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62 野良犬レディの反撃9(ざまぁ回)

 俺は勇者じゃんっ!

 この世界を統べている、支配している、ゴッドスマイル様が率いる、勇者一族じゃんっ!!


 もはや人間ではなくて、神様といっていい存在じゃんっ!!


 この世は勇者であるか、そうじゃないか……!

 それが全てじゃんっ!!


 勇者はすべてのものを自由にする権利があるんじゃんっ!!


 たとえ人間であっても……!

 庶民や衛兵どころか、騎士や聖女までもを……!


 いいや、大聖女(●●●)や国王だって弄んで、自由にしていいんじゃんっ!!


 世界は……勇者のためにあり……!

 民衆は……勇者のためにいるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーんっ!!



 クーララカの中で、わんわんと鳴り渡る、独善的な独裁の独奏……!


 顔をくしゃくしゃにして、涙を、鼻水を、涎を……。

 ダラダラとこぼし、水槽を水増しする男の顔に、たぶる。


 溶けた蝋のような、醜悪きわまりない顔が……!


 センティラスの、最期の顔が……!



『もう、あなたったら……でも……』



 クーララカの唇が、かすかに動く。



 あ ・ り ・ が ・ と ・ う



 俯いた彼女の顔に、深い影がさす。

 それとは真逆に、瞳は飢えた狼のように、ギラリと輝いた。



「……貴様は、貴様は……。やはり本物の……骨の髄まで、勇者(●●)のようだな……!」



 ガッ! と伸ばした手で、腐った煮卵を握り潰すように……ジャンジャンバリバリの頬を掴む。

 そして、あいているほうの手をポケットに突っ込んで、何かを取り出した。


 それは、中身のわずかに残った茶色の小瓶。



「そ、それはっ……!?」



「そうだ……! 私を『狭間ルーレット』にかけた、最初の夜……。貴様が床に放り捨てたものだ……!」



 男の鼓膜を静かに震わせていたのは、悪魔のような声であった。



「これを、塗ってほしいか……!? 観客どもを、見返したいか……!?」



 男は晴天の霹靂のように、息を呑む。



「はっ……!? そ、そうじゃん! そうじゃんっ! それがあれば、『満面の笑顔』になれるじゃんっ! 笑顔はジャンジャンバリバリのトレードマーク……! きっと俺がジャンジャンバリバリであることを、証明できるじゃんっ!」



 男は気付かなかった。

 すでに鼓膜だけではなく、魂をも握られ、揺さぶられていることを。


 自分が勇者として認められることだけが、生き残る道……。

 それを証明することだけで、精一杯だったのだ……!



「ぬ……塗ってほしい……! 塗ってほしい塗ってほしい塗ってほしいっ! 塗ってほしいじゃんっ!!」



「そうか……! ならばあと1周だけ耐えるのだ……! この1周を耐えることができたら、貴様に私から、『満面の笑顔』を与えてやろう……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 同じ頃。

 リヴォルヴの城塞にある通用口から、ひとりの青年が出てきていた。


 彼は神尖組(しんせんぐみ)による厳重な身体検査を経てようやく、外に出される。


 街はずれにある自宅に向かって、夜空を見上げながら歩いていた。



 ――ああ、1週間以上たった今でも、夢みたいだ……。


 まさかこの島で、ジャンジャンバリバリ様にお会いできたなんて……。


 出会いは本当に、ひょんなことだった。

 僕の勤めている兵器開発工房がお休みだった日に、街で偶然お会いしたんだ。


 僕はかつてジャンジャンバリバリ様のMCに、何度も勇気づけられた。

 今の僕が、リヴォルヴ様という偉大な創勇者(そうゆうしゃ)様の下にいられるのも、ジャンジャンバリバリ様のおかげといっていい。


 ジャンジャンバリバリ様はこの島で、お忍びでバカンスを楽しまれているようだった。

 僕はつい興奮してしまって、あの御方に駆け寄って両手を握りしめてしまった。


 そしてつい、泣いてしまった。


 いま思い返すと気持ち悪い行動だったけど、そんな私に対してもジャンジャンバリバリ様はひょうきんに振る舞ってくれた。



「なにか辛いことがあるじゃん!? だったら無理してでも笑ってみるじゃん! そしてこう言んじゃん! ジャンジャン、バリバリィィィィィィーーーーって! そしたら嫌なことなんて、どっか行っちゃうじゃん!」



