61 野良犬レディの反撃8(ざまぁ回)
……ガラガラと音をたてて、ウィトルウィウス的人体図のようなポーズの男の天地が、逆さまになる。
「さ、さっ! さあっ! ごっ、5回転目に入った『狭間ルーレット』! たっ、球はまだまだ元気じゃんっ! きっと素晴らしい笑顔見せてくれる、違いなもがっ!? ぐぶっ!? げっぼっ!? もがぎゅぐydそふぃじゃつぎゅさあwてごいうさfgdmんlk;!?!?」
実況は、途中で水槽に浸けられたせいで絶叫に変わる。
しかしそれすらも、水に溶けるように消えていく。
……ざばぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!
「げほっ! ぐはっ! がはっ! はっ……! はあっ、はあっ、はぁっ! ご、5回転目を終えて球はっ……! ぐへぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」
空気を貪るのも許されず、大量の水が口から迸る。
ポロリとこぼれたボールには『水槽が熱湯になる』と書かれていた。
……ゴッ! と水槽の下で魔法の炎が焚かれ、あっという間にぐつぐつと沸き立つ。
同時にますます観客席もヒートアップ。チップは85億¥に達する。
残りあと、800回転……!
煮え立つ湯気は触れただけでも、肌がヒリつくような熱さであった。
あまりのおぞましさに、総毛立つ球。
「えっ!? こっ、こんなの無理じゃん!? 火傷しちゃうじゃんっ!? やめっ!?」ともがくが、寸前で覚悟を決め、
「さっ……さあっ! 6回転目に行くじゃんっ! 次はなんと、熱湯水槽じゃんっ! き、きっといい湯に違いないじゃんっ! 笑顔笑顔じゃんっ!」
球は直前までは無理して笑っていたが、ちょん、と頭の先っちょが浸かっただけで、まるでそこが爆発したかのように暴れた。
「ぎゃあっ!? 熱いしゃん熱いしゃん熱いじゃんっ!? こんなのに浸けられたら……! 許してじゃん許してじゃん許してじゃんっ! 許し……ぐわっちゅぅもがぎゅぐydそふぃじゃつぎゅさあwてごいうさfgdmんlk;!?!?」
命乞いすらも、湯の中に溶けていく。
180度回転した逆さ吊りの身体が、生きたまま焼かれているかのように、激しく捻れまくる。
それは拘束に骨が食い込むほどで、耳を塞ぎたくなるような痛々しい音が、金属音に混ざって届く。
まるで下手なヴァイオリンのようだったが、観客たちは大喜び。
人間国宝の演奏を聴いているかのように、ヒューヒューと歓声が飛び交う。
……ざばぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!
「ひぎっ!? ひぎいいっ!? ひいいいいいっ!? 熱い熱い熱い熱いっ!? 熱くて死ぬっ! 熱くて死にそうじゃんっ! あっ、アフロ取ってじゃん!? アフロ取ってぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!」
ゆでだこのように真っ赤になった顔の上に、しなびたアフロが乗っている。
死ぬほど憧れたはずのソレから、染み込んだ熱湯が垂れてきて、ロウソク責めをされているかのように頭を振り回して逃れようとする。
しかし全身を固定されているので、ガチャガチャと水車が軋むばかり。
「うぐっ……! ごぼおっ! うげぇぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!」
途中でえづいて、マーライオンのように大量のお湯が吐き出された。
そしてまたしても、ポロリするボール。
そこに書かれていたのは、『水槽に電流が流れる』……!
「やっ……!? やだあっ!? これ以上、チャンスボールは嫌なんじゃんっ! 熱湯に電撃だなんて……! 今度こそ本当に死んじゃうじゃん! 死んじゃうじゃん死んじゃうじゃん死んじゃうじゃんっ!!」
縛られた身体をガチャガチャと暴れさせて、全身をもって拒絶する球。
しかし当然のことながら、彼にはその権利はない。
カジノのスタッフがやって来て、使い捨ての触媒を使って水槽に電撃魔法が掛けていった。
……ピシッ……!
