76 1周年記念番外編 花の嵐2
「みんな、ハナアラシちゃんのこと責めないであげて。少しだけ、ママに任せてほしいの。ねっ、お願い」
大聖女の、童女のようなおねだりの内容は、にわかには信じがたいものであった。
そして当然のように、誤解されて受け止められてしまう。
「り、リインカーネーション様が、自ら処刑を……!?」
大聖女への無礼は極刑にあたるので、無理もない解釈であった。
しかし通常は衛兵や勇者、お付きの者が手を下すのが一般的。
当の聖女は日傘の下で、その様を優雅に眺めているものなのだが……。
驚きのあまり震える村長に向かって、彼女は首をふるふると、つられて胸までふるふると震わせていた。
「ううん、違うの村長さん。しばらくハナアラシちゃんの面倒を、ママに見させてほしいの」
「えっ……!? そ、それは別に、かまいませんが……!?」
ちなみに少し前までは、聖女がみなし子の面倒を見るのは禁忌とされていた。
しかしとあるオッサンと、ある聖女たちの尽力によって改正されたのだが……。
それはまた別の話なので、今回は横に置いておこう。
ともかく、戸惑う村人たちを納得させたリインカーネーションは、ハナアラシを縛っているロープをほどきながら、こう言った。
「それじゃあハナアラシちゃん、お家に帰って、お花さんを育てましょうねぇ~」
ハナアラシ少年は、いったいどんなお仕置きがまっているのかと、身を固くしていたのだが……。
「……ハァ? 家に帰る? 花を育てる?」
「うん。ママのお家で、お花を育ててほしいの」
「フン! 屋敷の庭師としてこき使おうって魂胆かよ! どうせ屋敷のヤツらでおいらのことをイジメ抜こうってんだろ!」
「ううん、そんなことはしないわ。意地悪なんてする人がいたら、ママがメッ、ってしてあげますからねぇ~」
いずれにせよ、少年にとって選択権はなかった。
断れば村人たちから袋叩きにされて、村から追い出されてしまうのだから。
「それにね、ママも一緒にお花さんを育ててみたいの。ママだけじゃなくて、プリムラちゃんもパインちゃんもいっしょに」
「ホーリードール家の三姉妹が……? フン! そんなに有名な聖女が土いじりなんてするわけがねぇ! どうせ大半は庭師にやらせて、できあがった花を、さも自分がやったみたいに見せびらかすつもりなんだろ!」
そこで少年の脳裏に、よからぬ考えがよぎった。
――でも、聖女の名門……。
それもホーリードール家の三姉妹が、名目上でも育てたという花を、メチャクチャにできたら……!
さぞや、気持ちいいだろうなぁ……!
いつもはツンとすましている聖女たちが、悲しみにくれる顔なんて、滅多に見られるもんじゃねぇ……!
最近、村人たちの花を散らしてやっても、反応が薄かったから、ちょうどいい……!
しばらくは反省したフリして、大人しく花づくりにつきあってやって……。
綺麗に咲いたところで、俺の手でメチャクチャにしてやるぜ……!
この公園に咲いていた、花みたいにな……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ルルディの村から一時的に引き取られ、ホーリードール家の屋敷で庭師見習いとして暮らすことになったハナアラシ少年。
次の日からさっそく庭に出て、仕事にかかる。
言い出しっぺのマザーは口だけだろうと思っていたのだが、早朝から妹たちを引きつれて、ニコニコとやって来た。
「それじゃあハナアラシちゃん、お花さんを育てましょうか。はい、これ」
マザーの白い手のひらに乗せられていたのは、毟られて根っこだけになった花だった。
「これは、もしかして……ルルディの公園にあった、俺が散らした花か?」
「ええそうよ。種よりも根っこから育てるほうがいいって聞いたから」
「フン! どーせ当てつけか、罪滅ぼしをさせたっていう実績が欲しいだけだろ!」
「ううん、そんなんじゃないわ。ママが好きなお花さんなの」
「フン! 『フラムフラワー』が好きなのか」
「あらあら、ハナアラシちゃん、根っこをみただけでどんなお花さんかわかるのね。すごいわぁ」
「フン! そんなの常識だろ。コイツは育てるのが大変な花だぞ。それに根っこから育てても、下手すると1年近くかかることもある厄介なシロモノだ」
少年は心の中で、「でもそのぶんだけ、綺麗に咲いたときに、散らし甲斐があるんだけどな」と付け加えた。
そしてマザーの手から、根っこをひったくる。
「まぁ、いいぜ、やってやるよ」
「それではわたしも、ご一緒させていただきますね」
「パイたんもー!」
同じく小さなスコップを手にしたプリムラとパインパックが横に並び、そろってしゃがみこんで花壇を掘りはじめた。
「フン! そこじゃねぇよ! 根分けした『フラムフラワー』を育てるには、よく陽の当たる場所じゃなきゃダメなんだよ。だからなるべく陽が遮られないところに植えなきゃダメなんだ」
ハナアラシは姉妹にプイと背を向けると、庭の中央にある花壇に向かった。
そこにはすでに花が植えられていたのだが、彼はスコップで掘り返し、ゴミのように放り捨てる。
そして空いたスペースに、『フラムフラワー』の根っこを埋め込んでいた。
プリムラは「ひ、ひどい……!」と注意しようとしたが、そっと肩に手が置かれる。
「いいの、プリムラちゃん。ハナアラシちゃんの好きなようにさせてあげて。外に出されたお花さんは、あとでママが別の場所に植え替えておくから」
そうしている間にも、花壇を次々と掘り返され、穴だらけになっていく。
そして少年は悪びれもせずにこう言ってのけた。
「ほら、ゴミを始末して、お前さんたちの分の穴まで開けてやったぜ。庭師ってのは、ゴミさらって、新しいゴミを埋める仕事みたいなもんだろ?」
今日はあともう1話投稿したいと思います!