92 デス・ゲーム2
野良犬が木の葉を揺らすばかりであった、静かな朝の森を、轟音が突き抜けていく。
……ドォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
近隣にいた第10番隊の23名がそれを聞きつけ、集まってくるのはすぐであった。
彼らは物音ひとつたてず近寄ってきて、茂みの中に身を潜め、しばらく様子をうかがったあと……。
ゆっくりと爆心跡地に姿を現した。
クレーターのように穿たれた地面に、倒れた木によって黒い瓦礫の山ができている。
ところどころで小さな火の手はあがっているが、山火事に至るほどではなさそうだった。
「……爆弾か」
「性質からいって、焼夷弾ではさそうだな」
「野良犬マスクの仕業か?」
「だろうな。爆音を聞いた我々はすぐにここに駆けつけたが、野良犬の姿がなかったということは……」
「罠を仕掛けていたということか」
23名による現場検証は、第10番隊がいつもやっているように、ごくごく自然なものだったのだが……。
誰もが奥歯に何かを挟んでいるようで、どことなくぎこちなかった。
彼らは仲間に悟られないように、残骸からあるものを探していた。
それはもちろん『ラブレター』である。
この爆発は『野良犬の仕業』ということになっていたが、それはうわべだけで、本心はそうではなかった。
もしかしたら、『特別任務』が他のメンバーにも下されていて、それによる争いだったのではないか……!?
そう思っていたのだ。
現場にラブレターが残っていれば確定だったのだが、駆けつけた頃には爆発ですべてが黒焦げで、粉々になっていた。
地面に転がっていた、ちぎれて黒炭化した腕を蹴飛ばしながら、誰かが吐き捨てる。
「こんなにバラバラじゃ、どこのどいつがやられたのか、全然わからねぇな」
「やられたのは、我が第10番隊の隊員だ。それも5人もな」
「なぜわかる?」
「今ここには、20名しかいない」
その場にいる者たちで点呼を取ってみたところ……。
欠けていたのは、16と24。
そして02、11、18の5名。
先ほどの争いで爆散したのは、2名……。
16と24だけ。
ということは、被害者が3名ほど増えてしまったことになる。
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名もなき戦勇者 172名 ⇒ 175名
名もなき創勇者 61名
名もなき調勇者 113名
名もなき導勇者 167名
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それは、なぜかというと……。
すでに同じような争いが別の場所でも行なわれ、決着していたからだ。
3名は別の場所で死んでいるのだが、爆発に巻き込まれたことにしておけば、『特別任務』の存在を悟られずにすむ。
隊員たちは疑心暗鬼に陥っていた。
スキュラからの特別任務は、自分だけに下されたものなのか、それとも他のメンバーにも下されているのか……。
それがわからない以上は、特別任務を匂わせる要素は、極力排除し……。
野良犬の仕業だと思わせておいたほうが、好都合なのは言うまでもないだろう。
そう……! 生き残った20名のなかには……
自分の出世のために、すでに仲間を殺した殺人鬼が、3人ほど紛れ込んでいたのだ……!
死体はすでに隠蔽、罪は野良犬にひっかぶせて、自分は知らん顔……!
しかしこれは、悪手……!
野良犬が相手の場合は……!
この特別任務の真偽はともかく、そんなチームワークでは、狩れるわけがないのだ……!
あの野良犬は……!
しかしここで、
「俺、スキュラ様からこんなものをもらったんだけど……」
とラブレターを仲間たちに開示し、特別任務を受けていることを白状するのは悪手中の悪手である。
なぜならば、最悪、
「こいつ、副隊長になるために、俺たちを殺すつもりだ!」
などと誰かに扇動されようものなら、最後……。
19人もの仲間たちから、なぶり殺しに……!
そこまでは行かなくても、プレゼントは没収され、任務が終わるまで縛り上げられるくらいのことはされてしまうだろう。
そして無抵抗となってしまったところを、最後のひとりとなった殺人鬼に、やすやすと殺されて終わることだろう。
では……この場合の最善手というのは、何なのだろうか?
それは……いずれ明らかにしよう。
ちなみにではあるが、隊員たちは隊長に忠誠を誓っているので、こんな非道な命令を下したスキュラを責めることはない。
むしろ「スキュラ様が、副隊長になれるチャンスをお与えくださった……!」と感謝しているくらいであった。
……話を元に戻そう。
残った20名の隊員たちは、野良犬についての対策を話し合っていた。
その最中、12がこんなことを言い出す。
「よし、みんな……ガスの散布をやめるんだ」
「なんでだよ? 12」
「さっきお前、俺たちがガスを撒くのを止めようとしたら、メチャクチャ怒ってたじゃねーか」
「それはさっきまでの話だ。野良犬マスクが罠を仕掛けているとわかった以上、防毒マスクを外して視界をより多く確保するほうが安全だと思ったんだ」
この新たなる提案の是非は、20名の隊員の中で、まっぷたつに分かれた。
「そうだな! 野良犬マスクが罠のエキスパートだった場合、こっちもそれなりに気合いを入れてかからねばならん! 防毒マスクは視界が奪われるから、もしかしたら野良犬マスクはその弱みに付け込んで、罠を仕掛けたのかもしれん!」
「ああ! まったくその通りだ! 現に5名もの隊員が、野良犬マスクの罠にやられている! このままじゃ、全滅する可能性もあるだろう!」
「いや、俺は反対だ! 野良犬マスクはすでに毒ガスを吸い込んで、だいぶ弱っている! もしここで散布をやめたら、ヤツを回復させてしまうかもしれん!」
「ああ! 俺もそう思う! それにこの防毒マスクは第10番隊のシンボルともいえるもの! これを被って悪を討ってこそ、意味があるというものだ!」
さて、言うまでもないかもしれないが、これらは完全に『おためごかし』である。
賛成派と反対派の真意は、明白であった。
賛成派は、防毒マスクがあると効果が薄れる『プレゼント』を持っている……!
反対派は、防毒マスクがないと効果が薄れる『プレゼント』を持っていることを……!
『防毒マスクがあると効果が薄れる』というのは、まさに毒ガスのような、敵に直接吸引させるようなプレゼントを指す。
『防毒マスクがないと効果が薄れる』というのは、先に登場した毒を塗った双刃などの、敵がマスクにより視界が遮られていたほうが、当てやすいプレゼントを指す。
この手の論議の決着は、『各人の判断に任せる』という結論がスマートではあるのだが、その着地にはなり得ようもなかった。
「第10番隊たるもの、足並みを揃えて任務にあたらねばならぬ」というわけのわからない理論に、全員が賛同していたからだ。
自分だけ防毒マスクを付ける、または外したとろで、たいした意味はない。
仲間たちをその状態にすることに、意味があるのだ。
なぜならば、彼らを『プレゼント』で、殺したいから……!
喧々囂々の言い争いの末、結局、多数決を取ることになり……。
11対9の僅差で、『防毒マスクを外す』ということになった。
その様はさながら、学級会……!
小学生がやっているとしか思えないような、ただの茶番でしかなかった……!
しかしてその実情は、帰りの会……!
誰も生きては帰れぬ、死の帰りの会だったのだ……!