72 拒絶の力
『拒絶の石』の力を使い、己の刀を炎に包んだスキュラ。
いままで隠していた魔法の力を解き放ち、黒き翼に身を包む野良犬マスク。
その見目はあまりにも対象的であった。
光と闇。
天使と悪魔。
正義と邪悪。
そして、勇者と野良犬……!
その狭間にいるようなストロングタニシは、どっちの剣技に注目しようかと、チラチラと目移りしていた。
――ヘンッ!
決め球である『拒絶の石』を使ったスキュラの妖術剣と、隠し球である高位の魔法を使った野良犬剣……!
どっちも外道剣には変わりねぇが、やはりスキュラのほうが一枚上手か……!?
このお天道様の下じゃ、悪魔の野良犬野郎も、戦いづらそうだぜ……!
南国の強い日差しに、じりじりと焼かれる野良犬マスク。
その肌には、じっとりと汗が浮かんでいる。
かたやスキュラは、変わらぬ美白メイクと微笑みをたたえていた。
「ンフフ……。漆黒の魔法矢弾を使うということは、剣術よりも魔術のほうが得意のようね。そんなに高位の魔法を操れる魔法剣士なんて、勇者以外には滅多にいないもの。それで、だいたい手の内も……」
……ズバアアッ!!
黙れとばかりに、漆黒の翼が大きく広がる。
威嚇するコウモリのような翼が、逆立つように翻ったかと思うと、
……ズババババババババババババッ!!
無数の黒き矢弾が、嵐にまかれる雨のように逆巻き、白き笑い仮面に降り注ぐ……!
「ンフフ。紫外線はお肌に悪いから嫌いだけど、雨は嫌いじゃないの。こうやって、窓の外から見る雨は、特にね……」
……ガガガガガガガガガガガガンッ!!
窓を打つ雹のような激音。
矢弾はすべて見えない障壁によって拒まれていた。
「ンフフ。さっき言いかけたけど、手の内はもうバレバレなの。こうやって、最初に漆黒の魔法矢弾を撃っておいて……」
……バッ!
黒き霧の中に、牙狼のような影が踊る。
「ほぉら。そうやって、斬り込んでくるのよ……。馬鹿のひとつ覚えみたいに、ね」
矢弾を牽制とし、野良犬マスクは大上段に振りかぶり、渾身の一撃を放つ。
しかしそれすらも、
……ガキィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
永久凍土を斬りつけたかのように、火花を散らすだけで終わってしまった。
しかしあきらめない。
返す刀でさらに一撃、もう一撃と、斬り降ろしと斬り上げの連続攻撃に移行する。
……ガキン!! ガキン!! ガキン!! ガキンガキンガキン!!
ガキンガキンガキンガキンガキンガキンガキンガキンガキンガキガキン!!
舞い散る火花を花火のように眺めていたストロングタニシ。
彼にとっては花火大会の大トリの連発花火のように映っていた。
――す、すげえすげえすげえ、すげえっ!?
マジックアローで相手の隙を作りだしてからの、容赦無い連撃っ!
これぞまさに外道剣っ!
これほどの太刀筋を浴びせられりゃ、いくら神サマの指だって、ポッキリと……!
しかし、剣撃乱舞は突如として終わりを告げる。
……パッ……!
キィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
澄んだ音色によって……!
野良犬が、がはあと荒い息を吐く。
がばあと振り上げた腕から、びしゃりと汗が迸る。
しかし構え上げられた剣が、ふたたび太刀筋を描くことはなかった。
力なく、ゆっくりと降りていく。
ぜい、ぜい、ぜい……! と追い立てられた犬のように、激しく肩を上下させている。
息を吸うたび、鼻から口から、薄紫の煙が入り込んでいく。
力なく、だらりと下げられた手。
その先を目で追うように、がっくりとうなだれるように、うつむく顔。
握っていた剣は、わずかな刀身を残して折れていた。
……持てる剣術、そして魔術を総動員し、すべてを全力で叩き込んだ野良犬マスク。
しかし、そこまでやってもなお、目の前の仮面は不動のまま。
戦いの前にとったポーズを保ったまま……いつもと変わらぬ笑顔で立っていた。
「ンフフ、お疲れ様。でも、山を汚しちゃダメよ。折れた剣も、ちゃんと持ち帰ってね。ほら、こんなふうに……」
すると、折れて宙を舞っていた剣が……。
まるで呪いの仮面に操られているかのように、野良犬めがけて降り注ぎ……。
肩に、突き刺さった……!
