77 1周年記念番外編 花の嵐3
ホーリードール家にやって来たハナアラシ少年。
彼はリインカーネーションがわざわざ繕ってくれたタキシードを着用し、みなし子の時とは見違えるように立派な格好となった。
そして彼は、この屋敷における2人目の男性となった。
聖女の住まい、特に名門といわれる一族の屋敷の敷地内は、男子禁制とされている。
使用人から警備員からすべて女性で、庭師ももちろん女性である。
忠誠を誓った勇者以外は屋敷に近づくこともできないのだが、このホーリードール家は真逆。
ホームレス同然のオッサンを迎え入れ、終身雇用のように住まわせてからというもの、さまざまな男性を屋敷に招き入れていた。
しかし、不思議なことに……。
肝心の勇者に対してだけは、歓待するどころか5分以上滞在した者がいないという塩対応っぷり。
どこの犬の骨ともつかぬ、へんなオッサンは家族同然に住まわせているというのに……。
この世界ならばどこでも、誰でも大歓迎される勇者を、野良犬のように追い払う……!
そしてそれはこれからも、続いていくことであろう。
合コンで自宅まで送ったチャラ男のような勇者たちが、「せっかく近くまで来たんだから、お茶でも」……とあがりこもうとするのを……。
大聖女が自ら、時には彼女のペットたちが手荒に、はたまたへんなオッサンが撃退するという光景が……。
この家の伝統のように、長きにわたって繰り広げられることであろう……!
さて……そろそろ話を元に戻そう。
ホーリードール家に、庭師として引き取られたハナアラシ少年。
彼の、そして聖女たちの新生活を、追いかけてみようではないか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
1月。
『フラムフラワー』の根っこを植えた花壇の前に、少年と、三姉妹が立つ。
ちいさなジョウロを使って、しとととと……と水を撒いていた。
「根分けしたフラムフラワーは、たっぷりの陽の光と水が必要なんだ」
「ハナアラシさん、お詳しいんですね。それでは、お水をたくさんあげればよいのでしょうか?」
「フン! そうじゃねぇよ、プリムラ! いっぺんにたくさん水をやったら腐っちまうだろ。だからいちど水をやったらしばらく待って、土の表面が乾いたらまた水をやるんだよ」
実をいうとこの時、聖女に対する暴言を聞きつけたクーララカが、屋敷から飛び出そうとしていたのだが……オッサンが押しとどめていた。
「あらあら、まあまあ。とっても大変なのねぇ。ママとプリムラちゃんはお仕事があるから、もうお家を出なくちゃいけないの。あとはハナアラシちゃんとパインちゃんにお願いするわね」
長女はそう言付けて、次女といっしょに馬車で屋敷を出ていった。
仕事となれば、必ず付いていきたがったパインパックも、今日ばかりはなにも言わない。
大人しく花壇の前で、濡れた土を見下ろしていた。
そして時折振り返っては、「……おみじゅ?」とおそるおそる尋ねる。
幼女は極度の人見知りなので、まだハナアラシ少年とのコミュニケーションが怖いのだ。
「フン! 慌てるんじゃねぇよ、パインパック! まだ土が湿ってるだろうが。もうちょっと待ってからだ」
「……まつ」
幼子ながらに長期戦を予感したのか、パインパックは花壇の前でしゃがみこむ。
そしてアリでも観察するかのようにしげしげと、土を凝視しはじめた。
2月。
落ち葉を集める少年と、エプロンをしてそれに付き合う三姉妹。
少年は、姉妹たちが築き上げた落ち葉の山を園芸用のフォークでかき分けながら、吐き捨てるように言った。
「フラムフラワーの腐葉土は、カシとブナとクヌギだけって決まってるんだよ! 他のヤツも混ざってるじゃねーか!」
「あらあら、まあまあ、そうだったの?」
「すみません、ハナアラシさん。落ち葉で見分けるのが、とても難しくて……」
この頃にはパインパックもすっかり懐いていて、「はなたん、おしえてー!」と足元にすがりついていた。
「しょうがねぇなぁ。これがカシで、これがブナで、これがクヌギの落ち葉だ。これ以外の落ち葉が混ざると、フラムフラワーの色が悪くなるんだ」
「わかったわ、ハナちゃん。せっかくお世話しているのだから、綺麗に咲いてほしいものね」
「しかしハナアラシさん、落ち葉だけで木の種類がわかるだなんて、すごいですね」
「はなたん、しゅごい!」
少年を尊敬の眼差しで見つめる美少女姉妹。
しかし彼女たちは知らなかった。
そんな表情をすればするほど、彼の中にある、嗜虐を燃え立たせていることに……!
