57 野良犬レディの反撃4(ざまぁ回)
『さあっ! 今こそ、我らの正義の力を、本当の悪に行使する時が来たっ! この島を騒がせる野良犬マスクに、思い知らせてやるのだっ! 我らの金をいくら奪ったところで、我らの心までは奪えぬと!』
クーララカのMCっぷりは、司会者というよりも軍の指揮官のようであった。
しかしそれがセレブたちにとって珍しく、士気高揚した兵士のように、
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
大いなる鬨の声で応えていた。
立食パーティさながら設えられたバーカウンターに、チップが積み上がっていく。
さながら塹壕のように、高く、高く……!
その間、クーララカは水車に磔にされているシャンパンアケマクリに囁きかけていた。
もちろん、拡声魔法に入らないほどの小声で。
「怖いか? でも安心するがいい。私も貴様に幾度となく『狭間ルーレット』にかけられて、どのくらいやれば溺死するかは実地訓練ずみだ。初めての実戦だから、多少の手違いなどはあるかもしれんがな……!」
凄まれて、「ヒイッ!?」と『球』のタマは縮み上がる。
「今回のことで、私が身に付けた技能はそれだけじゃない。胃の中にあるピンポン球を、自分の意思で、自由に吐き出せるようになったのだ。タイミングどころか、球の種類まで、思いのままに、な……!」
「ハアッ!?」と心臓マヒを起こしたかのように、『球』は息を呑んだ。
「まさか、あのチャンスボールは……!?」
「そうだ。昨晩、貴様が眠っている間に飲み込んでおいた、オリジナルのものだ……!」
「ってことは、野良犬のマスクを、ズボンのポケットに入れたのも……!?」
「ああ。貴様も知ってのとおり、逃亡していた私が持っていたリュックの中には、野良犬のマスクがたっぷりと詰まっていたよな……!? ある男から言われて持たされたものだが、まさか、こんな形で役に立つ時が来るとはな……!」
賭けタイムの終わりを告げるシンバルが、シャーーーン! と鳴り渡る。
おしゃべりをやめて戻っていくクーララカ。
シャンパンアケマクリは、自由のきかない身体をよじらせて、最後の訴えに出た。
「み……みんなっ! い、いまこの女が白状したしゃんっ! 俺のズボンのポケットに、野良犬のマスクを入れたことを! 野良犬のマスクは、もともとこの女の持ち物だったしゃん! 家を……! 俺の家を調べてほしいのしゃんっ! そうすれば、野良犬のマスクが大量に入ったリュックが……!」
しかしその告発すらも、女将軍は利用する。
『おっと! ついに白状したようだな! 聞いたか、みんな! この男の家には、野良犬のマスクが沢山あるらしい! どうやら我々は、間接的に脅されているようだ! たくさんの野良犬のマスクがあるということは、それを被る者たちも、大勢いるということ……! 野良犬の仲間たちを呼び出して、仕返しにこさせるらしい!』
ブゥゥゥゥーーーーッ!! と警笛のようなブーイングで満たされる観客席。
ベットタイムは終わったというのに、さらなるチップが積み上げられる。
『だが、我々はそんな脅しには屈しない! 野良犬に膝を折る騎士がいないようにな! むしろ蹴散らしてやるのだ! 我らの前にあるのは、ただひとつ……! 勝利と栄冠だっ……!!』
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
『よぉし! それではベット額を発表するっ! 我らのファースト・アタックの軍資金は……! なんと、50億¥だっ!!』
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
『この「狭間ルーレット」では、初回はベット額を抑えるのが必勝法だが……素晴らしい! 素晴らしいぞっ! それだけ我らの心があわさっている証だっ!!』
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
カジノにいる者たちの心は、すっかりひとつになっていた。
観客はもちろん、スタッフどころかオーナーまで、心酔するような眼差しで女騎士を見つめている。
ただひとりの、吊られた男を除いて……!
「ごっ……50億¥っ!? ということは、500回転しゃんっ!? そんなに水に浸けられたら、死んじゃうしゃんっ!? いや、それ以前に……! 俺がこんな目にあっている事自体がおかしいしゃん! おかしいおかしいおかしいっ! おかしいのしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!!!」
この中で彼は、本当に異教徒のようであった。
女騎士は、審問官のように彼に問いただす。
『ほう……! この期に及んで、まだ何か申したいことがあるのか? その口ぶりでは、まるで自分の正体を隠しているようではないか! どうした、言ってみろ!? 貴様は、いったい何者なのだっ!?』
「おっ、俺は、勇……!」
つい口をついて飛び出しかけた『最後の真実』を、寸前で飲み込むシャンパンアケマクリ。
もし自分が勇者であることをバラせば、この絶体絶命の窮地を脱することができるかもしれない。
でもそれは同時に、ジャンジャンバリバリがヅラであることを、バラすことにもなってしまうのだ……!
言いたくても、言えない……!
なぜならばそれは、墓場まで持って行くと誓った、口を引き裂かれても言えない秘密なのだから……!
シャンパンアケマクリは、クーララカの狙いに気付く。
――この女……っ!
濡れ衣を晴らすためには、ヅラであることも晴らさないといけないことを、知ってて……!
そんな引っかけのような問いかけをしてきたに、違いないしゃんっ……!
い……言ってたまるか……! 言ってたまるかしゃんっ……!
彼が急に口を閉ざしたので、彼女は肩をすくめた。
『あれほど喚いていたというのに、焼かれる前の貝のようになるとは……! だが、我らの裁きを受ける覚悟はできたようだ! 私は貴様と違って轡などせぬから、叫びたいだけ叫ぶがいいっ!』
いつになくキリリとした表情で、睨み返すシャンパンアケマクリ。
――これは……我慢比べしゃんっ!
ジャンジャンバリバリの名誉を賭け金とした、ビッグ・ゲームしゃんっ!
だったら……絶対に負けるわけにはいかないしゃんっ!
この、命にかえても……ジャンジャンバリバリの名誉だけは、守って見せるしゃんっ!
……ガラガラガラガラ……!
水車の傍らにある、福引きのようなレバーが回されると、縛り付けられた大の字の身体が回転。
タキシードの袖が浸かったあと、燻製卵のような顔が、水の中へ……!
すると、信念に満ちていた顔が一変、
「もがっ!? もがぎゅぐydそふぃじゃつぎゅさあwてごいうさfgdmんlk;!?!?」
大量の泡を口と鼻から吐き出しながら、中でスマートボールが暴れているかのように顔を歪めはじめた。
もう、のっけから水死体のような表情。
本来ならばこのまましばらく沈めておくのだが、クーララカはあきれた様子で、レバーを回してやる。
……ざばあっ!
と温泉卵のように揚げられた瞬間、
「げほおっ!? ごほっ!? がはっ!! げはあっ!! ひいっ!? ひいいっ!? ひいっ!? ひぎいいいいいいいいいいいいいいっ!?!?」
まだ1回転目が終わったばかりだというのに、三途の川から帰ってきたばかりのような、蒼白の顔面で、
「も……もうイヤじゃん! もうイヤじゃんっ! こんな苦しいのは、イヤじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!! おっ……俺は勇者、ジャンジャン・バリバリじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! だっ、だから、許してっ!! 許してじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
あっさり、自白っ……!