それは氷にヒビが入るような、ささやかな発動音であったが……。
水槽の中では雷雲が発生したかのように、ビカビカと激しく明滅をはじめた。
「ひ……ひいいいいいいいいいいいいいいっ!?!? やめてやめてやめてやめて! とめてとめてとめてとめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!?!? 俺は本当に本当のジャンジャンバリバリなんじゃんっ! 勇者殺しは重罪じゃんっ! だからお願いだから、許してじゃん許してじゃん許してじゃんっ! 許してじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」
電気椅子にかけられ、無実の罪を主張する死刑囚のように暴れるジャンジャンバリバリ。
彼自身、過去に電撃水槽にかけてきた者たちのリアクションを何度も見てきたので、その凄まじさを知っていたのだ。
泣き叫ぶあまり、涙でにじむ視界。
そばに立っていた影がふと揺らめき、ささやきかけてくる。
「いままで貴様が手をかけてきた、数多くの罪なきワイルドテイルたちも……。電撃水槽を前にして、同じように訴えていたはずだ……! だが貴様は、そんな彼らに対して、どうしてきた……!?」
「見ろ……!」と影が示した先は、観客席。
きらびやかに着飾った者たちが、瞳孔の開ききった目で、拳を振り上げている。
「ははははは! 見たか!? あの熱湯に浸けられたときの、ニセ勇者の顔!」
「ええ! 傑作だったわ! 人間って、あんなに情けない顔になるのね!」
「浸かる瞬間とか、まるで焼け火箸を押し当てられたみたいにビクーッってなって、最高だったよなぁ!」
「しかも次は、熱湯と電撃のコンボだぞっ!」
「あのふたつが重なることって滅多にないから、すっごく楽しみ!」
「よぉーし、俺は『発狂』に有り金ぜんぶ賭けるぞっ!」
「わたしは『死亡』に全財産を賭けるわ! あのニセ勇者を成敗できるうえに、お金も儲かるだなんて……今夜は最高ねっ!」
それは、間接的に拷問に参加して……。
それを、ギャンブルとして楽しむ者たちの、剥き出しの感情……!
シャンパンアケマクリの頃には、彼らと一緒になって狂喜していたというのに……!
ジャンジャンバリバリになって感じたのは、水責め以上に怖気の走る狂気であった……!
……勇者は誰もが同じように、そう思う。
今更になって、今際の際になって、ようやく……。
因果応報という言葉を、奥歯の銀紙のように噛みしめるのだ……。
しかしその時になって、いくら訴えても、いくら声をかぎりに叫んでも……。
届かない、救われない……!
それは、まわりにいる大勢の人々が、言葉の通じないモンスターに見えるような怖ろしさであった。
そんな言い知れぬ恐怖を感じながら、彼らは死んでいったのだ……!
彼らは泣いていた、叫んでいた。
「どうして……! どうして金持ちの道楽なんかで、殺されなくちゃいけないんだ……!」
「お願い……! もう、許して……! 私には、帰りを待つ小さな子供が、ふたりもいるの……! 路地裏で、お腹をすかせて……私の帰りを待っているの……!」
「いっひっひっひっ! こんな狂った世の中で、生きてたってなんになるってんだ! 傲慢な勇者サマの気分次第で、俺たちワイルドテイルは、ルーレットか射撃の的か、はたまた人体実験だ! 見てろよ……! いつかお前らも同じ目にあう! もちろん勇者サマは、もっとひどい目にあうだろうなぁ! どいつもこいつも、因果応報って言葉を、覚えておくんだなぁ! ひゃはははははははは!」
ジャンジャンバリバリの頭の中で、いくつもの断末魔がこだまする。
「……電撃水槽を前にした、多くのワイルドテイルたちは……必死に命乞いをしてきたじゃん……! でも俺は、それをあざ笑って……! より泣き叫ぶように、得意の実況で煽ってやったじゃん……!」
これは、彼自身にとっての『最後のチャンス』でもあった。
そして、因果応報の果てに大切なことに気づきつつあった。
しかし、彼は根っからの勇者であった……!
青ざめかけた顔をバッ! とあげると、影のようだったクーララカに泣きすがる。
「だからって、それがなんだっていうんじゃん!? 俺は勇者で、ワイルドテイルとは違うじゃんっ! それに邪教徒を滅ぼして、何がいけなんじゃんっ!? それに同じ滅ぼすなら、ゲームみたいにやったほうが楽しくていい
に決まってるじゃん! たとえそれが濡れ衣だったとしても、何だっていうんじゃん!? 俺は勇者じゃんっ! この世の全てのモノは、ゴッドスマイル様を……! そして勇者を引き立てるためにあるんじゃんっ! 俺は立派な勇者になるためだったら……屍の山脈だって、築いて、乗り越えてみせるじゃんっ!」