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88 1周年記念番外編 花の嵐14(ざまぁ回)

 ホーリードール家とゼニクレイジー家の、園芸対決……。


 いや、ホーリードール家は勝負という意識は全くなく、特別なことはなにもしていなかった。

 普通にいつも通り、屋敷のみんなで家庭園芸を楽しんでいただけなのだが……。


 ゼニクレイジー家は勝手にライバル意識を持ち、勝手に息巻いて工房を壊し、勝手に膨大な設備投資をし、そしてマスコミを通じて挑戦的な態度を取った。


 でも……相手はぜんぜん勝ち負けなど気にしていない……。

 というか、もとより勝負でもなんでもないのに……。


 勝手に、負けて、しまった……。

 勝手に、敗北を、感じてしまった……。


 さらに、勝手に仲間割れをはじめてしまった……!



 ……ガサガサガサガサガッ!!



 丘一面を覆う花畑の中を、新婚の男女が走り回っていた。


 字面だけだととても幸せそうに思えるが、そうではない。


 追いかける男の形相に、笑顔は微塵もない。

 ありもしない髪が天を衝くほどに怒り心頭。


 その手には、園芸用の草刈り鎌が。



「あんさんが絶対うまくいくいうから、わては業種替えしたんでおま! その結果が、食えもせんしょーもない花だらけになったでおま! このままじゃ、降格は免れないでおま! この責任、いったいどう取ってくれるでおまぁぁぁぁぁ!」



 逃げ惑う女の形相は、イタズラな笑顔は欠片もない。

 殺人鬼から逃げ惑う、わりと序盤で殺される登場人物のような、困惑と恐怖がありありと浮かんでいた。



「いやぁぁぁぁっ! ダーリン! これもぜんぶ、あのハナアラシがいけないの! ハナアラシが出しゃばって、余計なことをしたから……! アテクシは悪くない! ちっとも悪くないの! だから許して! 許してぇぇぇ!!」



 虹色に彩られたファンタジーな空間で、ドメスティックバイオレンスを越えたマジバイオレンスが連日のように展開される様は、実にシュールであった。


 かたやホーリードール家の聖女たちは、この世のどこを探してもない桃源郷のような庭園で、愛を育んでいた。



「みんな、こんなに綺麗に咲いてくれて……生まれてきてくれてありがとう! ママ、とっても嬉しいわぁ!」



「お姉ちゃん、パインちゃん、見てください。青い鳥さんも遊びに来てくださいましたよ」



「とりさん、ごはんあげうー!」



 この青い鳥は、幸せをもたらすといわれる伝説の聖獣の一種である。


 『幻の花』と同等……いやそれ以上に貴重とされており、見つけたら誰もが目の色を変えて虫網を振り回して追いかけるであろう。

 しかし人間の欲望には敏感なため、たとえ見つけたとしても捕まえることは不可能だという。


 その青い鳥が、まるでスズメのように庭に飛来して……。

 次女の肩に乗り、長女に頭を撫でられながら、三女の手から差し出された種を、ついばみはじめた……!


 聖獣が人間風情に懐くなど、絶対にありえないというのに……!?


