16 オラオラ勇者、またクエスト失敗…! 3
尖兵がミノタウロスたちに袋蹴りにあっているうちに、縄梯子のようになってしまった鉄組を登りきる、3人の若者たち。
頂上は広い踊り場になっていて、中央には大きな水たまりがある。
奥のほうにはさらなる迷宮を予感させる、通路がいくつも伸びていた。
だが、出口は近いのであろう。通路のほうから吹き込んでくる風を感じる。
高い天井には青空を切り取るアーチ状の窓があって、脚が生えたような光が差し込んでいた。
おかげでランタンを失ったものの、視界に困ることはなかった。
太陽がこんなにもありがたいと思ったことはない。
思わずホッと一息……、
……ドゴン! ドゴン! ドゴン!
つく間もなく、杭打機のような振動が突き上げてくる。
登ってきた絶壁の下を見やると、ミノタウロスたちが壁を穿ちながら這い上がってきているところだった。
恐るべき怪力に、少女たちは勇者に身を寄せて震えあがる。
手がかりを作りながらだったので、かなりゆっくりではあったが……着実に迫ってきているようだ。
「あぁん? ……チッ、しつけぇヤツらだ……! だがちょうどいい。おいミグレア、一発デカいのをお見舞いしてやれ」
今なら大魔法の発動時間はたっぷり取れる。
下の通路を火の海に変えてやれば、労せずして掃討完了となるかもしれない。
千載一遇のチャンスであったが、大魔導女ミグレアは、
「む、無理です……」
気まずそうに顔を伏せ、巻き毛を左右に振っていた。
「ああん? なんで無理なんだよ!? 魔力ならまだ残ってるだろうが!?」
「う、うん。魔力はあります。でも、杖が……杖がないんです……! ハシゴを登ってる途中で、落としちゃって……!」
「んんだとぉ!?」
クワッ! と血ばしった眼を見開くクリムゾンティーガー。
「ご、ごめんなさい、勇者様!」と頭を下げようとしたミグレアの胸ぐらを、ガッと掴んで引き寄せた。
「テメェ、今すぐ降りて取ってこい!」
「そ、そんな、ムチャです! 死んじゃいます! お許しください、勇者様!」
泣きすがるミグレアを振りほどくようにして、ゲンコツが振り上げられる。
……バッ!
そして、幻を見た。
……ガシイッ!
『や、やめてくださいクリムゾンティーガーさん、女性に暴力を振るうのは……』
『ああん? じゃあ野郎のテメーなら殴っていいんだな!? ああんっ!?』
『は……はい、私でかわりになるのでうぐうっ!?』
……ドガッ!
言い終わるより早く、オッサンの頬にパンチがめりこんだ。
『失敗しやがって! くそがっ! くそがっ! くそがくそがくそが、くそがぁーっ!!』
……ガスッ! ガスッ! ガスッ! ガスッ! ガスッ!
倒れた身体に、金属ブーツの硬いつま先がめり込む。
『ぐっ!? うふうっ!? がはあっ!?』
しかしオッサンは一切抵抗しない。
嵐が過ぎ去るように身体を丸めて、キックの雨に耐えるのみ。
……それはまだ、ミグレアとリンシラがクリムゾンティーガーのパーティーに入ったばかりの頃だった。
ミグレアが魔法で施錠された扉を開けるのに失敗してしまい、より固く閉ざされてしまったのだ。
扉が開かなければ先へは進めなくなり、クエストを中断せざるをえない。
自分の真っ白な経歴に傷がついてしまうと、激昂したクリムゾンティーガーがミグレアを殴ろうとしたのだ。
……そして彼女はいま、二度目のミスを犯した。
……が、あの時かばってくれたあの人は、もういない。
……かわりに殴られて、かわりにミスを挽回してくれた、あの人は……。
……ドムンッ……!!
ミグレアの下腹部が、太鼓の変なところを叩いたような音と衝撃に見舞われる。
いつかはクリムゾンティーガー様の赤ちゃんを……と夢見ていた彼女のおなかに与えられたのは、愛の結晶などではなく……憎悪の詰まった拳だった。
強烈なボディブローをくらい、紙くずのように吹っ飛んだギャル少女の身体は、踊り場にある水たまりのど真ん中に、ばしゃりと叩きつけられる。
そして……さらなる不幸が彼女を襲う。
……ズルンッ……!
