69 最後の切り札
野良犬マスクが穴熊囲いの中に籠もったまま、人知れず『歩兵』を集めている頃……。
リヴォルヴはついに、最大の大駒を切った。
それは、将棋にチェスの駒を持ち込むような……。
もしくは『取った相手が死ぬ』のような、小学生が考えたかのような、掟破りの駒……!
神尖組の13番隊であるゴルゴンはいまだ行方不明。
となると次に呼び寄せるは、12番隊が妥当なのであるが……。
一気にふたつすっ飛ばし、10番隊を呼び寄せたのだ……!
それはリヴォルヴにとっては最後の切り札どころではなかった。
自分の肉をそぎ落として、盤面に置くほどのリスクを背負った一手だったのだ。
神尖組の10番隊より上位のナンバーは『神の指』と呼ばれている。
それほどまでに、ゴッドスマイルにより近い存在。
今回呼び寄せた10番隊の隊長は、階級的にはリヴォルヴと同じ座天級なのだが、すぐに追い抜かれることがわかっているほどの実力者。
今までの神尖組の隊長のように、おいそれと島に呼び寄せられる相手ではない。
しかしあと1週間後に控えた神尖組の入隊式典には、10番隊の隊長から祝辞が寄せられる予定になっていた。
野良犬退治のためだけに呼び寄せるのは無理なのだが、式典に来るのであれば、早めに現地入り依頼して、協力要請をすれば……と目論んでいたのだ。
そしてグレイスカイ島へとやって来た、10番隊隊長スキュラ。
相手が相手だけに、書斎で立たせて話をするわけにもいかず、リヴォルヴは滅多に使わない応接室に丁重にお通しした。
「スキュラ様、このたびはお呼びだてして、誠に申し訳ありませんナ」
ソファに腰掛けたまま膝に手を置いて、軽く頭を下げるリヴォルヴ。
彼がこうして会釈することなど、滅多にあるものではない。
いつも愛猫のように抱いている拳銃も、今日は書斎に置きっぱなし。
「ンフフ、いいわよ別に。どーせこの島に来ることになっていたから、早めに来て、バカンスでも楽しもうかと思っていたところよ」
ソファに腰を深く沈め、異常に長い手足を組むスキュラ。
それだけでもメスのカマキリのようで恐ろしかったのだが、顔はもっと不気味であった。
石膏のように真っ白に顔面を塗りたくっており、黒檀のような真っ黒な髪とのコントラストは、まるで葬式の鯨幕のように不吉。
目のまわりを縁取るような真っ赤なアイシャドウに、そして血のしたたっているような口紅。
それらがうっすらとした笑みを形作り、塗り固められているかのように変わらない。
そして蛇のように瞬きをせず、じっと見つめてくるので……。
リヴォルヴは交尾が終わったばかりのメスカマキリに睨まれているような気分になって、非常に居心地が悪かった。
「は、はぁ……そうでしたか」
「でもこの島、この前スキュラちゃんが来たときと、なんだか変わってなぁい? 港も街中も、このお屋敷も……なんだか冬の空気みたいにピリピリしてるわ」
「はぁ、実はそのことで、スキュラ様に、ご相談したいことがありましてナ……」
リヴォルヴはカマキリと世間話をする趣味はなかったので、さっさと本題に入った。
シンイトムラウに立てこもっている野良犬によって、今この島は戒厳令にあることをかいつまんで話す。
そしてあと1週間後に控えた入隊式典までに、その問題を解決したい旨を説明した。
リヴォルヴの話を、ネイルを眺つつ聞くスキュラ。
正確には自分のツメではなく、両手の指にはめた大きな宝石を見つめていた。
話が終わったあとも、スキュラは宝石に夢中。
窓の光に透かしたり、またテーブルの下に潜り込ませたりして、変化を楽しんでいだのだが……。
やがてそれも飽きたように顔をあげると、
「ふぅん、なるほどぉ……。それでこのスキュラちゃんを呼び出したのね」
リヴォルヴはてっきりうわの空かと思ったのだが、急にまたあの瞳で見据えられ、ブルッと身震いした。
「い、いえ、呼び出すだなんて、そんなつもりは……」
「ンフフ、まあ、なんでもいいわ。リヴォルヴちゃんには昔お世話になったし。コレで、ね」
パッと両手を広げ、ふたつの深紅の宝石を向けるスキュラ。
これは、『拒絶の石』と呼ばれる伝説の秘宝。
身に付けた者は、すべてを拒むことができる。
何者であっても、身体に触れることすらできなくなってしまう。
剣や矢はもちろん、魔法であっても傷つけることはできない。
持ち主に触れる方法は、ただひとつ。
持ち主の血を飲んで、心からの忠誠を誓うことである。
よって『拒絶の石』を持つ者を傷付けることは、絶対に不可能とされている。
かりそめの忠誠を誓って近づき、傷つけようとしたところで、宝石には通用しないからだ。
しかもスキュラはその恐るべき石を、ふたつも持っている。
もはや神や悪魔ですら、彼の頬を撫でることすらできないと言われているのだ。
そのうえ彼は、神尖組きっての『妖術剣』の使い手。
『妖術剣』とは剣の動きで相手の心を惑わす剣術である。
彼は剣を持っているものの、隊長になってからはそれを斬ることに使ったことは一度もない。
剣を怪しく動かすだけで、相手は同士討ちをはじめ、残った最後のひとりは自害してしまうからだ。
そう……!