 もはやそれは、人間界では絶対に存在しえないような、神聖すぎる光景であった。


 以上。

 両家の対象的な状況からみても、明らかなように、この勝負……。


 ホーリードール家以外の者たちが、ただただ一方的に盛り上がっていただけの、この『園芸勝負』は……。


 多くの予想を裏切って、ホーリードール家の圧倒的勝利に終わった。


 しかし重ねて言うが、三姉妹は何もしていない。


 例えるなら、姉妹でパジャマパーティを楽しんでいたら、偶然三人そろってアクビをして、その風圧が巡り巡って……。

 テレビの中にいたボクサーの試合会場まで届き、リングインしようとした彼を転落させてしまい、頭蓋骨骨折の大惨事を起こしたようなものである。


 しかしながらマスコミは、ホーリードール家の勝利と、ゼニクレイジー家の敗北をこれでもかと書き立てた。


 そして、その結果……。

 両者は大きな決断を下さねばならなくなってしまった。


 まず、敗者のゼニクレイジー家。


 今日も今日とて、花畑のなかでくんずほぐれつする夫妻。

 夫のゼニクレイジーは馬乗りのマウントパンチを振りかざし、どす黒い血で虹のじゅうたんを汚していた。



「ぜんぶっ! あんさんが! 悪いでおま! この疫病神! 貧乏神! 死神っ!!」



 妻のハナグルイは風船のように腫らした顔を、パンチングボールのように左右に揺さぶられながら、泣き叫ぶ。



「げふっ! だ、ダーリン! があはっ! も……もうやめてぇ! 許してぇ! ぐふうっ!」



「許してほしかったら、わての福の神になるでおま! 『幻の花』を丘いっぱいに咲かせるおま!」



「わ、わかりましたっ! あと1回、あと1回だけアテクシにチャンスをっ! 次こそは絶対に、『幻の花』を咲かせてみせますからっ!!」



「本当でおま!? 次に失敗したら、あんさんは奴隷落ちでおま! この街のドブさらいをする奴隷にしてやるでおま!」



 ……夫婦は、最悪の決断を下した。


 そして、勝者のホーリードール家。


 今日も今日とて、花畑のなかでくんずほぐれつする姉妹。

 その中心にはなぜか、オッサンが……。



「あの、みなさん、なにもこんな所で、添い寝をしなくても……」



「あらあら、まあまあ。どうしたの、ゴルちゃん? お庭でのお昼寝なら、いつもやっていたことじゃない?」



「もしかしておじさま、わたしたちの身体に、飽きてしまわれたのですか……?」



「ごりゅたん、らめー!」



「いえ、そうではなくて……。大勢の人が見てますので……」



 ゴルドウルフの視線につられて顔をあげる三姉妹。

 庭園の策の向こうには、満員御礼の観客席のように、人がぎっしりと詰まっていた。



「あらあら。そういえばここも、たくさんお客さんが来るようになっちゃったわねぇ」



「この前、青い鳥のことが新聞の記事になったのが影響しているみたいです。今では隣の国からだけでなく、遙か遠方の国からお越しになる方もいるようですから」



「そういえばテキ屋協会の方々が、屋台も出すようになりましたね。先日パインパックさんにせがまれて、わたあめを買いに行きました」



「ぱいたん、わたあめしゅきー!」



「まあまあ、まるでお祭りみたいになっているのねぇ。じゃあ、ここもそろそろ、お引っ越ししなきゃいけないかしら」



 マザーは、ちょうど屋敷から出てくる途中のハナアラシを見つけたので、ゴルドウルフの腕枕から起き上がって声をかけた。



「ハナアラシちゃん、ちょっといい? ママたち、お引っ越しを考えているのだけれど……一緒に来てくれるわよね? 新しいお屋敷でも、庭師をしてほしいの」



「なんだよマザー、藪から棒に」



「このお屋敷も人が大勢来るようになったから、『よい子広場』として解放しようと思うの。みんなが自由に出入りできて、お花を楽しめるようになったら、素敵だと思わない?」



 この時のホーリードール家は、定期的に引っ越しを繰り返してた。

 理由はふたつ。


 今回のように、屋敷に人が押し寄せるような活躍を、定期的にしていたため。

 それと『スラムドッグマート』の世界展開にあわせ、ゴルドウルフに付いていくため。


 マザーは自然な動きでゴルドウルフの頭部に移動すると、まるで飼い猫でも抱っこするかのように、当たり前のように彼を膝枕した。



「ゴルちゃん、お店のほうは大丈夫かしら?」



 オッサンは巨大な鏡餅を顔に乗せられたみたいに、くぐもった声をあげる。



「はい、マザー。もうじきこの近隣の『スラムドッグマート』のシェアは100%に達するので、引っ越してもかまいませんが」



 秘書のプリムラが意外そうな声をあげる。



「えっ? おじさま、もう100%になるのですか? つい先日までは、50%くらいでしたが……」



「はい、プリムラさん。今回の園芸騒動の一件で、この近隣の『ゴージャスマート』のシェアは一気に下落します」



 この庭に『幻の花』が咲いて、客が詰めかけたことと、店のシェアが変動することの因果関係が、プリムラにはどうにも理解できなかったが……。



「かしこまりました。おじさまがそうおっしゃるなら、きっとそうなるのでしょうね」



「ごりゅたんのおみせ、いっぱい! ごりゅたん、えらーい!」



 全幅の信頼を寄せる妻のように、プリムラは微笑み、パインパックはその子供のように喜んだ。


 となると残るは、ハナアラシ少年。

 彼はうつむいて、悩むような素振りを見せていたが……。


 しばらくして、パッと顔をあげると、



「ごめん、マザー。俺、一緒には行けない。俺には、他にやらなきゃいけないことがあるんだ」



 少年の表情が決意に満ちていたので、リインカーネーションは一抹の淋しさを見せたものの、すぐにいつもの穏やかな笑みを取り戻す。



「……そう、残念ね。でも、いつでも遊びに来ていいのよ。辛いことがあったら、いつでも戻ってきていいのよ。ハナアラシちゃんはもう、ママの子なんですからね」

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