90 1周年記念番外編 花の嵐16(ざまぁ回)
殺してでも奪い取りそうな勢いで、念願の黄金のフラムフラワーを手に入れたハナグルイ。
『幻の花』は一輪あるだけでも相当なことで、売ればゼニクレイジーのこれまでの損失は、すべて帳消しにできるほどである。
だが、彼女はそうはしなかった……!
損失補填をしてしまうと、ゼニクレイジーが元の武器製造に戻ってしまうのではないかと考えたのだ。
そうなった場合、自分は用済みとなり、捨てられてしまうと……!
だから、強行したのだ……。
根分け、を……!
根分けというのは花の根を分けて植え、繁殖させることである。
フラムフラワーの場合は、種子から始めるよりも育てやすくなり、また同じ色の花が咲きやすくなるというメリットがある。
うまくいけば黄金のフラムフラワーで、丘をいっぱいにすることも可能……!
それからのハナグルイは、今まで以上に園芸に打ち込んだ。
全身全霊を、その根に注ぎ込んで世話をしたのだ。
自分の生命を、汗を、涙を、そして血すらも染み込ませるように。
しかし……ひとつだけ足りないものがあった。
不足していたのは、そのひとつだけであったが……。
カレーにとってのカレー粉ばりに、何よりも重要なそれは……。
『愛』……!
いや、鬼婆のようになってしまった彼女にも、いちおうの愛はあった。
『アテクシLOVE』……!
しかしそんな廃棄物のような、黒い欲望にまみれた自己愛を押しつけられたところで、それは芽の上に『10t』と書かれた重しを乗せるようなものである。
重い上に、自分のことしか考えていないような愛は、愛とは呼べぬ。
ただの、エゴイズム……!
『幻の花』に必要なのは、やはり自己犠牲。
ホーリードール家の少女たちが、見えない湯水のように……。
マーライオンのように口からドバドバ溢れさせている、『無償の愛』なのだ……!
当然、根分けは失敗に終わる。
それでも今までは、人々を魅了できるくらいの花を咲かせていたのだが……。
次に咲いたのは、歪んだ愛で魔改造されてしまったかのような、ヘドロじみた花……!
内から『コロシテ……コロシテ……』と聞こえてきそうな、悲しきモンスターのような花だったのだ……!
それを見たゼニクレイジーはようやく、悪い夢から覚める。
自分は悪い魔女のような、ババア聖女に騙されていたのだと、ようやく気付いた。
しかしここからが、彼にとっての本当の獄夢であった。
ゼニクレイジーは宣言どおりハナグルイと決別。
彼女を鎖で縛り、街のドブ川に、
「やめてやめてダーリンっ! アテクシの話を聞いてっ! 本当の、本当の原因がやっとわかったの! いい? よく聞いて、それは、それはっ……! ……ハ・ナ・ア・ラ・シ……!」
……どっ……ぱぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!
「あんさんは一生、そこでヘドロをさらうんでおま!」
クソまみれになった、かつての妻に三行半を突きつけたあと、彼は東奔西走する。
まずは百人規模で雇っていた庭師を全員クビにし、園芸用品をすべて売り払った。
最新鋭の魔導装置は目が飛び出るほど高かったのだが、足元を見られて二束三文にしかならなかった。
未曾有の大損となってしまったが、彼はあきらめず再起を狙う。
ついには丘の頂上にある屋敷を抵当に入れて金をかき集め、工房を建て直した。
残るは肝心の、工房で働く職人たち。
いくら設備を元通りにしても、中の人がいなければ何の意味もない。
ゼニクレイジーは、かつてお払い箱にした職人たちに目を付ける。
職人たちはまだ隣町にいるということなので、彼らを呼び集め、上から目線でこう伝えた。
「わてはこれからまた、武器製造を始めようと思っているでおま! だからこの前のことは水に流して、また雇ってあげるでおま! ただ、一度出て行ったのだから、給料は半分にするでおま!」
ゼニクレイジーは、彼らは泣いて喜んでくれるかと思っていたのだが……、
「いや、いいです」
「この前のことは水に流す、って……俺たちを一方的に追い出しといて、何を言ってるんですか」
「それに俺たちはもう、別の工房で働いてるんですよ」
「なっ……!? なんと!? それはいったい、どこの工房でおま!?」
……もはや、言うまでもないだろう。
そう……!
