63 野良犬レディの反撃10(ざまぁ回)
今回は暴力的なシーンがあります。
今まで読んできて大丈夫だったら平気だと思うのですが、苦手な方は読み飛ばすようにしてください。
飛ばしても話はわかるようにしてあります。
とある創勇者が、夜空を見上げながら、憧れの人を思っている頃……。
その彼は、顔全体の筋肉を無理矢理ひんまげて、笑顔とも恐怖ともつかぬ表情を作っていた。
「は……狭間ルーレットは7周目に突入じゃぁぁぁぁぁぁーーーーんっ!! 7といえば、ラッキーセブンっ……! あ、遊びは終わりじゃぁぁぁぁぁーーーんっ!! 今まで俺はゲームを盛り上げるために、演技してたんじゃぁぁぁぁぁーーーんっ!! ここからは本当の本気……! この熱湯電撃水槽を受けてもなお、『満面の笑顔』で実況してやるじゃぁぁぁぁぁーーーんっ!!」
彼を支えているのは、たったのひとつのこと……。
この7周目を終えたあとに与えられると言われた、『笑い薬』……。
――あっ……あの薬さえあれば、どんなに痛い目にあっても笑顔でいられる……!
それはワイルドテイルたちで、さんざん実証済みじゃんっ!
特にあの女に塗った薬は、効果絶大……!
死ぬ寸前くらいまでルーレットにかけても、ずっとムカつくほどの笑顔だったじゃん!
だからあの薬が、俺にもあれば……!
ジャンジャンバリバリの笑顔を、取り戻せる……!
あとは苦しいのだけを我慢して、なんとか実況できれば……!
俺がジャンジャンバリバリだというのを、証明できるじゃんっ!!
嗚呼……!
なんとも皮肉な話であろうか……!
無一文となったジャンジャンバリバリは、路地裏にいるワイルドテイルを捕まえ、『狭間ルーレット』にかけてきた。
その残虐行為の理由は「金が欲しかった」から……!
「金をためて、カツラを買いたかった」から……!
自分のくだらないプライドを守るためだけに、罪なき人々を、デスゲーム以下の拷問にかけ続けてきた……!
そして観客たちから金を巻き上げるために、『笑い薬』を用いて、インチキを繰り返してきた……!
しかし今の彼は、真逆の立場にいる。
狭間ルーレットにかけられ、笑顔のために薬を欲している……!
これを因果応報と呼ばずして、なんとする……!?
運命の水車が、ついに廻りはじめる。
熱湯で腫れあがった彼の顔は、スモッグに汚染された夕陽のようであった。
それが水平線の向こうに沈むように、水槽の中に消えていく。
水面にわずかに触れたとたん、
……バチイッ!!
と青い閃光が弾けて「ギャッ!?」と顔を背けるも、彼はめげない。
この一周、この一周を耐えれば『笑顔』が待っていると、自分に言い聞かせ……。
しゃがれた声を、無理矢理引き伸ばした挙句、裂けてしまったような音で……!
「ギャンギャン、ギャリギャリィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーッ!!!!」
魂の雄叫びを放ちながら、沈んでいった……!
穢れた夕陽が、青く輝く大海原に飲み込まれように……!
