86 1周年記念番外編 花の嵐12
同時に開花準備を終えた両家の庭園。
どちらも今をときめく天才少年が関わっているだけあって、マスコミが食いつかないわけがない。
『ホーリードール家とゼニクレイジー家に、開花予報発令!』
『どちらにも天才園芸家のハナアラシくんが関わり、期待高まる!』
『「幻の花」を咲かせるのは、果たしてどちらなのか!?』
記者たちは両家のどちらが先に『幻の花』を咲かせるのかと、連日のように煽り立てた。
下馬評としては、ゼニクレイジー家が圧倒的に有利な状況。
無理もない。
ゼニクレイジー側の聖女、ハナグルイは過去何度もコンテストで入賞を果たしてきた園芸のベテラン。
そのうえ大勢の庭師と最新鋭の魔導装置を導入し、勇者のツテで手にいれた農薬を大量に使っているのだ。
ゼニクレイジーの邸宅のある丘は、緑のじゅうたんが敷き詰められ、おびただしいほどの蕾が付いていたのだが、すべてが大ぶりながらも均一に揃っていた。
記者たちのインタビューに対し、彼らはこう豪語する。
「こんなに見事な蕾を、これだけの数で揃えられるのは、世界広しといえどもわてだけでおま! わてにかかれば『幻の花』くらい、いくらでもつくり出せるんでおま! 偶然に一輪だけつくり出したどっかの聖女とはわけが違うんでおま! まぁ、おままごとではそれが精一杯でおま! わてらプロと比べるのは、可哀想というものでおま! どわっはっはっはっはっはっ!」
「園芸ひとすじに生き、多くの花で賞を勝ち取ってきたアテクシがいる以上、『幻の花』はけっして幻などではないの。園芸は偶然に頼るものだと思っているどっかの聖女に教えてさしあげたいですね。園芸とは必然だと。それを証拠に、ご覧なさいな、この芸術品ともよべる蕾たちを……! 最新の園芸技術を使って、最大級の大きに揃え、その誤差はなんと0.5ミリ以内……! こんなこと、どっかの聖女には逆立ちをしても無理でしょうね! オッホッホッホッホッホッ!」
ハナグルイは口に手をあてて、上品だか下品だかわからない高笑いをあげる。
しかし途中で肝心なことを思い出したのか、慌てて言い添えた。
「……あっ、ちなみにハナアラシには才能がありますが、まだ未熟ですから、このアテクシが全面的に指導しておりますの! だからここにある花は、ぜんぶアテクシの作品といっても過言ではありませんわ!」
かたや、ホーリードール家の花壇を覆う蕾たちは……。
大きかったり小さかったりと、どれも不揃いであった。
そのことを記者たちに突っ込まれたリンカーネーションは、キョトンとしながらこう答える。
「え? 大きさがまちまち? それって、いけないことなのかしら? ママは大きな蕾さんも、小さな蕾さんも、どっちも大好きよ。だって小さいパインちゃんも、大きいゴルちゃんも、どっちもとっても可愛いでしょう? うふふ、蕾さん、ここまで大きくなってくれて、ありがとうね」
聞く者にとってはどうにも納得のいかない例えをしながら、蕾たちを愛でるママ聖女。
「えっ、この作品はママのものかって? ううん、ママはお時間のあるときに手伝っただけだから、ハナアラシちゃんに育ててもらったのよ。それに、作品なんかじゃないわ。この子たちはみいんな、ハナアラシちゃんと、そしてママやプリムラちゃんやパインちゃん、みいんなのかわいい子供たちなのよ」
……両者はなにもかもが真逆であった。
園芸にかける規模も設備も、人員も予算もなにもかも。
ハナアラシ少年と、花への接し方のスタンスも。
そして『幻の花』に対する意気込みと、ライバルへの憎しみも……!
メディアを通じて、ひたすら挑発を繰り返すゼニクレイジー家。
しかしホーリードール家はどこ吹く風。
というか、勝負という認識すら持っていなかった。
「園芸で、しょうぶ? ああ、菖蒲のお花も素敵ねぇ。ハナアラシちゃんに頼んで、お庭に植えてもらおうかしら」
マスコミ的には同じ土俵にあがってもらいたかったので、積極的にマザーを煽ってみたのだが、彼女はずっとこんな調子であった。
蕾を前にして、周囲の期待ばかりがどんどん高まっていく。
そして、ついに……。
ついについに、ついに……!
一斉開花の日が、やって来たっ……!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その日、旭日とともに目覚めたふたつの街は、朝から大いなる騒乱に包まれていた。
ゼニクレイジーの邸宅のある丘が、目が醒めるような七色に覆われていたからだ……!
街の人たちは外に飛び出し、奇跡の瞬間を目の当たりにしていた。
「き……! きれーいっ!!」
「す、すごい……! 花って、こんなに綺麗に咲くんだ……!」
「ちゃんと色も揃っていて、素敵っ……!」
「うん! まるでゼニクレイジー様のお屋敷が、虹の橋のてっぺんにあるみたい!」
赤、 橙、 黄色、 緑、 水色、 青……。
まさに生まれたばかりの虹のような、鮮やかな七色……!
誰がどう見たって、100点満点の出来映えであった。
それとは逆に、ホーリードール家の庭はというと……。
屋敷を飛び出した使用人たち、そして詰めかけた報道陣は、無表情であった。
ゼニクレイジー家の、愛と希望に満ちあふれたような人々の表情とは真逆に……。
表情筋どころか、感情まで死んでしまったかのように……!
「え……」
「あ……」
「う……」
誰もが言葉すらなく、ただただ呻くばかり。
白い羽衣を翻しながら遊ぶ、三人の天女をぼんやりと見つめるばかり。
「え……お……俺たち、もしかして……」
「し……死んじまった、のか?」
「あ、ああ……そ、そうだ、そうに違いない……」
「だってほら、女神様や、天使がいるし……」
「で、でも天国でよかったな」
「そ、そうだな。それにしてもさすが天国だ。地上では最高級といわれていた紫の花が、こんなにいっぱいあるぞ。それに黄金だけじゃなくて、ダイヤモンドの花まで……。もう、数え切れないくらい」
「そ……そりゃそうだろ。なんたって紫はゴッドスマイル様がお好みになられた、『神の色』なんだからな。黄金やダイヤモンドもそうだ。それが神の国にいっぱい生えてなきゃ、どこにいっぱい生えてるっていうんだよ」
「そ、そうそう。それにここは極楽なんだから。ただのチンケな花なんて、一輪もあるわけが……」
「い……一輪もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?」
そのまま本当に昇天してしまったかのように、アワを吹いてブッ倒れる記者たち。
光の中で群れ遊ぶ姉妹たちの回りには、もはや幻とも呼べないほどの数の、『幻の花』が咲き乱れていた。