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19 女教師からの依頼

 それは、ゴルドウルフが『スラムドッグマート』の支部長となってしばらくして、忙しさも一段落ついたある日のことであった。


 朝から天気も良かったので、ひさしぶりに1号店の店先で掃き掃除などをしていると、対面にある細い路地に、小さな人影を見つけた。


 綿菓子のような物体が、物陰からふわふわと出たり入ったりしている。

 ゴルドウルフの視線に気づくと、狼に見つかった仔ウサギのようにピャッと引っ込んでしまった。


 ホウキを持ったまま、そっと近づいてみる。



「やはりグラスパリーンさんでしたか、お久しぶりです」



 ゴルドウルフから声をかけられた少女は、「きゅうっ!?」と絞められたニワトリのような悲鳴をあげ、小柄な身体をさらに縮こませてしまった。



「あっ、驚かせてしまいましたか?」



「いうっ……いっ、いいえ、ごっ、ごめんなさい! びっくりしてしまって、ほんとにごめんなさい!」



 少女はうつむいたまま、柔らかな髪をブンブンと上下に振り乱す。

 その拍子にかけていたメガネがスポンと外れ、地面に叩きつけられそうになったが、ゴルドウルフはそれを予測していたのか、前もって差し出していた彼の手の中にスッポリと収まった。



「はい、どうぞ、グラスパリーンさん」



「すっ、すみませんっ!」



 こわごわと受け取ったメガネを、サッとかけなおす少女。


 のっけからコミュ障っぷりを発揮している彼女、名を『グラスパリーン・ショートサイト』。

 かつてゴルドウルフが勤めていた頃の『ゴージャスマート』の常連のひとりである。


 綿毛のような栗色のロングヘアに、落ち着きなくさまよう同色の瞳。

 大きくて丸く、そして分厚いメガネをいつもかけている。


 メガネがないと何も見えなくなるほどのド近眼だというのに、その頼みの綱をしょっちゅう落としては「メガネメガネ」と這いつくばるのは日常茶飯事。


 落としすぎるあまり、今かけているものも既に霜がおりたようなヒビが入っている。

 が、その程度の損傷でレンズ交換をしていては彼女の場合はお金がいくらあっても足りないので、割れるまでその状態で使い続けるという。


 服装は教師用のアカデミックガウンなのだが、ちっこくて童顔なので卒業式帰りの小学生にしか見えない。


 ようは第一印象のとおり、小動物系のおどおどドジっ子なのである。



「かっ、かかか、開店、おめでとうございますっ!」



 スクラッチするように言葉を震わせながら、鉢植えの花を差し出すグラスパリーン。

 お祝いなら相手の目を見て渡すのが普通なのだが、彼女は久しぶりに会った相手には怖くてできないのだ。


 ゴルドウルフは常連ひとりひとりの性格やクセを覚えているので、特に不快には思わない。

 むしろ相手の事を気遣い、つとめてやさしい声で接する。


 そして、彼女が店に入りたいけど怖くて入れないことも察していたので、さりげなく誘うことも忘れない。



「これはこれは、ありがとうございます。さっそくお店のほうに飾らせていただきます。立ち話もなんですから、お店のほうにいかがですか?」



 グラスパリーンは「あっ、ありがとうございます!」と勢いのある最敬礼で、再びメガネをキャッチされていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 店内の一角にある応接スペースに案内されたグラスパリーン。

