83 1周年記念番外編 花の嵐9
ホーリードール家の庭園にやって来た、ハナアラシの母親だと名乗るハナグルイ。
彼女は来て早々、とんでもないモンスターペアレントっぷりを発揮していたのだが、ゴルドウルフが応対したとたん、
「じゃあ、今日のところは帰るわね。ハナアラシを迎える準備ができたら、また来るから」
それだけ言い残して、そそくさと帰っていった。
それが拍子抜けするほどにあっさりしていたので、姉妹はハテナ顔。
彼女たちは屋敷の警備員たちに頼んで報道陣を追い払ってもらったあと、改めてオッサンを取り囲み、事情を尋ねた。
「あの……おじさま、いったい、何がどうなっているのですか?」
「ゴルちゃん……ハナグルイちゃんがいってたコンカツってなあに? カラリと揚げたもの?」
「それはトンカツです、お姉ちゃん。それよりもおじさま、どうしてハナアラシさんをハナグルイさんの家の庭師にしたのですか? ……あっ、もしかしてハナアラシさんとハナグルイさんを仲直りさせる、キッカケにしようと……?」
すると隣で聞いていたハナアラシが、ゴルドウルフに食ってかかる。
「横からしゃしゃり出てきて、余計なことすんなよオッサン! 俺はあんなヤツと仲直りなんかしねぇぞ! 男を捕まえるために園芸やって、俺がいると再婚の邪魔だからって、一方的に捨てといて……! 今頃になって母親ヅラするようなヤツの所になんか、庭師としてだって行ってたまるかよ!」
まくしたてながら、少年は何かに気付いたかのように、ハッと目を見開いた。
「あっ……! そうか、わかったぞ! オッサンは俺が来るまで、この屋敷で唯一の男だった! 俺が来てからそうじゃなくなったから、俺を追い出そうとしてるんだろう!?」
少年はいまにも殴りかかってきそうであったが、オッサンは仔狼をあやすかのように、落ち着いた様子で相手をする。
「それは違います。ハナアラシさんが黄金のフラムフラワーを栽培したことが知れ渡った以上、こうしないとハナアラシさんはずっと一生、ハナグルイさんから親離れできないと思ったからです」
すでにゴルドウルフのことをよく知っており、彼のためにハーレムまで画策している聖女たちは、それだけで納得してしまった。
「ゴルちゃんに、なにか考えがあるのね。ならママはもうなにも言わないわ」
「はい、そうですね。おじさまが、そうおっしゃるなら……」
「ごりゅたん、らっこー!」
三姉妹はそう言うと、まるでホームポジションにつくようにオッサン寄り添った。
長女は大胆に腕を取って胸の谷間に挟み、次女は遠慮がちにワイシャツの袖に手を添え、三女は顔をよじ登る。
聖女のなる木のようになってしまったオッサンは、苦い顔で少年に語り続ける。
「ハナアラシさん。少し時間はかかるかもしれませんが、私の言うとおりにしてください。きっと、悪いようにはなりませんから」
近隣諸国でもいちばんの聖女姉妹にこれほど好かれているのに、全く動じずに話を進めるオッサン。
ハナアラシ少年はハーレム王の御前にいるかのような気分になる。
先ほどまでの罵りが、あまりにも見当違いに思えてきて、なんだか恥ずかしくなった。
そして……承諾せざるをえなくなってしまう。
「わ……わかった。オッサンの言うとおり、アイツの所でも庭師をやってやるよ。でもオッサン……あんたいったい何者なんだ?」
するとオッサンは、どっしりとした大樹の梢が風に揺れるように、少しだけ笑んだ。
「どこにでもいる、ただのオッサンですよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ハナグルイはひとりボロ屋のなかで高笑いしていた。
……オッホッホッホッホッ!
まさか邪魔になって捨てた息子が、黄金のフラムフラワーを育てるだなんて!
新聞で見たときは信じられなかったけど、今日その目で見て確信できたわ!
あの子は間違いなく、アテクシの息子のハナアラシ……!
あの黄金のフラムフラワーがあれば、勇者様もイチコロだと思うと、つい興奮してしまったけど……。
へんなオッサン使用人が止めてくれたおかげで、助かったわ!
あの時、アテクシがフラムフラワーとハナアラシを強引に引き取っていたら、後々面倒なことになっていたかも!
一分咲きのフラムフラワーは植え替えに弱いから、アテクシが引き取って枯らしたとなっては、批難の的になってしまう……!
それにハナアラシを『息子』として引き取ってしまったら、フラムフラワーで勇者様と結婚しても、コブつきのおかげで新婚生活が台無し……!
でもでも、あのへんなオッサン使用人の提案のとおりに行動すれば、すべてうまくいく……!
黄金のフラムフラワーも、勇者様も、大聖女の座も……すべてがアテクシのものに……!
しかも黄金のフラムフラワーがあれば、そんじょそこらの下っ端の勇者様じゃなく……!
大天級……いや、権天級……!
いやいや、そんなのすらゴミよ!
能天級以上の勇者様が、アテクシを奪い合うに違いないわぁ!
いままでいろんな勇者様の気を引くために、育てた花を貢いできたというのに……。
ぜんぶ枯れ花のようにポイ捨てされてきたけど、もう、それも終わり……!
それも今考えれば、安っぽい勇者に引っかかるなという、女神様の思し召しだったかもしれない……!
やっと……やっとわかったわ!
アテクシはモテないんじゃなくて、遅咲きの女だったということが……!
いいフラムフラワーは、咲くまでに時間がかかるのと同じようにね……!
しかし一度咲いたら最後、すべてのものを手に入れ、すべてのものをひれ伏させる力があるのよっ!!
オッホッホッホッホッ……!!
オーーーーーーーッホッホッホッホッホッホッホーーーーーーッ!!