『スラムドッグマート』……!
オッサンはゼニクレイジーが放出した、腕のいい職人たちを……。
まるで、そうめん流しの源流にいるかのように、すかさずサルベージしていたのだ……!
工房があっても、職人がいなければ、武器は作れない……!
武器がなければ、『ゴージャスマート』は再開できない……!
これは、現時点での『ゴージャスマート』の大いなる弱点であった。
同店はそれぞれの国、それぞれの地域で独自の工房を持ち、独立採算のような形態を取っている。
お互いを競い合わせるという意味では、この方式は大いに効果があるのだが……。
在庫を切らしたところで、他の地域の『ゴージャスマート』から融通してもらうということができない。
勇者たちはライバルを蹴落とすことに血道を上げているので、たとえ土下座して頼んだところで、鼻であしらわれてしまうのだ……!
ちなみにではあるが、『スラムドッグマート』は地域どころか、国をまたぐ流通網を持っている。
そのため、どの国で在庫切れが起きても、迅速に対応できるようになっている。
泣きっ面に巨大バチが襲ってきたような、悲劇の連続を受けるゼニクレイジー。
かつて彼が一方的に鞍替えさせた、『ゴージャスフラワーマート』は……。
造園をやめてしまったので、売る花がなくなり……。
かといって『ゴージャスマート』に戻そうにも、売る武器がなく……。
とうとう廃墟のような、虚無の空間と化してしまったのだ……!
彼はまず、商売において血ともいえる、職人や店員を失い……。
つづいて、骨ともいえる店舗まで失ってしまい……。
とうとう最後には、お山の大将を気取っていた、丘の上の豪邸までもを……!
すべて野良犬の手に、差し出してしまった……!
この国の『ゴージャスマート』の看板は、消え去る……!
塗り替えられる……!
神の笑顔から、野良犬の笑顔に……!
まるで一大クーデターが起きてしまったかのような、この一連の出来事。
かなりの大掛かりな仕掛けかと思いきや、実はそうでもなかった。
オッサンはただ、ホーリードール家の庭に乗り込んできた、ハナグルイにアドバイスしただけである。
それ以外は、静観……! なにもせず……!
それでいて最後には、相手の勇者を七転八倒させるに至ったのだがら、恐るべし……!
「ぬぐわぁぁぁぁぁぁぁ~!! わてはなんてことをしてしまったんでおま!! いままでずっとうまくいってきた商売を手放して、欲を出したばっかりに……!! ぜんぶぜんぶ、なにもかも失ってしまったでおま!! こうなったら……!! かくなるうえは……!!」
その後のゼニクレイジーは、転落勇者のお決まりのパターンを辿りはじめる。
彼は夜中に、かつてのホーリードール家……。
今では『第五よい子広場』となった庭園にこっそり忍び込み、警備の目をかいくぐって、『幻の花』を盗みだした。
『黄金のフラムフラワー』と『紫のフラムフラワー』はゴッドスマイルが大好きな花なので、それらを献上して、上層部のお目こぼしをもらおうとしていたのだ。
しかし素人の手によるものなので、植え替えに失敗してしまい……。
発送時は良かったのだが、勇者上層部の手もとに届く時には、すでに枯れてしまっていた。
枯れた『神の花』を献上するとは……! なんたる冒涜っ!!
と、かえってさらなるカミナリを落とされる結果となってしまう。
……そして結局、
「やめるでおまやめるでおややめるでおまっ! わての話を聞くでおまっ! 原因が、本当の原因がやっとわかったでおま! いい? よく聞くでおま、それは、それはっ……! ……ハ・ナ・グ・ル・イ……!」
……どっ……ぱぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!
夫婦そろって、仲良くクソまみれに……!