17 快進撃の予兆
前回の勇者ざまぁ展開に反響がありましたので、追加でもう1話書くことにしました。
本編が少し進んでから絡ませますので、もう少々お待ちください。
クーララカの研修期間を経て、晴れて『スラムドッグマート2号店』がオープンとなった。
1号店も拡張し、店内も広々とする。
客も2店に分散するようになり、忙しさも多少軽減されたので、ゴルドウルフは次のステップへと移った。
それは、子供たちの万引きについての対応である。
ゴルドウルフがかつて『ゴージャスマート』に勤めていたとき、万引き被害を受けることが多々あった。
それは店に来る子供たちが組織的にやっていたことなのだが、それに気づいていながら咎めなかったのだ。
当時のゴルドウルフは、子供の頃に多少の悪いことも経験しても、大人になれば反省してくれるだろうと思っていた。
……彼は、『人間の行き着く先はすべて善』という考えを持っていたのだ。
しかもそれは子供だけでなく、ゴッドスマイルも、クリムゾンティーガーも、ダイヤモンドリッチネルに対してもそう。
すべての人間が、ゆくゆくは善になると思っていたのだ。
オッサンは幾多の勇者たちから、数えきれないほどクエスト中に置き去りにされても、彼らを疑うことすらしなかった。
ふたり組の若造に、はっきりと宣告され、この世で最悪の場所に置き去りにされても……!
なおも信じ、改心して助けに来てくれることを、乙女のように願っていたのだ……!
煉獄で『真実の口』に飲み込まれる、あの日まで……!
それに加え……オセロの駒のように、生と死があっさり裏返る修羅道のような三月を経て、今までの自分の考えは間違っていたのではないかと考えるようになった。
悪ガキたちは大人への背伸びとして、またはスリルを味わう度胸試しとして、店で万引きをやっているのだろうと思っていた。
しかし彼らの大半は、貧しい子供たち。
貧困から脱出するために冒険者に憧れ、武器を盗んでいた子供たちでもあったのだ。
でも、たとえ盗品で武装したとはいえ、それで正しい冒険者になってくれるのであれば、まだ良かったのだが……世の中はそううまくできてはいなかった。
そんな少年たちこそ悪い大人たちに目をつけられ、後ろ暗い道に身をやつしてしまう。
今では冒険者とは名ばかりに、獲物を求めて裏路地を徘徊する日々を送っているのだ。
もしかしたら自分の店が治安悪化の一助をしていたのではないか、という結論に達した新生ゴルドウルフは、万引きした子供への対応を変えることにした。
まず、捕まえた彼らに向かって、こう言うのだ。
「この店で働きなさい。そしたら、この武器を君にあげよう。それに、使い方も教えてあげよう」
少年少女たちを店で雇い、盗んだ武器を買うのにはどれほどの労働が必要なのかを、身をもって教えることにしたのだ。
時には、武器がどうやって作られているのかを教えるため、ツアーを組んで工房に社会見学にも連れていった。
大の大人たちが焼き窯のように暑い場所で、汗を迸らせながら焼けた鉄を打ち、1本のショートソードを作りあげるまでの姿を見せたのだ。
これは子供たちに、武器を作る大変さと、働く尊さを知ってもらいたいがために行っていたのだが、意外な効果もあった。
冒険者から鍛冶職人に憧れ、弟子入り志願する子供たちが現れはじめたのだ。
今では彼らは工房の見習いである『追い回し』となり、大人たちに混じってタンクトップ1枚で灼熱の中を駆けずり回っている。
そしてゴルドウルフはさらに、拡張した1号店の空きスペースを使って、子供相手の教室をはじめた。
冒険者学校に行けない子供たちや、学校に行っても進級のためにお金が払えない子供たちのためになるようにと。
……ここで『冒険者学校』について説明しておこう。
この世界には『勇者教育委員会』が制定している、勇者や冒険者のための学校というものが存在している。
それらは学年によって小・中・高・大に分かれ……さらに職業によって以下の4つに分けられる。
