨てられた仔犬みてぇな、その目を振り払って……。
……村からシロサナギがいなくなってからは、俺様は半身を失ったようになっちまった。
あれほど欠かさなかったシラノシンイへの祈りも、ぱったりと行かなくなっちまった。
それから、1年後……。
あの事件が起こることとなる。
俺様はその日、剣の稽古をするために、朝から村の近所にある山に登っていたんだが……。
その上から、見ちまったんだ……。
村があかく、あかく燃えているのを……!
このストロングタニシのくだりが終わったら、スキュラ編のざまぁに突入しますので、ご期待ください!