71 赤き天使
白塗りのうえに白い仮面という、珍妙ないでたちにさせられてしまったストロングタニシ。
しかし山道を先導する彼の心臓は、かつてないほどに高鳴っていた。
――ヘンッ、マジかよっ!? 夢みてぇだ!
俺が神尖組の10番隊と一緒にいるだなんて!
『神の指』といやあ、今までの神尖組どもと違って、邪教徒狩りなんてケチなことはしねぇ!
本当に有事の際にしか動かねえっていわれている、精鋭中の精鋭……!
しかしひとたび動き出せば、通ったあとはぺんぺん草も生えてこねえほどに、メチャクチャにしちまう……!
国ひとつを更地にしたこともあるっていう、恐ろしいヤツらだ!
しかも10番隊といえば、『妖術剣』の手練れで構成されている……!
なかでも隊長は、いちども斬られるところか、剣先を掠めたこともないらしい……!
そして相手を斬るどころか、剣先を掠めることもせずに、殺める……!
『月影』という二つ名があるほどに、確かにそこにいるのに、決して触ることができねぇんだ……!
そんなヤツ、神か悪魔に違いねぇ……!
それにとんでもねぇ、外道剣の使い手に違いねぇぜ……!
それがこの目で見られるだなんて、俺ぁツイてる……!
遠足に行く小学生のような、揚々とした彼の足取りの後には、噂の10番隊の者たちが続く。
スキュラを中心に、陣形を組む30名の隊員。
スキュラ以外は全員、白いペストマスクのようなものを被っているのでひたすら不気味な見目。
背中にはタンクのようなものを背負っており、チューブで繋がった棒の先から、ガスのようなものをあたりにまき散らしながら進軍していた。
ストロングタニシは最初はウキウキしていたので気付かなかったのだが、途中で薄紫の煙があたりにたちこめはじめたので、隊員たちの散布に気付く。
「ヘンッ!? そりゃ、何をやっているんですかい? 土いじりでもするつもりで?」
しかし、答える者はない。
無機質なマスクごしの、シュコーシュコーという呼吸音が返ってくるのみ。
しょうがないのでストロングタニシは彼らに背を向け、案内を再開しようとしたのだが……。
行く手に突如として現れたふたつの人影に、「ヘンッ!?」と頓狂な声をあげてしまう。
「の……野良犬野郎っ!? それに、娘っ子まで!?」」
子連れの狼のように、獣道に佇む野良犬マスク。
その背後には、こわごわと覗き込むチェスナが。
ストロングタニシは身構えた。
「な……なんでこんな所にいるんだよっ!?」
しかし、またしても答えはない。
野良犬マスクは無言のまま一歩前に出ると、腰に携えていた剣を引き抜いた。
「へっ……!? ヘンッ……! 俺様と、やろうってのか!?」
ストロングタニシは担いでいた長剣に手をかけたが、抜刀するより早く、背後から迫ってきた隊員に押しのけられてしまった。
そのまま道の脇にあった茂みに、「どわっ!?」と突っ込んでしまう。
陣形を保ったまま、野良犬マスクに対峙する10番隊。
ふと前面の人垣が割れ、白塗りの笑い男が姿を表した。
「ンフフ……。あなたが噂の『野良犬マスク』ね。サイ・クロップスちゃんを倒し、ゴルゴンちゃんを行方不明にしたっていう……。その構えからして、少しはやるようね」
彼は、朝日に照らされたオッサンを品定めしながら、両脇にいた隊員たちから差し出された二本の刀を、
……シュラン……!
と引き抜く。
「普段はこの子たちにお任せで、スキュラちゃんはめったに剣は握らないのだけど……久しぶりに遊びたくなったわ……ンフフフフ……」
その忍び笑いに、茂みから顔を出して刮目していたストロングタニシは戦慄する。
――ヘンッ!?
そういえば、こんな言葉を聞いたことがある……!
スキュラにとって、剣とは斬るものではない。ましてや振り回すものでもない。
ただ握ってかざすだけのもので、そして手鏡のように己を映すだけのもの……!
登り始めた太陽の光が、ふたつの妖刀のなかで、魔眼のようにギラリと輝く。
「ウッ……!?」
まぶしさに、思わず顔をそむけてしまう野良犬マスク。
神尖組の者たちはもちろん、ストロングタニシですらその瞬間を見逃さなかった。
――ヘンッ!? 野良犬マスクが、反応した……!?
今までサイ・クロップスと斬り合っても、第13番隊の4班とやりあっても、ただ淡々と……!
枝打ちをする庭師みたいに、黙々と命を刈り取っていた野良犬マスクが……!?
スキュラほどの手練れを前に、相手から目をそらすなど、うかつなことを……!?
いいや……!
それほどまでに、このスキュラが上手なんだ……!
しかも目くらましが成功して、絶好のチャンスだってのに、スキュラは動きもしねぇ……!
相変わらず、ニヤニヤと笑ってやがる……!
今までの神尖組のヤツらとは、違う……!
器が違いすぎる……!
先に動いたのは、野良犬マスクだった。
まぶしさを振り払うように大きく踏み込んで、ノーガードのまま佇むスキュラめがけ、渾身の一撃を……!
……ガキィーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
その斬撃はまともに入ったかのように見えたが、薄皮一枚のところで、見えない障壁のようなもので阻まれてしまった。
深紅の三日月ような口から、チロチロと舌が這い出る。
「ンフフ……残念。スキュラちゃんにはその程度の攻撃は、避けるどころか受け太刀をする必要もないの。ぜぇんぶこの子たちが、守ってくれるから……」
剣を捧げるように動かし、両腕を斜十字にクロスさせる。
握りしめた手には、彼の唇の色をなしているかのような、二つの宝玉が……!
茂みの中から、息を呑む声がした。
――ヘンッ!? あ、あれが、『拒絶の石』……!?
身に付けていれば、たとえ隕石が落ちてきてもカスリ傷ひとつ負わないという……!?
ひとつだけでも絶大な防御力があるっていうのに、ふたつも持ってるだなんて……!?
あっ、ああっ!? それが、赤く輝いて……!?
……ギュォォォォォォォォォォォ……!!
宝石が放つ光に、スキュラの両手が妖艶なる妖炎に包まれる。
さらに剣に力を注ぎ込むように、燃え上がった……!
「くっ……!」
呻いて距離を取る野良犬マスク。
……ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!
その背中に、黒い翼のようなものが翻った。
――ヘンッ!?
あ、あれは……マジックアロー……!?
しかも黒のマジックアローだなんて……!?
野良犬マスクの野郎は、魔法剣士だったのか!!
「ンフフ……。『赤』に対抗するには『黒』ってわけね。しかも高位の術者にしか使いこなせない漆黒の魔法矢弾だなんて……。それも、あんなにたくさん……。ンフフフフフ……少しは楽しめそうね……」
赤き炎の剣士に対し、オッサンはついに、黒き翼を……!?
それは炎をまとった熾天使と、闇をまとった悪魔が対峙しているかのような……。
世紀の戦いの幕開けを告げる、光景であった……!