水たまりの床と思われたそれが、皮膜のように沈み、彼女の下半身を包み込んだのだ。
そしてプールのように周囲にわずかな淵をのこして、一面は水色の蠕動に変わる。
……うぞぞぞぞぞぞぞぞ……!
無数の水蛇のように床を埋め尽くし、蠢くそれは『テンタクル・オアシス』……!
人食い宝箱などと同じ、地下迷宮の施設に擬態するモンスター……!
『テンタクル・オアシス』は水の少ない迷宮、または豊富な迷宮に棲息する。
前者の場合は泉として、後者の場合は水たまりとして擬態し、冒険者が近づくのを待つのだ。
このミノタウロスの地下迷宮は、地下水の関係で水たまりがそこらじゅうにある。
だから彼らが息を潜めるのに適しているのだ。
こんな明るい場所でも床と水たまりにしか見えないので、見破るのは不可能。
だが、ゴルドウルフがいれば察知できていたであろう。
天窓があるので雨が入り込む可能性もあるが、ここ最近は晴れ続き。
しかもこれだけ風通しのいい場所なのに、水たまりが残っているという不自然さから、正体を見破っていたはず……!
おそらくヤツの本体であろう、めしべのように太い柱がにょきにょきと伸びていく。
根元のあたりがパックリと割れ、食虫植物のような粘液まみれの口が現れた。
その口の周囲からトウモロコシの髭のように生える、有象無象の触手たち。
ドクンドクンと脈動し、ナメクジが這うような速度で、ミグレアの身体を引きずり込んでいた。
いわばこのモンスターは、底なし沼……!
動かなければ一時停止しているかのように沈まなくなるのだが、暴れると早送りのようにズブズブと沈んでいくのだ……!
しかし少女は過去の経験からそのことを知っていたので、触手の気持ち悪さにも我慢して動かないようにしていた。
ヌメヌメの触手には皮膚や肉、骨までもをじっくりと溶かす成分がある。
低温やけどのような痛みに襲われたが、歯をくいしばって耐えた。
本来であれば、この程度のモンスターは彼女の敵ではない。
ヤツは剣などを振るう動作には非常に敏感で、引き込まれるのが早くなるのだが、魔法は詠唱時間はあるものの、あまり動かずに唱えることが可能だからだ。
めしべに火属性の大魔法でも叩き込んでやれば、簡単に蒸発させられる。
しかし今は、相棒の杖は奈落の底……!
彼女はナイフすら持ち歩かないので、完全なる丸腰……!
視線だけで、淵に立っている仲間たちに助けを求めるしかなかった。
……そして、ふたたび幻を見る。
一も二もなく踊りこんでくる、オッサンの姿を……!
ザッ……パァァァァァァーーーーーンッ!!
『お、オッサン!? テンタクル・オアシスに飛び込んでくるだなんて、マジで気でも狂ったのかよ!? オッサンと心中なんて、冗談じゃ……!』
オッサンはミグレアの抗議を無視し、彼女をひょいとお姫様抱っこで抱えあげる。
あれほどもがいても離れなかった触手たちは、ウナギのようにニュルンと外れた。
『テンタクル・オアシスは近くに飛び込んでやると、新しいターゲットに気を取られて触手が一瞬だけ緩くなるんです! ……それっ!』
そしてそう叫びながら、淵にいるクリムゾンティーガーに向かってお姫様の身体を放り投げたのだ。
『モンスターが迫ってきています! 私のことはほっといて、みなさんは早く逃げてください! 通路は2回ほど右に行ったあと、あとはずっと左で……!』
その時は押し寄せてくるモンスターにビビってしまい、一同はオッサンの話をロクに聞かずに逃げ出していた。
オッサンがどうやってテンタクル・オアシスから脱出したのかはわからないが、ボロボロの身体でパーティに戻ってくる。
そして、礼も言わないミグレアに向かって、笑顔でこう言ったのだ。
『ああ、よかった、何ともなかったようですね。溶解成分で顔に跡でも残らなかったか心配していたんです』
……そのときミグレアは、『キモい』としか思わなかった。
……だけど……テンタクル・オアシスだとわかったとたん、誰よりも早く……いや、ひとりだけ飛び込んできてくれた、あの人はもういない。
……自らが犠牲になるかもしれないのに、命がけで助けてくれた、あの人は……。
「くっそがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!
