58 野良犬レディの反撃5(ざまぁ回)
ルーレットが始まる前までは、
……絶対に、水責めなんかには負けたりしない!
と鋼鉄の意志をもって望んだシャンパンアケマクリ。
今までさんざん多くのワイルドテイルをルーレットにかけてきた彼は、水責めには一日の長がある……。
と思い込んでいた。
500回転は難しいかもしれないが、その気になれば、100回転は余裕だろうと、タカをくくっていたのだが……。
いざ蓋を開けてみると、その志の正体は金属どころか、石や木材ですらなかった。
……水責めには、勝てなかったよ……。
ただの、腐った温泉卵っ……!
……水責めというのは、見た目より遙かに苦しい拷問のひとつである。
普段からトビウオのように泳いでいる人間であってもだ。
そもそも『泳ぐ』というのは『歩く』や『走る』と同じで、自分の制御下にある行為である。
顔を水に浸けるタイミングも、息継ぎのタイミングも、すべては自分次第。
しかし水責めの場合は、すべてが他人任せ。
人間は、水と火なくしては生きられず、それに怯えていては生きられない。
人間は、それらを制御下に置くことによって克服し、ともに生きてきた。
でも本来そのふたつは、人間にとっての根源的な恐怖の源でもある。
大火事、洪水……!
人類誕生から累々と続く、人間ではどうしようもない、大いなる自然の力に対する恐怖……!
とにかく水責めというのは、遺伝子にすり込まれている原始の感情を呼び起こす。
まず『言いしれぬ怖さ』によって心を折られ、それが『感じたことのない苦しさ』にとって変わるのだ。
「も……もうイヤじゃん! もうイヤじゃんっ! こんな苦しいのは、イヤじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!! おっ……俺は勇者、ジャンジャン・バリバリじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! だっ、だから、許してっ!! 許してじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
彼がこれほどまでに取り乱してしまうのも、無理はない……!
ついに、『最後の告白』をしてしまったシャンパンアケマクリ。
否、彼はすでにジャンジャンバリバリのつもりだったのだが……。
……どっ!
とした嘲笑に包まれていた。
「おい聞いたか!? あの邪教徒、自分が導勇者のジャンジャンバリバリ様だって言ったぞ!?」
「やっぱりアイツ、頭おかしい! もう邪教徒なのは間違いないな!」
「野良犬を信奉するどころか、勇者様の名を騙るとは……! なんと怖ろしい!」
観客席は信じる者、ゼロっ……!
あれほど秘匿していた正体を明かしたというのに信じてもらえないとは、なんたる皮肉……!
ジャンジャンバリバリは、水車を軋ませるほどに暴れ叫ぶ。
「ほ……本当なんじゃんっ! 俺は権天級導勇者の、ジャンジャンバリバリじゃんっ! じゃ、じゃあ、この名台詞を聞いたらわかるじゃんっ!? ほらっ、みんな一緒にっ、せぇーのっ、ジャンジャン、バリバリィィィィィーーーーッ!!」
しかしそれすらも、下手くそなモノマネのように響き渡る。
クーララカは、ひとしきり観客のリアクションを伺ってから、まぁまぁと間に入った。
『この男はどうやら、ジャンジャンバリバリらしい! でもこの男は、ジャンジャンバリバリのことをよく知らずに騙っているようだ! なぜならば、ジャンジャンバリバリには大きな特徴があるはずだ! それは何だ!? みんなで一緒にっ、せぇーのっ!!』
「アフローーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
ジャンジャンバリバリコールは無視だったのに、クーララカコールに対しては、観客たちはみな片手を挙げて応じる。
ジャンジャンバリバリは軽い屈辱を感じていたが、それどころではない。
『あ、アフロがないのには、理由があるじゃんっ! それは……!』
言いかけて、一瞬逡巡する。
しかし、いちど乗りかかった泥舟。
ここで迷っていては、三途の川流れは避けられぬと気づき……。
彼は、自らの腸をソーセージにするほどの、覚悟を持って……。
最後のプライドでもあった、最大の秘密を、自らの口で……!