彼は誰にも触ることができないが、彼自信も、誰にも触ることはない……!
絶対的に不可侵な存在……!
それこそが、彼を『神の指』のひとりだと言わしめたるゆえんなのだ……!
その魔石の光がキラキラと目に当たり、リヴォルヴは眉根を寄せた。
しかし顔を背けることだけはしない。
何者も拒むスキュラであったが、相手から拒まれるのは大嫌いだというのを知っていたからだ。
リヴォルヴは無理に愛想笑いを浮かべる。
「じゃあ、野良犬退治を引き受けてくださるんですかナ……?」
「ンフフ、もちろんよ。他ならぬリヴォルヴちゃんの頼みだしね」
能面のように、笑い顔で凝り固まったままの表情。
赤い唇から、蛇のような舌だけがペロリと這い出る。
「でも……例のモノはちゃんと用意しておいてね」
「は、はぁ、それはもう、抜かりなく……!」
「ンフフ、いい子ね。それじゃあ、明日の朝に行ってくるわ」
あっさりそう言いながら、音もなく立ち上がるスキュラ。
白い影のような立ち姿は、座っている時以上に人間離れしていた。
ひょろ長の手足は、竹馬に乗っているかのようにゆらゆらと揺れ……トーテムポールの一部のような顔面で、じっと見下ろしてくる。
「あ、そうだ。あと、案内人のワイルドテイルちゃんって、いいオトコ?」
そんなナリでそんなことを尋ねてくるものだから、リヴォルヴは都市伝説に遭遇した少年のように、言葉を詰まらせてしまった。
「うっ……!? ……あ、い、いえ……。山賊みたいに、醜くて汚い男ですナ」
「いやぁん。汚い男なんて、スキュラちゃんは目にも入れたくないの。明日までにちゃんとしておいてね」
「はっ……はぁ、わかりました」
「ンフフ……よろしくね」
顔はハッキリとあるのに、顔のない幽霊のように揺れながら……。
スキュラは屋敷をあとにした。
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●御神級(会長)
ゴッドスマイル
●準神級(社長)
ディン・ディン・ディンギル
ブタフトッタ
ノーワンリヴズ・フォーエバー
マリーブラッドHQ
●熾天級(副社長)
キティーガイサー
●智天級(大国本部長)
ライドボーイ・ロンギヌス
ライドボーイ・アメノサカホコ
ライドボーイ・トリシューラ
ライドボーイ・トリアイナ
●座天級(大国副部長)
デスディーラー・リヴォルヴ
ゴルゴン
New:スキュラ
●主天級(小国部長)
ゴルドウルフ
●力天級(小国副部長)
●能天級(方面部長)
●権天級(支部長)
ジャンジャンバリバリ
●大天級(店長)
●小天級(役職なし)
○堕天
サイ・クロップス
ジェノサイドダディ、ジェノサイドファング、ジェノサイドナックル
ミッドナイトシャッフラー、ダイヤモンドリッチネル、クリムゾンティーガー
ライドボーイ・ランス、ジャベリン、スピア、オクスタン、ゼピュロス、ギザルム、ハルバード、パルチザン
名もなき戦勇者 170名
名もなき創勇者 61名
名もなき調勇者 113名
名もなき導勇者 167名
今章における神尖組の隊長との戦いは、このスキュラでラストとなる予定です。
そして、ちぃ様からレビューをいただきました、ありがとうございます!
ご指摘いただいた誤字のほうは「穴熊囲い」という将棋になぞらえた表現のつもりでした。
でもたしかに分かりづらいと思いましたので、穴蔵という表現も使わせていただきました!
ご指摘ありがとうございます!