73 特別任務
スキュラはかくれんぼで100数えるかのように、小さくなっていく野良犬たちを見送っていた。
そしておもむろに、
「あの程度の相手であれば、余裕よね。じゃあみんな、あとは任せたわ。えっと……」
まるでウォークインクローゼットの中で服を選ぶかのように、取り囲む陣形を見回すスキュラ。
「野良犬マスクちゃんのほうには、01ちゃんから25ちゃんまで。仔犬ちゃんのほうには、26ちゃんから29ちゃん。それぞれ手分けして、ヨロシクやってね」
第10番隊の隊員は名前ではなく、番号で呼ばれる。
01から30まで、独特のコールサインとなっていた。
しかし仔細を把握しているのは呼ばれる側の隊員だけで、呼ぶ側のスキュラは誰が何番だかは知らない。
今回、追っ手として隊をふたつに分けたのだが、頭かから数えて25名を野良犬マスクにあてがい、そのあとの4名をチェスナにあてがった。
いつもそんな感じで適当なのだが、残された1名はというと……。
「30ちゃんは、スキュラちゃんを馬車でホテルまで送って。それが終わったら、野良犬マスクちゃんを追いかけるほうに合流して」
こうやって、任務に飽きて帰るための脚として使っているのだ。
しかしこれが第10番隊のやり方なので、誰も文句を言うことはない。
「はっ!」と神尖組式の敬礼を取り、与えられた命令のため散開していく。
残った30にエスコートされるように、スキュラは下山をはじめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
01から25までの隊員たちは、野良犬マスクの後を追って、まだ朝露に濡れている森の中を進んでいた。
血痕が、まるでパンくずの目印のように、点々と落ちている。
野良犬マスクは肩と足の腱を負傷しているので、そう遠くには逃げられまい。
隊員たちは手負いの狼を追い詰める狩人のような気分だった。
「今回の任務も、あっさり片付きそうだな」
「ああ。野良犬マスクはなかなかの腕前であったが、所詮はスキュラ様の敵ではなかったということだ」
「もう、ガスも撒かなくていいんじゃないか?」
第10番隊には、作戦行動の際に必ず持ち込むとされる、『標準装備』と呼ばれるものが4つあった。
一、妖剣術のための、鏡面のように磨き上げられた片手剣
二、掃除機くらいの大きさの、即席で剥製を作るための魔導装置
三、幻覚作用のある、ガスの入ったボンベ
四、白くてクチバシのある、防毒マスク
そう。『拒絶の石』の力こそ本物であれ……。
彼らの操る『妖術剣』の正体は、ガスによるものだったのだ……!
第10番隊の通ったあとはペンペン草も生えないといわれているが、それも当然であろう
最先端である、魔法化学兵器を使っているのだから……!
しかし今回は生け捕りが目的だったので、致死のガスは使っていない。
とはいえ、野良犬マスクが逃げきれる可能性は万にひとつもないだろう。
スキュラとの対決中に、大量のガスを吸い込んでいたのだから……。
あのオッサンは今頃、燻煙の害虫駆除剤を受けたゴキブリのように、ひっくり返ってアワを吹いているに違いないのだ……!
ちなみにではあるが、スキュラは『拒絶の石』のおかげで毒ガスも拒絶できるので、マスクをする必要はない。
野良犬マスクが死にかけている姿を想像し、隊員たちはガスを止めようとしていたが、あるひとりの隊員がそれを遮った。
「待て、油断するな! 相手は、神尖組の下位部隊をふたつも潰したと言われている男だぞ! もしいまも健常であり、ガスが途絶えたせいで逃げられてしまったらどうするつもりだ! もうすぐ神尖組の入隊式を控えているというのに、任務失敗などいい笑いものになってしまうぞ!」
やたらと格式張った隊員の注意に、みなは舌打ちする。
「チッ、12のヤツ、同じヒラ隊員のクセして、えばりやがって……」
「あの優等生ちゃんは、副隊長の座を狙ってるんだろうよ」
第10番隊はスキュラの方針で、副隊長や班長などが存在しない。
少しでも差を付けてしまうと隊員の扱いを分けなくてはないけないので、それを面倒くさがっているためだ。
よって、隊員たちは全員ヒラなのだが……。
彼らはスキュラに認められたくて、特別扱いされたくて躍起になっていた。
「おっ、血の跡の間隔が短くなってるな。野良犬マスクの出血が多くなってきたのか?」
「奴さんも、そろそろ終わりだな」
「おい、油断するなと言っているだろう! それに血痕の間隔が短くなったのは、野良犬の状況から考えて、逃げる速度が遅くなっていると考えるのが自然だ! 貴様らは、訓練場でなにをやっていたのだ!?」
「チッ……! お前、いい加減にしろよ……!」
「今はやめとけ、喧嘩なら任務が終わったあとにしようぜ、俺も協力してやっから」
「野良犬はもう間もなくだ! みな、地図を取り出して現在地を確認せよ! 包囲網へと移るぞ!」
12に指示され、しぶしぶとリュックから地図を取り出そうとする隊員たち。
しかしそこで、見覚えのない封筒を見つけた。
ラブレターのような乙女チックなそれには、宛先のかわりに、
『誰もいない所で、こっそり読んでね。 スキュラちゃんより』
と書かれていた。
隊員たちは一斉に、バッ! と顔をあげる。
そして、お互いを見合わせあったあと、
「あ……包囲網に移る前にちょっと、ションベン行ってくるわ」
「お、俺も。なんだか急にしたくなっちまった」
「じゃ……じゃあ俺も行っておこうかな」
不自然な声音をかわしあう。
さきほどまで厳格だった『12』ですら、
「しょ、しょうがないな……! それで野良犬マスクを取り逃してしまっては、良くないからな……! 特別に許可する! 五分だけだぞ!」
25名もの隊員たちは同時に尿意を訴え、同時にその場から散開した。
そして、だれもいない茂みに、または木陰に、身を潜めると……。
まるで下駄箱に入っていた手紙を見るかのように、いそいそと封筒を開いた。
『副隊長選抜 特別任務命令書』
今回の任務は野良犬マスクを生け捕りにすることだけど、それとは別に、もうひとつの任務をあなたに与えるわ。
それは、
自分以外の隊員を、全員、殺すこと。
スキュラちゃんは第10番隊をお直ししようと思っているの。
あなただけを残そうと考えたのは、あなたが特に優秀だと、スキュラちゃんは思ったから。
もしこの任務を達成できれば、あなたを副隊長に任命してあげるわ。
そして神尖組の入隊式が終わったあと、そこから新しい隊員が29名入ってくることになっているの。
あなたが本当に副隊長にふさわしく、29名の新人たちを任せるにふさわしい子かどうか、このスキュラちゃんに示してみせて。
じゃあ、がんばってね。
スキュラちゃんより、愛をこめて(ここにルージュのキスマークの跡が)
P.S.
この手紙といっしょに、プレゼントをリュックの中に入れておいたわ。
この手紙の裏にある注意書きをまず読んでね。
ちょっと危ないモノだけど、殺すのにきっと役に立つから、うまく使ってね。
お知らせです!
明後日、8月20日でこのお話は1周年を迎えます!
1周年記念ということで、8月20日からは本編を少しお休みして、番外編を掲載したいと思います!
番外編は何日かにわたり、複数回更新になる予定です。
なお1周年記念期間中は、本編のほうはお休みさせていただきますのでご了承ください。
まだ書いてないので内容は未定ですが、一連のお話を完結まで書いてみたいと思いますのでご期待ください!