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81 1周年記念番外編 花の嵐7

 フラムフラワーの花壇のまわりには、屋敷じゅうの人間がいた。



「うわぁ、綺麗……!」



「金色のフラムフラワーなんて、初めて見た……!」



「まわりにある朝露まで黄金色に輝いて……! 素敵……! まるで天国に咲いてる花みたい……!」



「まだ一分咲きでこれほどまでにゴージャスで、美しいとは……! これはこの先が楽しみだな!」



 騒ぎをききつけ、ドサクサまぎれに記者たちも庭のなかに入ってくる。



「おお! 黄金のフラムフラワーとは!?」



「黄金のフラムフラワーなんて、滅多に咲くものじゃないのに! これは記事になるぞ!」



「しかもマザー・リインカーネーションの庭園でだなんて! トップ扱いでも良さそうだ!」



「マザー・リインカーネーション様っ! 黄金のフラムフラワーに頬を寄せて、一枚お願いします!」



「いまのお気持ちをお聞かせください! やはりすべては、リインカーネーション様の慈愛のたまものなのでしょうね!」



 ……ここで、ひと山いくらの大聖女であれば……。

 ドヤ顔で新聞記者たちに語り、手柄をすべて自分のものにしていただろう。


 もちろん、彼女はそうではない。

 記者たちに向かってニコリと微笑むと、



「このお花さんは、我が家の庭師さんのハナアラシちゃんが育てたものなのよ」



 大きな胸をエッヘンと張りながら、彼女が手のひらで示した先に、スポットライトのような光が移動する。

 そこには……呆然としたままの、ひとりの少年が。



「お、俺……?」



 その肩に、そっと両手が置かれた。

 しゃがみこんだマザーが、彼の耳元でささやきかける。



「このお花さんは、あなたが育てたお花なのよ」



 そう言われても、少年はまだ実感がわいていないようだった。



「俺が、育てた……?」



「ええ、そうよ。あなたが、このお花さんのパパなの」



「俺が、パパ……?」



 「ええ」とにっこり笑うママ。

 パパの肩に手を置いたまま、隣に佇んでいる子供のほうを向く。



「だからこのお花さんをどうしようと、あなたの勝手なのよ」



「俺の、勝手……」



 それは、いつものマザーらしからぬ一言であった。

 しかし、少年の脳裏に、ある想いをスパークさせていた。



 ――そ、そうだ……!


 ちょっと、ビックリしちまったが……。

 俺はなんのために、ここまで苦労して、この花を育てたんだ……!


 いま花のまわりには、大勢のヤツらが……。

 それどころか、新聞記者たちまでもが集まってる……!


 俺にとって、これ以上のないチャンスじゃねぇか……!

 ハナアラシの、俺にとって……!



 少年は、足元に落ちていたスコップを拾い上げる。

 それを、決意を新たにするように握りしめると……。



 ……だっ!



 黄金の輝きをたたえる花に、猛然と挑みかかった……!



「わあっ!?!?!?」



 観衆たちのあげた極上の悲鳴に包まれながら、少年は……。

 死神の鎌のように、スコップを振り上げ……!



 ……がばあっ!



 赤子の首を斬り落とすかのように、柔らかな花塚めがけて、振り下ろすっ……!



 ……ぐおんっ!



「きゃああああっ!?!?!?」



 誰もがその凶行に、まるで自分の子供が処刑される瞬間のように、顔を引きつらせる。

 しかし、



 ……びたっ……!



 柔肌に触れる寸前で、それは止まった。

 そして、



 ……ぽろり……。



 と手の中からこぼれ落ちるスコップ。

 死神のように恐ろしかったはずの存在は、肩を震わせていた。



「……わけが……ねぇ……!」



 ……がくっ。



 崩れ落ちるように、膝をつく。


 そして……。

 まるで長き呪いから、解き放たれたように……。


 嗚咽を、もらしはじめたっ……!



