59 野良犬レディの反撃6(ざまぁ回)
観客たちのあまりにあまりな反応に、さすがのジャンジャンバリバリも我慢の限界を迎える。
『こっ……! この俺がっ! 権天級導勇者のこの俺がっ! ここまで……! ここまでしてやったというのに……! おっ……お前ら全員、田舎者じゃんっ!? この俺のことがわからないだなんて、新聞もないような山奥に住んでいるに違いないじゃんっ!? 覚えてろじゃんっ! もし俺がジャンジャンバリバリだとわかった後で土下座しても、もう遅いじゃんっ! 全員、無礼討ちにしてくれるじゃんっ!!』
しかしそんな脅しをしたところで、現時点では勇者の名を騙るハゲのオッサンでしかない。
当然のようにブーイングの嵐を浴びる。
「んまあっ!? 無礼討ちですって!?」
「ジャンジャンバリバリ様の名を騙る貴様のほうが、よっぽど無礼だろう!」
「そうだそうだ! 神尖組に打ち首にしてもらうぞっ!」
『バァーカバァーカ! 俺はこの島にいる神尖組の、兵器開発部門の創勇者とも懇意なんじゃんっ! その気になればお前ら全員、モルモットにすることもできるじゃんっ! やーいやーい! モルモット、モルモット!』
ジャンジャンバリバリがムキになればなるほど、ますます深まっていく観客たちとの溝。
それがクーララカの狙いであることにも気付くよしもない。
『まぁまぁ、双方とも落ち着くのだ。ジャンジャンバリバリであることを証明する材料は、アフロだけではないだろう? ジャンジャンバリバリといえば、やかましい実況も有名だ』
『やかましくないじゃん! アゲアゲなんじゃん!』
『わかったわかった。すでに貴様はアフロを被っている。そうなればあとは、そのアゲアゲな実況を披露をするだけではないか?』
『そ……そんなの、お安い御用じゃんっ! こんな田舎の猿どもの前で、俺のイケイケな実況なんて、もったいないけど……ジャンジャンバリバリの名にかけて、やってやるじゃんっ!』
『よし、ではこうしよう。ルーレットを再開するから、貴様自身がその実況をするのだ』
『はあっ!? ルーレットにかけられながら実況!? そんなの……!』
『無理なのか? ならばお里が知れるな。ジャンジャンバリバリといえばMCで有名な勇者だ。たとえどんな過酷な状況でも……』
『や……! やってやるじゃんっ! 俺は台風のステージでもMCを務めきったことがあるじゃんっ! それに比べたら、こんなショボイ水槽なんて、怖くないじゃんっ!』
ジャンジャンバリバリは、普段はこんな安い挑発に乗るタイプの人間ではないのだが……。
味方ゼロという極限状態、そしてMCとしてのプライドを刺激されてしまったのだ。
しかしこれはある意味、チャンスでもあった。
自分の名調子で観客たちの記憶を呼び覚ますことができれば、一発逆転……!
そして自分がヅラであるということも、隠せる……!
なぜならば、正体をわからせることができれば、観客たちに『勇者を水責めにした』という負い目を与えられる。
一般的に、大天級以上の勇者を傷付けるのには、それ相応の立場と理由が必要とされる。
今ここにいるセレブ程度では、『一家を惨殺されたうえに屋敷に放火された』くらいの理由だったとしても、ジャンジャンバリバリにデコピン一発食らわせることも許されないだろう。
ましてや拷問、水責めともなれば、なおさら……!
したがって、勇者を水責めにかけたという事実をジャンジャンバリバリが口外しないかわりに、観客たちはジャンジャンバリバリがヅラであることを口外しないという、ウインウインのトレードが成立するのである。
とにもかくにもジャンジャンバリバリは、自分の素性を証明することが、肉体的にも精神的にも生き延びるためのマストとなってしまった。
勇者をそこまで追い込んだクーララカは、うまくいったとばかりにウムと頷く。
『よし、貴様の覚悟はわかった。それでは、こうしようではないか。いまこのラウンドのベット金額は、50億¥となっている。この『狭間ルーレット』では、ルーレットが動きはじめてからは『賭け禁止』となるルールだが……今回は特別に、ルーレットの回転が完全に終了するまで、チップの追加と、引き下げ、そして出目予想の変更を許可しよう』
それはつまり、こういう意味だった。
ゲームの参加者は、ルーレットにかけられたジャンジャンバリバリの実況を聞いて、本物のジャンジャンバリバリだと思ったら、チップを引き下げることができる。
要はそれで、勇者を拷問にかけるつもりはなかったという、意思表示をすることができるのだ。
そしてベット金額が下がれば下がるほど、当初は50回転だった回転数も下がっていく。
次の2回転目で、本物のジャンジャンバリバリだと観客に思わせることができれば、潮が引くようにチップは取り下げられ……。
たったの2回転で、自由の身になれたうえに、一発逆転……!
そう……!
クーララカは、勇者の命とプライドを賭け札にした、熱きMCバトルを倍プッシュしたのだ……!
ジャンジャンバリバリは、もちろんこれに乗るほどの……。
いや、これに乗らないほど、間抜……いや、臆病者ではなかった……!
『やっ……! やってやろうじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!! ジャンジャン、バリバリィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!』
そして再開される、狂宴っ……!
普段は主催者側にであるはずの勇者が、参加者になるという、前代未聞のデス・ゲームが……!
今まさに、火蓋を切るっ……!
……ざばっ!
「もがっ!? もがぎゅぐydそふぃじゃつぎゅさあwてごいうさfgdmんlk;!?!?」
……ざばぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!
2回転目のルーレットを終えたジャンジャンバリバリ。
アフロのせいで、巣ごと煮卵にされたみたいな顔になっているが、観客たちは誰も笑わなかった。
あれほどタンカを切った男が、いったいどんな名実況を聞かせてくれるのかと……。
誰もが固唾を呑んで、その第一声に耳を傾けていた。
しかして、その口から飛び出したのは……!?
「げほおっ!? ごほっ!? がはっ!! げはあっ!! ひいっ!? ひいいっ!? ひいっ!? ひぎいいいいいいいいいいいいいいっ!?!?」
デジャヴ……!?
それともここから、魂の実況が……!?
「や……やっぱり無理じゃん! もう無理じゃん! こんなに苦しいの、無理に決まってるじゃぁんっ!! おっ……俺は勇者、勇者なんじゃん! 本当に本当の本当なんじゃん! だから許してじゃん許してじゃん許してじゃん! 許してじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!!」
否……!
1回転目より切実度がさらにあがった、ただの命乞いであった……!