 僕は気さくなジャンジャンバリバリ様に嬉しくなって、つい、自分の思いのたけをぶつけてしまった。



 ……自分は調薬を専門とする、創勇者の家系に生まれた。

 大きくなった頃、親の工房を継ぐため、よその工房に修行に出なければならなかった。


 しかし修行の末に功績をあげ、故郷に錦を飾るどころか……そもそもどこの工房も採用してもらえなかった。

 創勇者としての腕前は問題ないと思うのだが、僕は極度の引っ込み思案だったのだ。


 なんども面接で落とされて、とうとう首を吊ろうかと思うほどに、追い詰められたとき……。

 アパートの外から、耳障りなほどに賑やかな声が聞えてきたんだ。



『今日の「勇者まつり」を仕切るのは、この、ジャンジャンバリバリじゃぁぁぁぁぁぁーーーんっ!! おおっとぉ、そこの窓から覗いてるお兄さん! 起きてるのに羊を数えてるような顔してるじゃんっ! 今日はお祭りじゃん! こっちに来て、いっしょに騒ごうじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーんっ!!』



 祭りで騒ぐだなんて、僕は生まれてこのかた一度もやったことがなかった。

 でも、最後になら……と思い、部屋をふらふらと抜けだした。


 そしてその日は、首なんて吊ろうと思った朝がバカげているほどに、楽しい一日だった。


 僕は、ジャンジャンバリバリ様に命を救われたのだ。


 それも、一度だけじゃない。

 幾度となく工房の面接で落とされても、身投げを考えたりしなかったのも……ジャンジャンバリバリ様のおかげだった。


 あの調子っ外れのお声と、あの底抜けに明るいお顔を思い出すだけで、笑いがこみあげてきて……。

 また頑張ろう、という気持ちになれた。


 そして私はとうとう、グレイスカイ島にあるデスディーラー・リヴォルヴ様の、神尖組専門の兵器工房へと勤めることができるようになった。


 神尖組のための兵器開発というのは、創勇者でも大変名誉あること。

 両親も大いに喜んでくれて、「これなら跡取りを任せられる」と太鼓判を押してくれた。


 それでもリヴォルヴ様の工房は、一流の創勇者が集まる生き馬の目を抜く場所。

 功績を焦るあまり、毒ガス開発に失敗して、笑い薬を作ってしまうこともあった。


 でも何度失敗しても、僕はくじけない。

 なぜならば僕には、ジャンジャンバリバリ様がいるから……。



 ……僕はそんなことを一気に、会ったばかりのジャンジャンバリバリ様にまくしたててしまった。


 しかしジャンジャンバリバリ様は嫌な顔ひとつせず、



「笑い薬!? 笑いたくなくても笑えるなんて、最高じゃんっ!?」



 なんと僕の失敗作をほめてくださった上に、それを欲しいとまでおっしゃってくださったのだ……!


 僕は一も二もなく工房から笑い薬を持ち出し、ジャンジャンバリバリ様に差し上げた。


 そして幸運だった。

 当時はまだ、警備員のボディチェックが今ほど厳しくなくて、薬くらいなら容易に持ち出せたのだから。


 薬をお渡ししたときのジャンジャンバリバリ様の笑顔は、今でも忘れられない……。


 いつも笑っているジャンジャンバリバリ様にも、きっとお辛いことがあるのだろう。

 笑いたなくても笑わなくてはいけない……勇者専門のMCというのは、そういうものだ。


 僕のお渡しした薬が、ジャンジャンバリバリ様の助けになれば……。

 そしてジャンジャンバリバリ様の笑顔で、多くの人間が救われることがあれば……。


 僕にとってこれほど、幸せなことはありません……!


 ああ、ジャンジャンバリバリ様……!

 あなた様はきっと今もどこかで、大勢の人たちの前で、笑ってらっしゃるのですよね……!


 そして、こう叫んでいらっしゃるのですよね……。


 ジャンジャン、バリバリィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーッ!!!!

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