「うっ……! うぐっ! うあぁっ! うわあぁぁっ! できるわけがねえっ! できるわけがねぇよぉっ! この花を散らすだなんて、できるわけがねぇじゃねぇかっ!! あぁん!! うわあぁぁんっ!!」



 いままで凝り固まっていた気持ちが溶け、目から流れ出したかのように涙を散らす。

 今にもどこかに飛んでいきそうなほどに、少年はわぁわぁと泣き叫んだ。


 その身体を包み込むように、前から、後ろから、そして横から抱きとめられる。


 羽衣のような白さで、すべての罪を受け止める女神のような……。

 どこまでも清らでやさしい、聖女三姉妹であった。



「……ああっ! ハナアラシさんっ……!」



「あぁぁんっ! プリムラっ! プリムラっ!! 俺は、俺は……! いままで、たくさんの花を散らして、踏みにじってきた……! あああっ! なんてことを! なんてことをしちまったんだっ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」



「ううん! ハナアラシちゃんっ! こんなに素敵なお花さんを咲かせられる子が、悪い子なわけがないわっ!」



「うわあぁぁっ! マザーっ! マザーっ! 俺は取り返しのつかないことをしちまった! 多くの生命を遊び半分に散らして、みんなを悲しませてきたんだっ!! 俺は、俺なんか……生まれてきちゃ……!」



 罪悪感のあまり、引き裂かれるように身体をよじらせる少年。

 しかし彼を救ったのは、一分咲きどころか、まだ蕾のままの少女の一言であった。



「……はなたんっ! うまれてきてくれて、ありがとぉ!!」



「ぱ……パインパック……! 俺っ……! 俺っ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」



 ……マザーがハナアラシ少年を引き取ったのは、まさにこの瞬間のためであった。


 『親の苦労、子知らず』という言葉があるが、それを身をもって体験させるために。


 幼い頃から母親の園芸を見てきて、知識だけはあった少年。

 彼は生まれて初めて花を育てて、その苦労を知る。


 その間に多くのトラブルはあったものの、だからこそ少年は、生命の尊さを知ることができた。


 そして、花が咲いたあと……。

 マザーは少年に向かって、敢えてこんなことを言った。



『このお花さんは、あなたが育てたお花さんなのよ。あなたが、このお花さんパパなの。だからこのお花さんをどうしようと、あなたの勝手なのよ』



 わざと、彼の当所の決意を思い起こさせるような言葉を投げかけ、気付かせるために。

 いままでの罪を、悔い改めさせるために。


 そして、彼にこう言わせるために。



「……マザー。俺はたしかにこの花を育てた。そういう意味ではパパかもしれない。でも黄金のフラムフラワーは、聖女の愛がないと咲かないと言われている花……。だからマザー、プリムラ、パインパックがママになって……みんなで咲かせた花なんだ……!」



「じゃあママたちも、このお花さんを自由にしていいのね?」



 少年は、澄んだ瞳で真っ直ぐに、ママを見据えた。

 そして、かぶりを振る。



「ううん……そうじゃない……! たとえ親だからって、子供の生命を自由にしていいわけがないんだ……!」



「そ……そうね! ママが間違っていたわ! 偉いわぁ、ハナアラシちゃん……!」



 大聖女は、涙あふるる慈しみの笑顔とともに、少年の頬に手を当てた。


 ホーリードール家の屋敷は、心地よい感動に包まれる。

 使用人も、新聞記者もみな、やさしさに包まれていた。


 しかしそれを台無しにするような、金切り声が……!



「あああああーーーーっ!? は、ハナアラシっ! 私の息子っ! いままでどこに行っていたの!? 母さん、ずっと探していたのよ! さぁ、いっしょに家に帰りましょう! 母さんといっしょに暮らしましょう! その、黄金のフラムフラワーもいっしょに……ねっ!?」



 人混みをかき分けて現れたのは、くすんだローブをまとう、まだ若いながらも、ひどくスレた感じのする聖女であった。

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