「お……俺の……! ジャンジャンバリバリのアフロは、カツラだったんじゃんっ! 暴れ馬事件のときにそれを奪われて……! こんなになっちゃったじゃぁぁぁぁぁーーーーんっ!!」
まさかの告白に、ざわつく観客席。
「えっ!? ジャンジャンバリバリ様は、カツラだったの……?」
「だとしたら、とんだスクープじゃないかっ!」
「いや、待て! アイツは邪教徒だぞ! 罪のないワイルドテイルを悪びれもせず、『狭間ルーレット』に掛けていたくらいだ! あの場から逃げ出す為だったら、どんなウソだって平気でつくに決まってる!」
「ってことは、アイツはジャンジャンバリバリ様のお名前を騙るだけでなく、ジャンジャンバリバリ様がヅラだとデッチあげて、貶めようとしているのと同じじゃないか!」
「んまあっ……!? 勇者様の悪評を垂れ流すなど、なんと怖ろしい……!」
「やっぱりソイツは邪教徒だっ! 邪教徒だぁーーーーーーーーーーっ!!」
ジャンジャンバリバリはもはや、語れば語るほど邪教徒扱いされてしまうというドツボ状態。
半泣きの声で、皆にすがった。
『そっ……そんなっ! せっかく秘密を明かしたのに……! みんな、信じてほしいじゃんっ! 俺は本当の本当に、ジャンジャンバリバリなんじゃんっ!!』
そこに、意外なところから助け船がやってくる。
『まあまあ、落ち着くのだ! ここに、こんなモノがある。このカジノの楽屋から借りてきた、アフロのカツラだ!』
それは長年押し入れにでも放置されていたのか、ホコリと蜘蛛の巣にまみれ、汚れた綿菓子のような物体だった。
『コイツを被せてみたらハッキリするだろう!』
それを顔に近づけられ、頭皮にびっしり鳥肌を立たせるジャンジャンバリバリ。
『い……! イヤじゃんイヤじゃんっ! 俺は頭皮がデリケートなんじゃん! だから最高級のカツラじゃないとダメなんじゃんっ! そんなきったないアフロを被ったら、病気になっちゃうじゃんっ! いや、それ以前に……! 最高のアフロを被らないと、ジャンジャンバリバリにはなれないじゃんっ! シュンシュンシオシオになっちゃうじゃんっ! これだけは絶対に譲れないプライドじゃんっ! だから絶対に、絶対にお断りじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!』
その決意表明は、今度こそ本物……!?
『そうか、じゃあ貴様がジャンジャンバリバリである証明はできないな。ニセモノのまま、ルーレットに掛けられるがいい。それでは二周目を……』
『うっ……! ウソじゃんウソじゃんっ! ジャンジャンバリバリであることを証明できるのであれば、陰毛でできたアフロだって被ってやるじゃんっ! はっ、はやくそのアフロを、俺にかぶせてほしいのじゃんっ!』
二周目と聞いたとたん、最後の矜持すらもメンコのように叩きつけ捨てるジャンジャンバリバリ。
……もさっ。
と綿埃のように頭に乗せられたソレは、勇者のプライドと引き換えにしたわりには……。
いや、むしろ釣り合いが取れているというか……。
いずれにしても、なんとも微妙な出来栄えであった。
「……あれ、ジャンジャンバリバリ様かなぁ……?」
「似てるような、似てないような……」
「っていうか、よく覚えてないっていうか……」
「うん、私も。やかましい実況ばっかり印象に残ってて、本人のほうは、ほとんどっていうか、ゼンゼン……」
「俺もだ。っていうか、アフロって本当に被ってたっけ?」
そして観客たちのリアクションも、なんとも微妙であった……!