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84 1周年記念番外編 花の嵐10

 数日後、ホーリードール家にふたたびハナグルイがやって来た。

 新しい父親、という人物を引きつれて。



「さぁ、こちらは能天(のうてん)級の創勇者(そうゆうしゃ)様の、ゼニクレイジー様よ。アテクシのダーリンとなるお方だから、失礼のないようにね」



 ゴルドウルフとハナアラシが、庭先で出迎えて応対する。

 ハナグルイは来た早々、不満を露わにした。



能天(のうてん)級の勇者様がお見えになったというのに、この家の大聖女ではなく、使用人が応対するとは……なんたる無礼なんでしょう」



「まあまあ、別にかまわないでおま」



 そうなだめるゼニクレイジーは、薄毛をワックスでバーコードのように撫でつけた頭に、チョロリとした髭。

 小太りの身体をサーコートに包むという、典型的な『文化系』の勇者スタイルであった。



「この者たちが、黄金のフラムフラワーを咲かせたという庭師でおま?」



 彼は麦茶のパッケージに描かれていそうなえびす顔であったが、視線は品定めするようにジロジロと舐めまわしている。

 ハナアラシはあからさまに嫌そうな顔をしていたが、ゴルドウルフは気にせず首を振った。



「いいえ、ゼニクレイジーさん。咲かせたのはこちらのハナアラシさんです」



「言われなくてもわかっていたでおま。あんさんがわての子の偉業を横取りするんじゃないかと思って、試してみたんでおま」



 「うちの子?」とさらに顔をしかめるハナアラシ。



「ハナアラシはんはハナグルイはんの息子はんでおま? ならわての息子でもあるおま」



 ぐぐっ! と握り拳を固める少年の肩に、押しとどめるように手を置くオッサン。



「ところでゼニクレイジーさんは、シブカミのナニワンの生まれなのですね」



「なんでわかったでおま?」



「喋り方のイントネーションがナニワンの方のものでしたので」



「ほう、世界一の商いの国であるナニワンを知っとるとは、使用人にしては学があるでおま。でもまぁ、野良犬にダイヤモンドのような持ち腐れでおま」



「オホホホホ! ダーリンったら、冗談がお上手!」



 わざとらしいほどに大笑いするハナグルイ。



「わてらは野良犬に構っているほど、ヒマではないでおま。それよりも……おおっ!? あれが新聞にも載っていた、黄金のフラムフラワー!?」



 花というよりも財宝のような光を放つそれに、蛾のように吸い寄せられるゼニクレイジー。



真写(しんしゃ)で見るよりずっとずっと美しいでおま! これがわてのものになれば、あっという間に力天(りきてん)級に……!」



 夢見るような彼に、寄り添うハナグルイ。



「『幻の花』はこれだけじゃありませんわ、ダーリン。アテクシとハナアラシがいれば、庭中を宝石のような七色で埋め尽くすこともできる……! そうなればダーリンは……!」



「ゴッドスマイル様の神殿にある庭園を、手がけることができるようになるでおま……!」



「そしてアテクシは、そんなダーリンのハーレムの、第一夫人……!」



「ああ、ハナグルイ……! あんさんはわてのマイ・スゥィート・ハニーでおま!」



 いまにもミュージカルが始まりそうなほどに、盛り上がるふたり。

 時と場所もわきまえずに踊り出しそうなバカップルを、「フン!」と面白くなさそうな声が割り込んで止めた。


 この、強く鼻を鳴らすのはハナアラシ少年の悪癖であった。

 聖女三姉妹に心を清められてからは、それもなりを潜めていたのだが……。


 目の前の強欲カップルにイライラするあまり、ついまた飛び出してしまったのだ。



「おい! それで俺をどうするつもりなんだよ!?」



 手を繋ぎながら少年の元に戻ってきたふたりは、まだ夢のなかにいるようであった。



「おお、ハナアラシ……! わての可愛らしい息子……!」



「ああ、ハナアラシ……! アテクシの可愛い王子様……!」



「あんさんのために、わての屋敷に大急ぎで大庭園をつくったでおま! 設備もここいらではいちばんのものを取りそろえたでおま!」



「さぁ、ハナアラシ! 一緒に行きましょう! そしてアテクシといっしょに、幻の花をいっぱい育てましょう!」



 ハナアラシ少年はそのまま、人さらいにあうかのように馬車に乗せられ、ホーリードール家の屋敷をあとにした。

 ゼニクレイジーの屋敷は有名なので、オッサンは特に追いかけたりすることもしない。


 向かった先は隣街。

 大きな丘を中心として広がっているこの街は、武器の産地として有名。


 丘の頂上にゼニクレイジー邸があり、丘はすべて彼の敷地となっており、そこには多くの武器工房があったはずなのだが……。


 少年が馬車の窓からみた丘の景色は、工房どころか小屋ひとつなく、完全に更地になっていた。



「まさか、ここが……!?」



「そうでおま! あんさんのために、全部取り壊したでおま!」



 ゼニクレイジーは己の剥げかかった頭を撫でながら、剥げかかった丘を指さし説明してくれた。


 いままで彼は創勇者(そうゆうしゃ)として、勇者のための装備を産出していたのだが、このたび業種転換を行ない造園業に着手するこちに決めたと。


 そのため丘に建っていた工房をすべて取り壊し、雇っていた職人たちをすべて解雇。

 街の商店、『ゴージャスマート』もすべて武器の扱いをやめさせ、『ゴージャスフラワーマート』に強制変更。


 もちろんこの街のすべての人間が反対したのだが、強権発動。

 能天(のうてん)級の勇者ともなれば、ひとつの街を作り替えることなど、造作もないことであった。


 彼はいままでのノウハウをかなぐり捨て、溜め込んできた資産も、それどころか築き上げてきた信頼も含めてすべて投げ打って、新たなる賭けに出たのだ。


 そこまで思い切れたのは、あるひとりの魔性の女……。

 そう、ハナグルイからの誘惑があったためである。


 園芸に通じ、幾多の園芸コンテストでも入賞を果たしてきた、ハナグルイという聖女……。

 そして彼女の遺伝子を受け継いだ、ハナアラシという天才少年庭師……。


 このふたりが親子タッグを組めば、『幻の花』を量産できる……!

 この街の丘を、金銀財宝の山のような、美しい花でいっぱいにすることが可能であると……!


 ゼニクレイジーをそそのかしたのだ……!


 『幻の花』というのは武器で例えるなら、『伝説の聖剣』に相当する。

 売れば途方もない値段が付くうえに、ゴッドスマイルに献上すればランクアップ……!


 それどころか、自在に産出できるようになれば、神のお膝元に行くことも、夢ではなくなる……!



「武器なんて、ももう時代遅れ……! これからは花の時代……! これからは剣ではなく、花を愛でる時代なんでおま! いちはやくそれに目をつけたわては、出世街道まっしぐらでおま! どわっはっはっはっはっ! どわーっはっはっはっはっはっはっはーーーっ!!」

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