――フン!
花を綺麗に咲かせるのは、俺がメチャクチャにしたときに、お前らにより絶望を感じさせるためだよ!
名門の聖女たちの顔が、絶望と悲しみに歪む瞬間は……。
村のヤツらとは比べものにならないくらい、格別なものだろうなぁ!
3月。
この時季から普通の水ではなく、水肥を与えるようになる。
しかし、まだ芽は出ない。
少年が来てから三ヶ月がたち、彼もだいぶ屋敷になれてきた。
そして、あることに気付いた。
屋敷の中にはいたるところに花が飾られているのだが、花瓶の花はひとつもなく、すべてが鉢植えだということに。
聞いてもいないのにリインカーネーションが教えてくれたのだが、これはプリムラの提案らしい。
そして少年がふと、プリムラの部屋の前を通ったときに、開けっぱなしの扉から部屋の中を覗き込んで気付いた。
彼女の部屋は鉢植えであふれ、さながら花園のようになっていることに。
部屋のヌシはジョウロを手に、鼻歌まじりに鉢植えの間を行ったり来たりしていた。
「♪プリンプリン、プリムラ、プリンの子~ ♪プリンの村へ、ご招待~ ♪素敵なおじさまご招待~」
その様子は花に遊ぶ妖精のように、愛らしく美しい姿だったのだが、
「♪プリンをいっぱい、めしあがれ~ ♪わたしのプリンも……」
本人は扉を閉めているつもりだったようで、少年の視線に気付くと爆発するように赤面した。
「はあっ!? ハナアラシさんっ!? い、いつのまに、そちらに……!?」
わたわたするプリムラを気にもかけずに、少年は尋ねる。
「……なんで、鉢植えなんだ?」
「はっ、はい?」
「聖女の屋敷に飾る花といったら、普通は切り花だろ。鉢植えだと土で部屋が汚れるし、虫も来やすくなるからな」
「あっ、はい……。なんとなく、切ってしまうのはかわいそうな気がしまして。でも鉢植えならちゃんとお世話さえすれば、お庭の花壇以上に長生きさせてあげられますので、お花さんも幸せかと思いまして」
「ふーん。だからお前らは聖女のくせして、土いじりにあんまり抵抗がなかったのか」
「はい。普段は庭師さんにお任せしているのですが、時間のあるときはわたしもお庭に出て、お世話をさせていただいております」
赤みの残る顔で、ふわりと笑うプリムラ。
彼女は誰に対しても丁寧に接する。
たとえ歳下で、みなし子で使用人であっても。
少年は三ヶ月経っても、この家の聖女たちだけは慣れなかった。
なぜならば、彼が知る聖女像とは違いすぎていたからだ。
勇者にしっぽを振り、それ以外の人間には、たとえ息子であろうとも高慢に接する彼女とは……。
あまりにも、かけ離れていたからだ……!
……かけ離れていたからだ……!
…………離れていたからだ……!
………………いたからだ……!
……………………からだ……!
……………………………………。
「母さん、お腹すいた」
「アテクシが『フラムフラワー』を育ててる時期は、話しかけるなって言ってるでしょう? お腹が空いたんだったら、そのへんにあるものを食べてれば?」
「……わかった」
「ああ……。あなたが話しかけるから、余計なところまで剪定しちゃった」
「ごめん、母さん」
「はぁ……これは勇者様にプレゼントするつもりだった、幸せの黄色いフラムフラワーだったのに……。これを差し上げれば、勇者様のハートも射止められて、ハーレム入りできて、ゆくゆくは大聖女になれるはずだったのに……」
「ご、ごめん! 本当にごめんなさい、母さん!」
「はぁ、わざとらしく泣かなくてもいいわ。同じ世話するにしても、花のほうがよっぽどマシね。だって花は嘘泣きなんてしないし、勇者様に喜んでもらえるし……。あなたは嘘つきなうえに、アテクシの邪魔ばっかりして……。あーあ、なんであなたみたいなのを産んじゃったのかなぁ……?」
「ねえ、母さん……怒るときくらい、せめて、僕を見て……! 花じゃなくて、僕の目を見て叱って……!」
「見てなんになるの。あなたを見るくらいだったら、そのぶん腐葉土でも眺めてたほうが有益だわ。……って、ああっ!? せっかくここまで育てたフラムフラワーになんてことすんのさっ!?」
「ああ……! やっと……やっと……!」
「てめぇ、大切な花をメチャクチャにしゃがってぇ! 花を大切にしないお前なんか、アテクシの子じゃない! 出て行け! いますぐこの家から、出ていけぇーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「……やっと僕を、見てくれた……!」