65 野良犬レディの反撃12(ざまぁ回)
ジャンジャンバリバリは、雲海の上にいた。
周囲は星ひとつない、暗幕が降りたような黒天。
そこには、闇のオーロラのように空を支配する、釈迦だけがいた。
彼女は穏やかな笑みをたたえたま、ジャンジャンバリバリに向かってこう口を動かす。
よくぞ言った……! ならば、望みのものをくれてやろう……!
……グワッ……!
釈迦の手が振り上げられ、開かれる。
それは、星形をしており、月の裏側のように歪であった。
それが、世界を滅亡に導く黒き流星のように、降り注ぎ……!
……グワシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーンッ!!!!
ジャンジャンバリバリを、わしづかみっ……!
拷問を受け続け、涙も涸れ果てた亡者の眦から、あたたかい涙があふれる。
自然と笑みがこぼれるのを、たしかに感じていた。
「やっ……た……。やった、じゃん……。アフロ・名実況・満面の笑顔……。すべてを、手にいれたじゃんっ……」
潤む瞳とは真逆に、声は干からびていた。
しかしそんなことは、どうでもよかった。
そしていつのまにか、釈迦は消えていた。
白波のような雲の向こうから、朝日が昇ってくる。
ジャンジャンバリバリは、その陽光の一部となったかのように、両手両足を大の字に開き、快哉を叫んだ。
「見るじゃん! 見るじゃん見るじゃん見るじゃん! みんな……見るじゃんっ! この、『満面の笑顔』をっ……!! この顔に見覚えがないとは、言わせないじゃんっ! そう……! 俺は勇者、ジャンジャンバリバリ……! みんなを笑顔にし、アゲアゲにする正義の導勇者じゃぁぁぁーーーんっ!! さあっ、みなのものっ! ひかえおろうじゃんっ!!」
そして、太陽に向かって……。
いや、自らが太陽となってしまったかのように、叫ぶっ……!
「ジャンジャンバリバリ、不死鳥のように復活じゃんっ!! ジャンジャン、バリバリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
……バンッ!!
と強い光に眼球を焼かれ、彼の風景は一転した。
気がつくと、そこは……。
天国などではなかった。
もちろん、地獄でもなかった。
太陽かと思っていた光は、ステージを照らすスポットライト。
自由を謳歌するように大の字に開いた手足は、なおも拘束されたまま。
そして眼下にひしめきあう屍の山は、亡者などではなく……。
ライトの光でシルエットのようになった黒き釈迦は、釈迦などではなかった……!
『聞いたか!? 皆の者! たったいま球が叫んだことを! そして見たか! 私がこの薬瓶の中身を、球の顔に塗ってやったとたん、あふれんばかりの笑顔になったことを……!』
……ハッ!? と息を呑むと、焼け付くような空気が肺に入った。
そして意識が、さらに覚醒する。
電撃水槽により、死の淵をさまよっていたジャンジャンバリバリ……。
持ち前のハングリー精神と、勇者の遺伝子に刻み込まれたしぶとさで、なんとか生還した彼を、待っていたのは……。
今まで彼が積み上げてきたものを、すべてブッ壊すような、告発……!
しかも発信源は、自分っ……!
そう……!
クーララカがジャンジャンバリバリを殺さずに踏みとどまれたのは、この最後の告発をさせるためだったのだ……!
「ち……! 違うじゃん違うじゃん違うじゃんっ!! お……俺はその女にハメられたんじゃんっ!! 電撃水槽で死にかけのところに……誘導されただけじゃんっ!!」
と、否定してみたところで、もう手遅れ……!
彼はこれまで持ち前の口舌で、多くの人々の心を動かしてきたが……。
今回の一連の雄叫びは、彼のMC史上もっとも力の入った、魂のシャウトであった……!
それがセレブ界を震撼させないわけがない……!
「あ、あの……! 邪教徒……!」
「それどころか勇者様の名まで騙る、不届き者……!」
「そのふたつだけでも、死罪に値するというのに……!」
「それだけでは、飽き足らず……!」
「私たちにずっと、イカサマをしてきたっていうの……!?」
「ねーねー、そんなことよりも、おなかすいたー!」
「しっ、静かに。これからがいいところなんですから」
「お、俺は、俺は……! 今のMCである『笑う邪教徒』が、この『狭間ルーレット』に掛けられたときから、ずっと常連だったんだ……!」
「私もよ……! どれだけ水責めされても『満面の笑顔』を浮かべていたから、とても悔しくて、ルーレットの回転数をあげるために、たくさんベットしたわ……!」
「でもそれも、ぜんぶぜんぶ、このカジノに持ってかれちまってたんだ……!」
「それでもいい、それでもいいと思ってた。いつかあの『笑う邪教徒』が泣き叫ぶ姿を見られると思って、投資するつもりで、このカジノに通い詰めていたのに……!」
「笑顔は、ぜんぶつくりもの……! 薬で作り出された、まがいものだったなんて……!」
観客席から、ふつふつとした怒りがわき上がってくるのを感じたクーララカは、いよいよ『最後の仕上げ』に入った。
『どうだ、身をもって理解したか! この島のカジノのやり方というものを! すべてはイカサマ、すべてはまがいもの……! 派手な虚飾で目を奪い、中身はなにひとつない……! 嘘で塗り固められ、中身はカラッポ……! この島に真実など、なにひとつないのだ!』
その明らかなる先導によって、天国から地獄へと突き落とされる人物が、もうひとり。
舞台袖で飛び上がったオーナーは、「あいつを取り押さえろ!」とスタッフにジェスチャーを送る。
用心棒たちが次々にステージにあがり、クーララカを取り囲んだ。
ゴリラに取り囲まれてしまった、野良犬レディ……!
しかしてその表情は、大胆不敵……!
クーララカは拡声棒を放り捨てると、女狼のような鋭さであたりを睨みまわした。
「私は、剣もまともに抜けぬ、牙なしの狼……! だが牙などなくとも、貴様らなどに遅れを取ることはない……!」
一斉に襲いくるゴリラたちをいなしながら、狼の群れを呼び集める遠吠えのように、開戦を知らせるビューグルのように叫ぶ。
そう……!
女将軍のように振る舞い、兵士の士気を高揚させるような彼女のMCっぷりは……!
最終突撃命令を下すための、布石だったのだ……!
「さあっ!! 皆の者!! 立ち上がるのだ!! この島のインチキカジノに制裁をっ!! まずは手はじめに、このカジノからぶっ潰すのだっ!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
セレブたちはその優雅な見目とは真逆の、山賊のような雄叫びをあげると、ステッキや日傘を手に手に、ステージになだれこんでいった。