82 1周年記念番外編 花の嵐8
「あああああーーーーっ!? は、ハナアラシっ! 私の息子っ! いままでどこに行っていたの!? 母さん、ずっと探していたのよ! さぁ、いっしょに家に帰りましょう! 母さんといっしょに暮らしましょう! その、黄金のフラムフラワーもいっしょに……ねっ!?」
ハナアラシ少年の前に突如として現れた、くすんだローブをまとう女性……。
それは聖堂よりも、場末の酒場が似合いそうな、蓮っ葉な感じの女性であった。
彼女の口ぶりでは、生き別れになった息子とようやく会えたかのようであったが……。
ヨタヨタとした足取りは我が子には向かわず、しゃみこんで頬ずりしていたのは、フラムフラワーのほうであった。
「ああっ、新聞であなたを見た時は、息が止まるかと思ったわ! 小さい頃に家を飛び出したあなたが、まさか生きていただなんて……!」
いきなりのことに、そこにいる誰もが呆然としていた。
みなを代表するかのように、プリムラが尋ねる。
「あの……すみません。もしかして……ハナアラシさんのお母様ですか?」
すると女は、「はいっ!!」と必要以上の大声で答えた。
まるで、その場にいる者たちに知らしめるように。
「私は!! この黄金のフラムフラワーを育てたハナアラシの母親!! ハナグルイと申します!! ハナアラシは幼い頃に家を飛び出して!! 私が、ずっと探していた子なんです!!」
彼女が現れてからというもの、ずっと俯いていたハナアラシは、肩を震わせていた。
「ほら!! 見てください!! 新聞記者のみなさん!! ハナアラシも私に会えた嬉しさで、こんなに感動にうち震えています!!」
ハナグルイは芝居がかった動きで、片手を広げる。
もう片手には、しっかりと黄金のフラムフラワーを抱いたまま、離さない。
「さあ!! おいで!! ハナアラシ!! 母さんの胸に飛び込んでおいで!!」
しかし息子は動かない。
キッ! と顔をあげると、
「い……いまさらノコノコ出てきて、いったい何のつもりだよっ!?」
怒鳴りつけられたハナグルイは、実にわざとらしく、ヨヨヨと泣くフリをした。
「ああ、そんなに強がらなくてもいいんだよ!! 母さん、お前の気持ちはわかっているから!! だって、母さんに会いたい一心で、この黄金のフラムフラワーを育てたのでしょう!? 黄金のフラムフラワーを育てることができれば、新聞に載って……母さんに気付いてもらえるって!!」
彼女は涙ひとつこぼしていない泣き顔をあげると、報道陣のほうに向かって叫び続ける。
「新聞記者のみなさん!! 聞きましたか!? この子は、この子は……!! 私に会いたいがために、黄金のフラムフラワーを育てたのです!! そして、黄金のフラムフラワーをプレゼントして、ずっと謝りたいと思っていた……!! この子は、そういう子なんです!!」
「ち……違うっ!! 勝手に決めるなっ!! お前なんかもう、母さんじゃない!!」
「いいの、いいんだよ!! 母さんはわかってるんだから!! みんなが見ているから、恥ずかしいのでしょう!? さあ、やっと再会を果たせたのだから、親子水入らずといきましょう!!」
「は……離せっ!! 離せぇぇぇ!!」
嫌がるハナアラシを捕まえたハナグルイは、落ちていたスコップを握らせると、無理矢理にフラムフラワーを掘り返させようとする。
「さあ!! 新聞記者のみなさん!! シャッターチャンスですよ!! 黄金のフラムフラワーを通じて元通りになった親子の絆!! なんて感動的なんでしょう!!」
瞳孔の開ききった目で金切り声をあげるハナグルイに、みんなドン引き。
聖女三姉妹が止めようとしたが、土をばら撒きはじめる始末。
「お、おやめになってください! ハナグルイさん! きゃあっ!?」
「いけませんっ! ハナアラシちゃんが嫌がって! あんっ!?」
「はなたんをいじめちゃ、やー! やんっ!?」
つい先ほどまで感動に包まれていて庭園は、一転して阿鼻叫喚の渦に包まれる。
使用人たちも加わって、なんとかハナグルイを止めようとしたのだが、土をぶっかけられてしまう。
ふと、それまでずっと傍観者であった、ある男が動いた。
……ゆらり。
と近づいてきたのは、執事服姿のオッサン。
といってもネクタイなどはしておらず、着崩した格好。
顔に大きな傷がある、鋭い目つきで、執事というよりも任侠のよう。
彼は飛び交う土を軽々とかわすと、獲物に襲いかかる狼のようにしゃがみこんで、
……ガッ!
