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80 1周年記念番外編 花の嵐6

 パインパックは滝のような雨に打たれながら、花壇に突っ伏していた。

 そして、もみじのような小さな手で『フラムフラワー』を撫でていたのだ。


 さながら、姉たちが彼女にしていたように……!



「おはなたん、いいこいいこ……。だから、がんばえ……。きっと、すぐにげんきに……」



 背後に立ったハナアラシは、落雷のように彼女を一喝する。



「フンッ! おいっ! なにをやってんだっ!? そんなことしたって、花が元気になるわけないだろっ!?」



「おねえたんがいってた。おはなたんも、ほめられるとうれしいって……はなしかけると、げんきになるって……」



「そんなわけあるかっ! 帰るぞっ!」



 少年は、泥まみれの幼女を持ち上げようとするも、花壇にガッシリとしがみつかれて抵抗されてしまう。



「やー! おはなたんのそばにいうのー! かんぴょう(看病)するのー!」



 ホーリードール家の姉妹たちは、みな清楚で可憐。


 いつも慈愛に満ちた微笑みを絶やさず、何事にもおっとりと動じず、世間の穢れとは無縁の存在だといわれている。

 しかしながら、頑固な一面も持ち合わせていた。


 特に三女は食らいついたら最後、納得するまでスッポンのように離れない。

 そのいちばんの被害者はとあるオッサンなのであるが……。


 それはさておき、妖精のような見目からは信じられないほどに、少年がいくら力を込めて引っ張っても、花壇からは引っこ抜くことはできなかった。


 ハナアラシはとうとう根負けし、こう提案する。

 すでにずぶ濡れの身体で、雨音にかき消されないように、大きな声で、



「わ……わかった! なら俺がパインパックのかわりに、花に話しかけてやるっ!」



「は、はなたん……?」



「お前のぶんまで話しかけてやるから! だからお前は寝てろ! お前だって、病気のヤツに看病されたって、嬉しくねぇだろ!?」



「う……うん」



「それに約束してやる! この花は絶対に、俺が咲かせてやる! だから……俺の言うことを聞けっ!」



「わ、わかった! はなたん、ゆみきり(ゆびきり)!」



「よし……!」



 この時、屋敷の窓に、ある男の姿があった。

 男子禁制の聖女の屋敷に滞在を許されている、もうひとりの男である。


 彼は、灰色のカーテンの向こうで、指を絡め合わせるシルエットを……。

 ただじっと、見守っていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そして、少年の庭師としての仕事に、新たなる日課が加わった。


 朝は、「よう」と最初の挨拶。


 昼も、「昼だぞ、水だ」と中間の挨拶。


 夜に、「ほら、夜の水だ」と最後の挨拶。


 最初はそんな素っ気ないものだったのだが、だんだんと、口数がふえてくる。



「あー、今日は暑くなりそうだな」



「ほら、昼の水だ。それにしても、今日は本当に暑いなぁ」



「今日は熱帯夜だから、水を少し多めにしといたぞ」



「よう、今日も暑いなぁ、でもお前さんにはこのくらいがちょうどいいんだよな」



「昼メシだ。今日はマザーの弁当だから、俺もここで付き合うぜ。たまには、いっしょに食おうや」



「はぁ……よいしょっと」



 少年は芝生に寝っ転がると、花壇のレンガを枕にしながら、満点の星空を眺めていた。



「こうやって寝っ転がって、お前といっしょに星を見るってのも悪くねぇなぁ」



 そして、ぽつぽつとひとり語る。



「なぁ……お前はやっと蕾が付いたくらいだけど、心配しなくていいって。俺が必ず咲かせてやっからよ」



「この家の聖女たちと約束したんだ、お前を必ず咲かせてみせるって。それも、そんじょそこらの花じゃねぇぞ、みんなが腰を抜かすくらいの大輪の花をな」



「ちょっと咲くのが遅いからって、なんだってんだ。花ってのは遅咲きのほうが綺麗なんだからな」



「だから……クサるんじゃねぇぞ。お前には、多くの人たちが期待してるんだ。俺とちがってな」



「まぁ……そう言う俺も、期待してるんだけどな」



「ふわぁぁぁ……なんか眠くなっちまった。せっかくだから、今日はここで寝ちまうか」



「久しぶりに、ルルディにいた頃みたいに、星の屋根で寝るってのも、悪くねぇだろ」



「じゃあ、おやすみ。それと……」



 ……生まれてきてくれて、ありがとうな。



 少年はそうつぶやいたあと、まるで照れ隠しをするように、すぐに寝返りを打つ。

 蕾のままの花に、背を向けた。


 ……その日の夜、少年は夢をみた。

 聖女たち、そしてルルディの村の人たちとともに、笑いあっている夢を。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 登る朝日を浴びた白亜の宮殿から、影が取り払われていく。

 陽光を透かした葉群れが、芝生をさらなる緑に染め上げていく。


 むわりとたちのぼる草の匂いにも、夏の勢いのようなものに、秋の切なさが混じりはじめる。



 9月。



「う……うぅ~ん」



 少年はまぶしさから逃れるように、寝返りを打っていた。

 不意にその頬に、



 ……ぴちょん!



 と冷たい雫が当たる。



「つめてっ!?」



 と弾けるように飛び起きた彼が、最初に目にしたのは……。

 思わず目をこすり、ほっぺたをつねってしまうほどの、信じられない光景であった……!



「さっ……咲いたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 フラムフラワーとはその名のとおり、燃える炎のような花を咲かせる。

 それはまだ、ロウソクのように小さなものであったが、確かにそこにあったのだ。


 黄金の、炎が……!!



 ……どばぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!!



 裏庭の扉が、テンションを間違えた鳩時計のように勢いよく開かれる。

 そこから真っ先に飛び出してきたのは、その花と同じくらい未熟な小鳩。


 しかし花と同じらい生命を燃やす、小鳩のような幼子であった……!



「はなたん! おはなたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!!」



 諸手を挙げ、朝露の芝生の中を走ってくるパインパック。

 そのあとを、早い巣立ちを止めようとする親鳩のように、マザーとプリムラが追う。



「ま、まって! パインちゃんっ!」



「パインちゃん、きゅ、急に元気になって……!?」



 花壇の間近で転びかけて、ハナアラシに抱きとめられるパインパック。

 抱っこされながらも空中で泳ぐように、手足をバタバタさせている。



「おはなたん! おはなたん! おはなたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!!」



「おい、慌てんなって! 花に足はないから、逃げやしねえよ!」



「うわあっ! しゅごい! さいたさいたさいた! さいたぁーーーーーーーーーーーーっ!!」



 三女は、病み上がりとは思えないほどに元気であった。

 追いついてきた長女と次女も「んまぁ!?」と花がほころぶように驚く。



「あらあら、まあまあ……! こんなに素敵なお花が……!」



「き、綺麗です、とっても……!」



 次女にいたっては思わず涙ぐんでしまうほどであった。

 騒ぎをききつけた屋敷じゅうの者たちが、どやどやと集まってきて、花壇を囲んだ。

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