……ドスッ……!
「ううっ……!?」
肩を押え、思わず膝をついてしまう野良犬マスク。
天使に屈服する悪魔のように、蹲るその姿……。
傍観者は目を剥いていた。
――なっ……!? なんだってんだ!?
あ、あれほどの剣撃を受けて、傷ひとついてないどころか、その場から一歩も動いてないだなんて……!
火花でよく見えなかったが、スキュラはきっと、受け太刀もかわすこともしなかったんだ!
そのうえ、まだ何の攻撃もしていない……!
相手の折れた剣を操っただけ……!
しかもそれでダメージを与えるとは、なんたる屈辱……!
こ、これが……『拒絶の石』の力……!
神の指の力……!
ち、違う……!
役者が違いすぎる……!
コイツに比べたら、いままでの神尖組なんてただのチャンバラごっこ……!
こ、こんなの……! 勝てるわけねぇじゃねえかっ!?
これはもう、跪くしかねぇじゃねぇか……!
こんなの、歯向かったことを後悔するしかねぇじゃねぇか……!
泣いて許しを請う以外、ねぇじゃねぇかっっ……!!
しかし悪魔は気高かった。
膝をついたまま、介錯を待つように観念している。
しかし天使は、もっと残忍であった……!
「ンフフ……。もう終わり? ダンスはまだ始まってもいないのよ?」
不意に、かすかな鐘の音が割り込んでくる。
笑い顔の背後、遠くに見下ろせる街の時計塔からの時報であった。
「あら、もうこんな時間? さっきも言ったけど、紫外線はお肌によくないから、そろそろ失礼するわね」
……ゆらり……!
天使がしたのは、炎に包まれた剣を、悪魔の目の前で軽く揺らしただけだった。
さながら、ロウソクを使った催眠術のように。
すると、
……グググググッ!
悪魔の野良犬が握っていた剣が、軋むような音とともに腕ごと動きはじめる。
ひょうきんな表情のマスクに、はっきりとわかるほどの狼狽の色が浮かんだ。
「かっ……身体が、勝手に……!? こっ……これが……!? 妖術剣っ……!?」
驚きを噛み殺すように、歯をくいしばる野良犬。
腕の筋肉が盛り上がっていることから、彼が全力で抵抗していることが覗える。
しかし、無力……!
折れた剣の切っ先は、赤子の手を捻るように……。
跪いている彼の足の、腱に狙いを定め……。
……ズバアッ……!!
と、ひと太刀……!
「ぐはあっ!?」
そこでようやく見えない呪縛から解放され、悲鳴とともに剣を取り落とす。
同時に、サディスティックな笑いが降り注いだ。
「ンフフフフフフ……あとのダンスはこの子たちと踊ってね」
笑い仮面はくつくつと肩を震わせながら、親指で背後を示す。
そこには、驚愕の連続を目の当たりにしても微動だにしていなかった、彼の部下たちが立っていた。
もはや彼らにとって、これは日常的な光景。
相手の猛攻が全く効いていないことも、相手の折れた刃を操ることも……。
さらに折れた刀で自傷させることも、何ら珍しいことではなかったのだ。
そしてこれから、自傷させられた者が取る行動も、とっくにお見通し……!
「くっ……!」
野良犬マスクは呻くと、背中を向けて逃げ出した。
チェスナには自分がオトリになると言って、二手に分かれる。
足を引きずりながら森の中に消えていく野良犬と、こけつまろびつしながら山の上に向かって走り去る野良仔犬……。
その後ろ姿を、ツルのマスクを被った者たちは追いかけもせず、悠然と見送っていた。