66 顛末の報告
次の日の朝。
カジノのオーナーは、リヴォルヴの屋敷に出頭していた。
空はシンイトムラウの上空を除いて、今日も雲ひとつなく澄み渡っている。
書斎の中に吹き込む爽風は、心まで洗われるように心地良いというのに……。
立たされている彼だけは、まるで潮風を嫌う金属のように、身を縮こませていた。
「……で? お前さんはこう言いたいんだナ? ワイルドテイルの女をさらってきた、シャンパンアケマクリと名乗る煮卵みたいナ面した男が、カジノに売り込んできて……。ソイツおかげで、大儲けできた、と……」
「はっ、はひぃ」と、声を裏返して答えるオーナー。
彼は、雨の中で擦り寄ってきた捨て犬を拾うどころか、その犬を蹴り飛ばすくらいのことをしても見直されるほどの、いかつい顔をしている。
クラスのあの子も、「擦り寄ってきた捨て犬を拾うだなんて、見かけによらずやさしいのね……!」ではなく、「擦り寄ってきた捨て犬を殺さずに、蹴るだけですませるなんて、見かけによらずやさしいのね……!」などと錯覚してしまうほどの、超コワモテ……。
あまりの顔面凶器っぷりに、並のチンピラ程度であれば一瞥するだけで視殺できるほど。
その力でワルどもを従え、今やカジノ界では知らぬ者がいないほどの大物である。
しかしそんな彼ですら、死の商人の前では、たらい回しにされた猫のように大人しい。
彼は怯えすぎるあまり、紫になった唇を、やっとのことで震わせた。
「はひっ……! そ、その男と、ワイルドテイルの女がコンビを組んで、『狭間ルーレット』をマワしてたんですが、初日から客たちも大喜びで……! それからはずっと、そのふたりにマワさせてたんです……!」
「それで全席立ち見にナるほどの、大人気になった、と……。そして昨日、大勢の客が見ている前で本性を現したんだナ?」
「はいぃ! ずっと球をやってたワイルドテイルの女が、煮卵野郎のことを、野良犬マスクの一味だって言いだしまして……! 調べてみたら、煮卵野郎のポケットの中から、野良犬のマスクが……!」
「ふぅん、それで?」
「それで、女が持ちかけてきたんです! 邪教徒ではないワイルドテイルをルーレットにかけたことがバレたら、ただではすまないだろうと……! 黙っていて欲しければ、煮卵野郎を球にして、自分にMCをやらせろと……!」
「ようはお前さんは、そのネタが俺の耳に入るのを怖れて、言いなりにナっちまったってわけだナ?」
「はっ、はうっ!? い、いいえ! 決してリヴォルヴ様に隠し立てするつもりでは……! あっ! そそそ、そうです! 野良犬マスクの一味なら、『狭間ルーレット』に掛けろと、客からリクエストがありましたので……!」
「まぁ、いいやナ。で?」
「はひっ! 煮卵野郎もなかなかのマワしっぷりでしたが、そのワイルドテイルの女もかなりの腕前でして……! 客どもをどんどん焚きつけて、賭け金を積ませたんですよ! そ、それも100億¥! なんと100億¥ですよ!? 手数料だけでも、カジノの1ヶ月の売上分くらいには……!」
「金の話ナんてどうでもいい。それで、どうナった?」
「それがその、えーっと……。そ、そうだ! きゅ、急に客どもがインチキだって騒ぎはじめまして……! きっと掛けた金が惜しくなったんでしょうね! 暴れだしまして、それで……!」
「それで、神尖組のやつらのほとんどを駆り出すようナ、大騒ぎにナった、と……。しかもそのうえ、煮卵野郎は取り逃しちまった、と……。お前は、そう言いたいんだナ?」
「は、はひっ! あの煮卵野郎、ルーレットから外したとたんに口八丁手八丁で、神尖組の方々をケムに巻きまして……! そのうえゴキブリみたいにすばしっこくて、あっという間に逃げていきまして……! う……ううっ! すいませんっ! すいませんでしたぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
オーナーは半泣き顔で、がばっ! と床に伏せる。
その頭上から、
パチリ……。
と、金属のパズルのピースをはめ込むような音がした。
オーナーは、支配者から参加者になったことを知り、亀のように縮こまる。
「ひ……ひいいっ! ろ……『ロシナンテルーレット』だけはお許しをっ! お許しをををっ!!」
「まずひとつめ。ワイルドテイルの女に、『踏み絵』をせずに異教徒だと判断し、『狭間ルーレット』にかけたんだよなナ」
……パチリ。
「そしてふたつめ。それを俺に、隠そうとした……」
……パチリ。
「次にみっつめ。煮卵野郎が野良犬マスクの一味だとわかった時点で、神尖組に突き出さずに……テメーの判断で、『狭間ルーレット』の球にしたんだよナ」
……パチリ。
「まだある、よっつめ……。野良犬マスクのせいで、島は戒厳令にあるっていうのに……。さらに、騒ぎを大きくしゃがったんだよナ」
……パチリ。
「最後に、いつつめ……。野良犬マスクの一味を、取り逃がしやがったんだよナ」
「ひっ……ひいいっ! ごっ、5発もっ!? 5/6だなんて、酷すぎますっ! 『踏み絵』を省略したのは、カジノスタッフの不手際ですっ! 煮卵野郎が野良犬一味だとわかっていても、脅されて通報できなかったんですっ! 煮卵野郎を球にしたのも、同じ理由からですっ! 騒ぎを大きくしたのは、むしろ、神尖組の方々で……! だっ、だから私は悪くありません! 悪くないんですぅぅぅぅぅっ!!」
「はぁ? 勘違いするナって。俺ぁ別に、いま言ったヘマを責めるつもりはねぇよ。そんナのがどうでもよくナるくらいの、どでかいヘマを、お前さんはやらかしちまった。相棒に5発もの弾を込めたのは、そのせいだナ」
「ええええっ!? いまおっしゃられた以外のヘマなんて、しておりませんっ! それはいったい何なのですかっ!?」
「まだ、わからねぇか……? 野良犬一味と組んで……イカサマをしてたんだってナァ……? 『笑い薬』とやらを使って……。ナァ、知らねぇとは言わねぇよナァ……? この俺が、運命を弄ぶことを、女房の寝顔くらい見たくねぇってのを知ってて……」
「ひっ!? ひぎいいいいっ!? でっ、でもっ! でもでもっ! そのおかげで100億¥も儲かったんですよ!? ドサクサ紛れにゲームはお流れになったから、そっくりそのままカジノの儲けに……! そっ……そうだ! 今回の儲けは、全額上納させて頂きますからっ! ですからっ! どうか、どうかぁぁぁぁ……!」
「さっきも言っただろう、金の話なんてどうでもいいってナ。俺は生命以外のチップには興味ねえんだ……!」
グググ……! と引き絞られていく銃爪。
かつてオーナーだったプレイヤーの顔は、すでに浜辺の倉庫に放置された金属のように、赤サビにまみれた土気色になっていた。
「あっ……!? あああああっ!? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
エンジョイ……!
ライヴ・オア・ダイ……!
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!