と喉笛に食らいつくかのように、スコップを持つハナグルイの手首を掴んだ。
「は……離せ使用人!! 聖女のアテクシにこんなことをしたら、どうなるかわかってるの!?」
「わたしは使用人ではありません。それよりも、あなたも園芸家なら、一分咲きのフラムフラワーを植え替えるのがどれほど花にとって負担になるか、わかっているでしょう」
ハナグルイは鬼婆のような形相で、オッサンをギロリと睨み返す。
「な、なんでアテクシが、園芸家だと……!?」
「その理由はふたつあります。一つ目は、あなたの手の薬指にタコがあること。園芸バサミを日常的に使っていると、そこにタコができます。そして二つ目は、ハナアラシさんの園芸の知識。きっとあなたの仕事ぶりを見て、ハナアラシさんは花の育て方を学んだのでしょう」
「そ……そうよ!! ハナアラシはアテクシの息子よ!! この子はアテクシが女手ひとつで育ててきたのよ!! 美味しいところだけを持って行こうだなんて、そうはさせないんだから!!」
「でも、ハナアラシさんは嫌がっているではないですか」
「それは久しぶりに会って、照れているだけよ!! それに、たとえ嫌がっているからって、何だっていうの!? 親が子供をどうしようと勝手でしょう!? 親は子供をどうとでもできるのよ!!」
するとオッサンは、フム、と一理あるように頷いた。
「それではこうしましょう。ハナアラシさんはこれからも、このホーリードール家の庭師として働いてもらいますが、1日おきにハナグルイさんの家でも庭師をやってもらうというのは」
思わぬ提案に、「「なっ……!?」」と揃って息を呑む、ハナ親子。
「なんでそんな、面倒くさいことを……!?」
「そのほうがあなたも、心おきなく婚活ができ、そしてその後に待つ新婚生活も楽しめるというものではないですか?」
すると、意図が理解できたのか……。
般若のようだった鬼女の顔が、翁のようにほころんだ。
「……なるほどぉ……。たしかにそのほうが、都合がいいかも……」
「では、それでいいですね。そしていずれにせよ、このフラムフラワーはそのままにしておいてください」
「なっ……なぜ!? これはアテクシの婚活に……!」
「その理由はふたつあります。一つ目は先ほども言ったとおり、一分咲きのフラムフラワーを植え替えるのは枯れてしまう怖れがあるからです。これだけ大勢の記者がいるなかで植え替えを強行して、もし枯らしてしまったら……。それこそ新聞沙汰になって、あなたの立場が悪くなるのではないですか?」
「たしかに……」と聴衆のひとりがつぶやいていた。
噛んで含めるように、オッサンは続ける。
「そして二つ目は、ハナグルイさんはハナアラシさんの親ではありますが、このフラムフラワーの親ではありません。このフラムフラワーの親はハナアラシさんです。あなたの言う、親が子供をどうしようと勝手なのであれば、このフラムフラワーをどうするかの権利は、親であるハナアラシさんにあるはずです」
整然としたそれらの言葉は、多くの人々の心を動かしていた。
あれほどヒステリックを起こしていた鬼女も、
「そ……そういわれてみれば、そうね……」
あっさり納得させられてしまった……!





