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64 野良犬レディの反撃11(ざまぁ回)

 ……ざばぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!



 その男は、七回転目を終え、引き上げられた。


 さながら、消滅寸前の黒き太陽が……。

 最後の光を届けるように、残ったすべての力を振り絞って、水平線から昇ったかのように……。


 その見目は、見るも無惨……!


 七つの大罪を裁かれた後のような……。

 七つの地獄を巡ったあとのような……。


 信者からも見放され、石を投げられたような聖人のような、見るも無惨な様相を曝け出していた。


 最高級のタキシードは、漂流者の着衣のようにボロボロに焦げ、焼け落ちている。


 その隙間から褐色の肌はさらに色濃くくすみ、シュウシュウと煙を立ち上らせている。

 浮き出た血管と肌の色は、さながら渇死した樹皮のよう。


 目から耳から鼻から口から、下腹部から……。

 穴という穴から腐った虹のような液体を垂れ流す。


 これは当人にしかわからないことであったが、彼の視界はひび割れた鏡のように、幾重もの光景を映し出してた。

 しかしそのなかに、現世(うつしよ)はひとつもない。


 電撃のスパーク、迫り来る死神、そしてめくるめく走馬灯。

 死の万華鏡のような世界が、ただひたすらに広がっていた。


 もはや肉体、精神ともにライフゼロ。

 しかし、止めてくれる者はひとりとしていない。



「あっはっはっはっはっ! いいぞーっ!」



「まるで干からびたゾンビみたい! いい気味だわっ!」



「死んだか!? ついに死んだか!?」



「いや、まだ生きてるみたいだぞ!」



「そうこなくっちゃ! まだまだ足りないもの! もっともっと苦しめないと!」



 「もうやめて!」と止めるどころか、「もっとやって!」とけしかけるヤジのほうが大多数であった。


 しかし、それらの声すらも、彼の耳には届いていない。

 しかし、彼は天国への蜘蛛の糸を掴んだ亡者のような、希望に満ちていた。



 ――や、やった、じゃんっ……!

 こ、これで、これで、『笑い薬』がもらえるじゃんっ……!



 亡者は、糸を必死になってたぐり寄せ、這い上る。

 追いすがる死神の手を蹴りやって。



 ――アフロと、名実況、そして『満面の笑顔』があれば……。

 揃う……! 揃うのじゃんっ……!



 そして、頂上にたどり着いた亡者は……。

 揃えばなんでも願いが叶うといわれる、伝説の龍球に向かって、手を伸ばす……!



 ――伝説の、MC……!

 『ジャンジャンバリバリ・アフロディーテ・ゴージャスティス』……!

 その復活に必要なものが、すべて……!



 それはあと少し、あと少しのところ……!

 指の関節が、あともうひとつあったら届いていたほどの、わずかな距離……!


 雲間から、お釈迦様が顔を出す。

 亡者は思わず、口に出していた。



「こっ……このとおり、電撃水槽にも耐えてみせたじゃんっ! はっ……はやく! はやくくれじゃん!」



 薬を欲するジャンキーのように、干からびた手を伸ばす。

 しかしお釈迦様は、「はて?」と首をかしげるばかり。



「と……とぼけないで欲しいじゃんっ! この7周目に耐えたら、くれるって約束したじゃん!」



 いつもうっすらとした笑みを浮かべている彼女の口元が、わずかに吊り上がる。



「くれる……? はて、なんのことだったかなぁ……?」



「ひっ……ひいいっ! 酷いじゃんっ!? 騙したんじゃんっ!?」



「いや、騙すつもりはない。私も、約束をしたことだけはちゃんと覚えている」



「なっ、なら早く! 早くよこすじゃんっ!」



「ただ問題は、その内容……。貴様が『くれる』だの『よこす』とだのと言っているということは、私は貴様になにかを渡す約束をしていたのだろうなぁ……?」



 最後の龍球(パーツ)を求めるあまり、彼はもう、見えてはいなかった。

 お釈迦様の口元が、まるで地獄の鬼のように、ニタア……! と歪んでいるのを……!



「それでは問おう……! 貴様は、なにを求めている……!? それをハッキリと申せば、くれてやろう……! さあ、答えるのだ……! 天国と地獄、両方に届くほどの魂の叫びを持って……! さあっ! 言えっ! 叫べっ! 振り絞れっ……! 貴様の願いをっ……!!」



 ……すうっ……!



 彼は、釈迦に挑む孫悟空のように息を吸い込む。

 餓鬼のようにボコンと腹が膨らんだ。


 そして彼は、(うた)う……!


 この惑星(ほし)の、臍のような灰色の島で……!

 愛を、希望を、欲望をっ……!


 ジャンジャンバリバリと、謳いあげたのだっ……!!



「わっ……笑い薬っ!! 塗ればたちまち笑顔なれる、笑い薬が欲しいんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」



 地獄の蓋が開いたかのような轟音が、ゴゴゴゴゴッ! と地を揺らした。

 窯の底から、無数の亡者たちがあふれ出でる。



「その笑い薬を使って、俺が『満面の笑顔』になれれば……! 俺が、ジャンジャンバリバリであることが、証明できるじゃんっ!!」



 人間ピラミッドのように積み上がり、襲いかかってくる亡者たち。

 それをなぎ払うように、さらに声を張り上げる。



「俺はずっとずっと、そうやってきたんじゃんっ!! 路地裏で捕まえたワイルドテイルを、場末のカジノに持ち込んで……! 薬を使って笑わせて、馬鹿な客どもから金を巻き上げてたんじゃんっ!!」



 ごはぁぁぁぁぁぁっ!! と口から血が噴き出す。

 しかし彼は、叫ぶのをやめなかった。



「そしてついに、頑丈な女を手に入れたんじゃん!! だから俺は、この島いちばんのカジノに売り込んだ……!! そして笑い薬を使って、大儲けしたんじゃんっ!!」



「この100億(エンダー)がかかった大勝負で、俺が『満面の笑顔』になれば……! 一気に大金持ちになれるんじゃんっ!!」



 もはや喉は見る影もなく、声も聞く影もないほどに、潰れていた。


 しかし彼は、この想いが届けば声などいらぬとばかりに……。

 肺がパンクするほどにパンクな雄叫びを、あげ続ける……!



「大金持ちになれたうえに、この下にいる醜くて汚い、金の亡者どもを……!! 一文なしにできるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」



「俺は地獄から這い上がって、こいつらを地獄の奥底に叩き落としてやるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!!! ジャンジャン、バリバリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」



 それは、まさに一世一代の、魂の名演説。

 それは、多くの者たちの心を揺さぶった。


 そして……天国は、静寂を……。

 地獄の鬼は、釈迦の笑みを取り戻していた。

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