ミグレアの鼓膜を、あいもかわらず駄々っ子のような怒声が、ガクガクと揺さぶる。
「……くそっ! くそっくそっくそっくそっくそっ! くっそぉーっ!! つまんねぇドジ踏みやがって! くそっ! このままじゃ、またクエスト失敗じゃねぇか! くそがぁーっ!!」
ダンダンと地団駄を踏みしめながら、罵声を浴びせかけるクリムゾンティーガー。
「簡単にヤレるから、穴っぽことして置いてやってたのに……! 肝心なときにドジばっかり踏みやがって……! このクサレマ○コがっ!! ……行くぞっ! リンシラ!」
……。
…………。
………………。
……ね、ねぇ……。
穴っぽこ、って、ナニ……?
ウチを……ウチをハーレムの第1夫人にしてくれるって……言ってたのは……嘘、だったの……?
なのに……なのになんで、ウチを置いてくの……?
それに、リンシラ……。
ウチら、ズッ友だって言ってたよね……?
私は第2夫人でいいから、ずっとみんなで一緒にいようね、って……。
クリムゾンティーガー様と、ウチと、リンシラ……3人でずっとラブラブしてようね、って……。
なのに……なのになんで、何も言ってくれないの?
なんで何も言わずに、ウチを置いていくの……?
……ああ、わかった……。
ウチ、捨てられたんだ……。
それと、やっとわかった……。
ウチ……オッサンがいたから、ここまで生きてこられたんだ……。
ウチの大魔法を使えば、バンバン敵が死んでくから……ずっと勘違いしてた……。
でも、それって……オッサンが……オッサンがいてくれたからこそ、誰にも邪魔されずに大魔法が使えてたんじゃん……。
……それなのに、ずっと「使えねぇ」ってからかって……。
ずっと酷いコト言って、酷いコトして……。
一度も謝らなかったし、一度もお礼言ったコト、なかったけど……。
ごめん……ごめんねオッサン。
ううん……ごめんなさい、ゴルドウルフさん……!
ウチ……ウチ、バカだ……!
今頃になって……こんなになって大切さに気づくだなんて、マジでバカみたい……!
ごめんなさい……!
ごめんなさいっ……! ゴルドウルフさんっ……!
許してなんて、言えないよね……!
でも……でもお願い……! 今更都合のいいお願いかもしれないけど……!
ウチのかわりに……生きて、生きて煉獄から帰ってきて……!
ウチみたいなバカな子を……ひとりでも多く、救ってあげて……!
お願い……お願いっ!
ゴルドウルフさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんっ!!
白い涙が滝のように頬をつたい、ぼたぼたと顎をつたって垂れ落ちる。
親友だと思っていた少女から教えてもらった、美白メイク。
それを落とすかのように、少女はぼろぼろと泣いた。
ひとりぼっちの少女は、身動きも取れず……ただただ触手を濡らしていると、波間のようなうねりの間から、
ぷかあ。
と何かが浮かびあがってくる。
ねばねばにまみれた、それは……炎石を加工して作られた『ファイヤー・アミュレット』だった。
使用者が習得している炎属性魔法を、杖も魔力消費も、詠唱も不要で一度だけ発動できるという超レアアイテムだ。
ハッとなる少女のなかで、またあの笑顔が重なった。
『これをどうぞ、ミグレアさん。他の勇者パーティと冒険している時に拾ったんです。私は魔法が使えませんから役に立ちませんけど、炎属性の魔法を多く使えるミグレアさんなら役に立つかと思って』
その時は、すぐに売り払うつもりで受け取った。
ローブにあるポケットのうち、滅多に使わない下のほうに放りこんでおいたのだが、今の今まですっかり忘れていたのだ。
すでにヤツの触手の溶解成分で、ローブの腰から下は溶かされてしまったものの、さすがに弱点属性である炎石までは無理だったようだ。
「……ありがと、ゴルドウルフさん……」
少女はつぶやいた。
涙をぐしっと拭って顔をあげる。
そして、すでに下半身の感覚がない状況のなかで、決断した。
以下の3つのうちの、どれかひとつを。
一、テンタクル・オアシスに向かって、大魔法を発動する
二、断崖を登りきったあとは、勇者を追うであろうミノタウロスの群れに向かって、大魔法を発動する
そして、三……!
通路を進んでいくふたつの背中めがけて、大魔法をブチかます……っ!!
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!
今回の勇者ざまあ展開は、これにて終了です。次回にご期待ください。
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どうか、オラに力を…!