 ゴルドウルフは細長いケースに入ったアクセサリーを彼女に手渡した。



「わぁ、素敵なネックレスですね」



 箱の中に入っていたのは、ところどころに小さなブローチがあしらえられたシルバーチェーンだった。


 ブローチは花柄のデザインだったので、花好きのグラスパリーンの顔がほころぶ。

 出会った当初はカチコチに緊張していたが、これでだいぶ氷解したようだ。



「ありがとうございます。プリムラさんにデザインしていただいて、私が作ったんです」



 グラスパリーンは白い光をメガネ一面に反射させながら、「ふぇっ!?」と間抜けな声をあげた。



「こっ……これ、ゴルドウルフさんが作られたんですか!?」



「はい。先日グラスパリーンさんのことを思い出していたら、イメージが湧いてきましたので試しに作ってみたのです」



 向かい合わせの少女は、「わ、私を……?」とポッと頬を赤らめる。



「はい。それは実はネックレスではなくて、メガネに付けるものなんです。ちょっと、メガネを拝借できますか?」



「は、はひ……」



 少し怯えた様子で、アイデンティティのようなそれを外すメガネっ子。


 透き通ったブラウンの瞳は、それだけで焦点を結ばなくなる。

 彼女はメガネがなければ、リンゴと火の玉の区別もつかなくなるのだ。


 その不安を感じ取ったゴルドウルフは、受け取ったメガネの弦に手早くチェーンを付け、彼女に返した。



「はい、どうぞ。チェーンをネックレスみたいに首の後ろで留めたあと、メガネをかけてみてください」



「は……はひっ」



 グラスパリーンはしゃっくりのような返事をすると、銃口でも突きつけられているかのようにおずおずと、言われたとおりにメガネをかけなおす。


 童女のような頬のそばで揺れる、銀色のもみあげに目をパチクリさせている。



「こ、これは、いったい……?」



「お気に召しませんでしたか?」



「ひゃっ!? い、いいえっ、ととととんでもありま……!」



 力強い否定とともにスポーンと飛んでいくメガネ。

 しかしいつもとは異なり、持ち主から離れずに胸元にすとんと着地した。


 そして、ハアッ!? と息を飲む。



「め、メガネが、落ちない……!?」



「そうです。チェーンが付いていますから、落とすことはないでしょう? それに、外れてもすぐにまたかけられます」



「す……すすすすごいですっ!? どうしてこんなすごいものを思いついたんですか!?」



「煉……ちょっと不在にしている間に、ふと思いついたんです」



 言葉を濁すゴルドウルフの脳内で『ウソばっかりー』とイタズラっぽい声が響いたが、黙殺する。



「メガネを愛用している冒険者は多くいますので、これを商品化しようと考えています。冒険中に激しい動きをしてメガネが外れても、短時間で再装着できますので需要はあるかと思いまして」



「あ……ありますありますあります! 絶対にあります! 私もこれ欲しいです! おいくらですか!? 売ってください!」



「いえ、それは差し上げます。下級職小学校の先生になられたんですよね? そのお祝いです」



「ひうっ!? ごごごご存知だったんですね!?」



「はい。『ゴージャスマート』に来てくださった時から、ずっと目指していましたもんね。おめでとうございます」



「あっ……ありがとうございますっ! 何度も何度も何度も落ちた教員試験と、何度も何度も何度も落ちた採用試験に合格できたのも、ゴルドウルフさんのおかげですっ!」



「いえいえ、私は少しアドバイスをしただけですよ。合格したのはグラスパリーンさん……あ、今はグラスパリーン先生ですね。ご自身が頑張った成果です」



「……ひっ……! ひぅぅぅ~んっ! ありがとうございます! ありがとうございます!!」



「ああ、そんな、泣かなくても……」



「わっ……私……! 私はドジばっかりで、まわりに迷惑かけてばっかりでしたから……! みんなから嫌われて……! こんなにやさしくしてくれる人なんていませんでした……! だからだから、嬉しくって……! ど……どうして……どうしてこんなダメな私に、こんなに良くしてくださるんですか……!?」



「それは私にとって、大切な『お客様(かた)』だからですよ。グラスパリーンさ」



 ……パリーン!



 ゴルドウルフの「パリーン」のあたりで鋭い音がかぶさり、ふたりのいいムードを断ち切った。


 それはまさに、ダブルパリーン……!


 いや……本当に音をたてて割れていたのは、瞬間を目撃した少女の心だったのかもしれない……!


 だとするならば、トリプルパリーン……!


 見ると、テーブルから少し離れた所には、この世の終わりのような顔をしたプリムラが立っていた。

 足元にはひっくり返ったトレイとティーカップの破片、そして湯気をたてる紅茶だまりが広がっている。



「大丈夫ですかプリムラさん? 怪我はありませんか?」



 素早い動きで寄り添うゴルドウルフに、ハッと我にかえるプリムラ。



「す、すみません、お客様にお茶を出そうとしたのですが、ついボーッとしてしまって……す、すぐに片付けます」



「ああ、危ないですから、破片は私が片付けます。プリムラさんはモップを持ってきて、床を拭いてください」



「は、はいっ……!」



 顔を伏せたまま、ぱたぱたとスタッフルームに駆けていくプリムラ


 まさか彼女がふたりの会話を部分的に聞き、しかも彼女がデザインしたネックレスを、大切な『女性(かた)』にプレゼントしているところを目撃して……絶賛ハートブレイク中であろうとは、今のゴルドウルフには気づく(よし)もなかった。


 そんなことはさておき……グラスパリーンは開店祝いを渡すほかに、もうひとつ用件があってゴルドウルフを訪ねていた。


 それは、彼女の受け持っている小規模クラスの生徒たちが使う、初めての剣の発注。


 本来学校で使う教材は、『ゴージャスマート』で揃えることを『勇者教育委員会』は推奨(●●)している。

 しかし、この街にある推奨店はすべて高級路線となってしまったので、学校の教師たちは他の街まで注文に行くという手間を強いられていた。


 だが……新米女教師、グラスパリーン・ショートサイトはそうはしなかった。

 『推奨』を言葉通りの意味に捉え、かつての恩人であるゴルドウルフに頼ってしまったのだ。


 彼女からのオーダーは『子供でも扱いやすい剣を10本』という小規模なものであったが、『スラムドッグマート』にとっては初めての教材受注となった。


 そして、このささやかながらも記念すべき出来事は……小さな波紋となって広がることとなる……。

 それはやがて、さざ波となり……ついには岩をも削る荒波へと変貌……!


 最後に気づいたときには、もう手遅れ……!

 利権にまみれた教育産業を吹っ飛ばす、巨大な台風の目となっていったのだ……!


 ……ここまで言えば、もうお気づきであろう……!


 そう、そうなのである……! これが3種の神器のひとつめとなる、『剣』……!

 これは後のゴルドウルフにとって、邪龍をも薙ぎ払える大きな力となるのだ……!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] テンション上がるとカイジかよって位…!を連発しますね。強調目的ならもっとここぞって時に使った方が良いかと思います。
[良い点] 出たよ、実質小学生、グラスパリーン・ショートサイト・・・。 そんなにオドオドしなくても・・・(呆れ) オッサン優しいなあ・・・というか、扱い慣れている・・・(汗) ・・・この時の教材受注…
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