勇者学校
勇者のための学校。
ゴッドスマイルおよび国王などの子息は無条件で入学でき、将来が約束された特待生クラスに入ることができる。
しかし、貴族以下は厳しい試験をパスしなければ入学できないうえに、一般クラスまでしか入れない。
しかも試験の成績がどんなに優秀でも、保護者が多額の寄付を行っていなければ合格できない仕組みになっている。
上級職学校
騎士、大魔導師、賢者などの上級職のための学校。
貴族であれば寄付さえすれば無条件で入学できるが、庶民は厳しい試験をパスしなければ入学できない。
下級職学校
戦士、盗賊、魔法使い、僧侶などの下級職のための学校。
入学金を払えば誰でも入学ができるが、進級試験は厳しい。しかし入学金と同額を毎年納めていれば、無条件での進級が可能となる。
聖女学校
聖女のための女子校。
入学には容姿審査が最も重要視され、次に家柄審査、最後に試験結果となっている。
在学中には『ゴッドスマイル神殿』のハーレム査定と同等のものが行われ、パスした者はたとえ小学校低学年であっても、卒業を待たずにゴッドスマイルのハーレム入りとなる。
これらの学校で教鞭を振るっているのが、『導勇者』である。
ちなみに下級職学校の中学までであれば、一般の学校の教員資格があれば教壇に立つことができる。
もちろんゴルドウルフは導勇者ではないし、教員資格もなかったが、店の中で私塾をはじめることにしたのだ。
クーララカを店長に選んだのは、このあたりのことも見越してのことだった。
彼女は武人らしく愛想もクソもないのだが、腕前はあったので、やる気のある初級冒険者の指導を任せた。
そしてゴルドウルフの方はというと、まず小手調べとして、12歳以下の男女を対象とした子供教室を開いた。
好評であれば対象年齢を拡充していくつもりで。
すると店内の雰囲気は、今まで以上に華やかで、和やかになった。
聖女たちの母性あふれるやさしい笑顔と、子供たちの希望あふれる笑顔がいつも咲き乱れる場所になったのだ。
そのふたつの笑顔は、従来の冒険者用品店の概念を覆した。
いままでの店は、店内にゴミ溜めのように品物がひしめきあい、狭いせいで客どうしの肩がぶつかって口論になり、店のオヤジはいかに高く売り、安く買い叩くかばかりを考えている、殺伐とした空間だったのだ。
しかし、『スラムドッグマート』は違う……!
店名こそ野良犬であったが、アントレアの街ではどこよりも健全で、明るい空間となっていたのだ……!
そしてこれは、後に控えた『スラムドッグマート』快進撃の嚆矢……!
今はまだ、たった1本の矢でしかなかったが……後に快晴の空を、黒闇天に変えるほどの矢の雨が、『ゴージャスマート』に降りそそぐことになろうとは……!
調勇者の誰ひとりとして、想像すらしていなかったのだ……!
2店舗とはいえそれなりの話題性があったので、ダイヤモンドリッチネルの目に止まりそうなものだったが、彼は庶民向けの店がどんなに台頭してこようが、はなから相手にしていなかった。
そう……! いくら耳目を集めようが、しょせんは個人商店レベル……!
全世界でダントツのトップを走る『ゴージャスマート』の前では、それで食われるシェアなど誤差以下の範囲だと思っていたからだ……!
ダイヤモンドリッチネル……! せっかくの気付きのチャンスを、再びフイに……!
白アリの影が見えたというのに、みすみす巣に帰るのを見送ってしまったのだ……!
若き調勇者は、かねてからの計画を実行に移すのに夢中で、それどころではなかった。
これが成功すれば、自分はさらにゴッドスマイルに気に入られ、出世街道を驀進できると信じきっていた。
しかし……それはかつてないほどの、拙策、愚策、不得策……!
白アリにまざって、大黒柱をノコギリで挽くような……稀代の大悪手だったのだ……!
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