直後、
……ズババババババババババババァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
スピーカーがハウリングを起こしたよう、耳障りな叫喚が、カジノを揺らした。
「あwrfごj;ひbdfgsぽいj:@あszf:;dlkjわえfrp@おいじぇを8iujeam¥;vclkzsxdーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーふぇわおいjーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?」
身体じゅうを青筋のような稲光が這いまわり、ショートし続ける蛍光灯のように火花が炸裂。
全身がバリバリと逆立ちながら明滅し、ビカビカと骨が輝き透ける。
断続的な電気ショックを受け、顔が、胸が、手が、足が、激しく痙攣。
「うぎゅえtrをあぴぃうえtろあいすじぇtろいわうyfdbgjslk;えあとりうxvcsぞいじゅ@dy45^0-うぃstrhpj:どえwtr0p9お@せplgh:おj;rfdーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?!?」
赤く腫れ上がった肌、破裂せんばかりに浮き出た血管。
全身が剥き出しの心臓になってしまったかのように、ビクビクと脈動。
正常な神経の持ち主なら、直視できないほど惨たらしい光景であったが、観客席はフィーバータイム。
まるで花火の大トリの瞬間のように、ヤジを飛ばしていた。
「ヒューッ! いいぞいいぞいいぞーーーーーーっ!」
「熱湯電撃コンボを見れただけでも、今夜ここに来た甲斐があったってもんだ!」
「あれをくらってマトモでいられたヤツはいねぇ!」
「ざまあみろっ! 勇者様の名を騙るから、そんな目にあうんだっ!」
「いったいどんな人生を送ったら、あんな歪んだ人間になれるんだっ!」
「邪教徒のうえに勇者様の名を騙るだなんて、なんて罪深い生き物なのでしょう! でも相応しい罰が与えられてよかったわ!」
「ああ! 俺たちの手で、ヤツは粛正されてる! どんなに悪行のかぎりを尽くしても、やっぱり最後には正義が勝つんだ!」
「死ねっ! 死ねっ! 死ねーーーーーっ!」
「いいえ! あっさり死ぬなんてつまらないわ! 狂いなさい! 狂ってからのたれ死ぬのよ!」
それはなんとも、おぞましい光景であった。
ひとりの人間の責苦を、着飾った者たちが囃し立て、罵り、あざ笑う。
ステージから漂ってくる焦げた匂いと悲鳴が、最高のスパイスとばかりに、料理と酒を楽しむ……!
舞台袖ではオーナーのニヤケ顔がとまらない。
そろばんを弾き、動く金の大きさに、胸をおどらせる……!
なにもかもが狂気に支配され、なにもかもが異常……!
この世界では同じ人間でも、明らかなる重さの違いがあった。
ルーレットにかけられた者の命は、ヤブ蚊ほどに軽い。
電撃殺虫器のなかに閉じ込められた、ヤブ蚊同然に。
ヤブ蚊が電撃で弾けるところを目の当たりにして、心を痛める者など、誰もいない。
むしろ、この夏がまた過ごしやすくなった……! と喜ぶ者のほうが、多いように……。
ルーレットにかけられた人間の命は、誰からも気遣われることなく、消えていく……!
そしてその生殺与奪を決定するのは、他ならぬ彼女であった。
ルーレットである水車をコントロールするのは、ディーラーでもあるMCの役目である。
MCがその気になれば、球を浸けたあとに回さなければ、そのまま溺死させることも可能。
ある意味、『死亡』の出目だけならばコントロールできるといえよう。
しかしこれは観客ありきの勝負なので、1周目で殺してしまってはディーラー失格。
さんざん盛り上げて、球の苦しむ姿を見せつけて、命の消えゆく様をドラマティックに演出するのが、このルーレットにおけるMCの腕の見せ所である。
普段のゲームであれば、MCは球を20周くらいさせてから、締めに入る。
いわば球を『死亡』させるのだが、今夜のルーレットはファースト・ゲームの時点ですでに100億¥の超大台に乗っている。
観客たちもヒートアップしているので、この7周目で球が『死亡』しても、誰も文句は言わないだろう。
しかしクーララカ自身は葛藤していた。
自分の母親同然の人物を殺した、勇者……!
もちろん同一人物ではないが、思想は同じ……!
ここでこの、死にかけのゴキブリじみた男を殺せば……!
仇に一歩近づくのではないかと、錯覚していたのだ……!
しかし彼女は寸前のところで思いとどまり、レバーを回して引き上げた。
なぜならば……このあとに控える、『最後の一撃』があったから……。
その一撃をお見舞いするまで、このゴキブリには生きていてもらわないと困る……!
そう思っていたからだ……!