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55 野良犬レディの反撃2

 シャンパンアケマクリは……いや、ジャンジャンバリバリは、この島ですべてを失った。

 しかし彼は持ち前の口舌(こうぜつ)と、ゴージャスティスの息子たちが持ち合わせているという『しぶとさ』を武器に、再び這い上がった。


 それは……辛く厳しい日々であった。

 しかし……ひたむきな自分の姿を、ゴッドスマイル様はかならず見てくださっているだろうと、信じていた。


 その想いが実を結ぶかのように、送られてきたプレゼント、それは……。

 自分と同じく落ちぶれきった、野良犬レディ……!


 彼は、コレはきっとゴッドスマイル様が授けてくださった『翼』であると、信じて疑わなかった。

 再び、大空に舞い上がるための……!


 否……!

 途中で切り離して、自分だけが天上へと旅立てる、『2段ロケットの2段目』だと……!


 しかし、あと少し……!

 あと少しで成層圏を脱するかと思われた、その時っ……!


 掴まれてしまった……!

 足首をっ……!


 並ばれてしまった……!

 同じステージにっ……!


 いま、彼の目の前で、彼女は笑っていた。


 マスクこそ被っていないものの……。

 弁当こそ、持ち合わせていないものの……。


 あの(●●)時と、同じ……!

 否、それ以上の不遜さで……!


 シャンパンアケマクリの脳裏に、熱い想い出が、背筋には冷たい汗が走っていた。


 しかし必死になって、心の中の自分に言い聞かせる。



 ――お、落ち着くしゃんっ!

 あの女が言っていることは、きっとハッタリ……! 絶対にハッタリ……!


 『不死王の国ツアー』で弁当を持ち込んだときも、そうだったしゃん……!

 自信に満ちた態度で恫喝して、まわりの空気を飲み込んで、信じこませる……!


 しかしそれは、虚勢……!

 中身はスッカラカンで、何もないのしゃん……!


 とんだハッタリ君……! いや、ハッタリちゃんしゃん……!


 一度目は不覚を取ったものの、もう負けるわけにはいかない……!

 勇者界いちの大物司会者を目指す俺が、二度も論戦で負けるわけにはいかないしゃんっ……!


 そう……!

 これはきっと、ゴッドスマイル様が与えてくださった、試練……!


 太陽に向かって()ぶ翼が燃えだして、俺に牙を剥いたのしゃんっ……!

 でもこのくらいの事態を乗り越えられなければ、太陽(ゴッドスマイル)には、近づくことすらできないしゃんっ……!


 そう……!

 俺はゴッドスマイル様のお抱えのMCになって、年末の祝宴に催される『歌合戦』で、総合司会を務めるのが夢なのしゃんっ……!



 ちなみにその『歌合戦』は金組と白組に分かれて競い合う。

 金組チームは今年活躍した勇者の中から選抜され、白組も同じく今年活躍した聖女となっている。


 年の瀬が近くなると、ホーリードール家にも毎度のように、



「おめでとうございます! 白組の選手に選抜されました! これは大変名誉あることなのです! お喜びくださいっ!」



 と、押し売りのように歌合戦スタッフがやって来る。


 たしかに『歌合戦』に出場するのは、この世界の聖女たちにとっては夢のまた夢のこと。

 たしかに大変名誉あることなので、本来は選ばれた彼女たち(●●●●)は狂喜しなくてはおかしいのだが……。



「あらあら、まあまあ。ありがとう。でもママ、毎年その日は『微笑(わら)ってはいけない』があるから無理なの。プリムラちゃん、今年はなんだったかしら?」



「はい、お姉ちゃん。今年は『微笑(わら)ってはいけないおじさま執事24時』です。あの、すみません……。せっかくお選びいただいたのですが、わたしもお姉ちゃんと同じ理由で、『歌合戦』に出場することは難しくて……。誠に申し訳ありません」



 なんと聖女姉妹は、世界的に有名な一大イベントを、聞いたこともないようなへんなイベントで、一刀両断(おことわり)っ……!

 三女に至っては両断どころか、歌合戦スタッフに近づきもせず……遠巻きにイヤイヤをするだけであった。



 ……話を元に戻そう。



 カジノの『狭間ルーレット』のステージで、水車を挟んで対峙する、クーララカとシャンパンアケマクリ。

 シャンパンアケマクリはごくりと喉を鳴らし、握りこぶしを固め、意を決したように叫ぶ。



『じゃあ、この俺が野良犬マスクの協力者だという証拠を、見せてみるしゃんっ!!』



 彼は予想していた。

 敵が出してくるのは物的証拠などではなく、さもそれが存在するかのようなハッタリであると。


 本来は背後(バック)に誰もいないのに、さもその人間の命令があったかのように……。

 権力者の威を借りて、黙らせるつもりなのだろうと……!



 ――それで観客は騙せたとしても、もう俺は騙されないしゃんっ!



 シャンパンアケマクリは、ビシッと指を突きつけ、ハッタリであることを指摘しようとしたが、



 ……ビシイッ……!



 出鼻を挫くように、敵のほうが先に指で射貫いてきた。



「そこだっ! そこに、確たる証拠があるっ!」



 騎士の剣のように、すらりと伸びた指が示していたのは、ジャンジャンバリバリのズボン。

 いつものラフなハーフパンツではなく、今回の舞台のためにわざわざオーダーした、タキシードのポケットであった……!


 その持ち主は、思わず吹きだしてしまう。



『あっはっはっはっはっ! この野良犬女、狭間ルーレットのやり過ぎで、クルクルパーになっていたようしゃんっ! なんでこんな小さなポケットに、確たる証拠とやらが入っているのしゃんっ! このクルクルパーは、証拠をビスケットかなにかと勘違いしているようしゃんっ!』



 野良犬女も、フフンと吹く。



「そうか。そう思うなら、ポケットの中を見せてみろ。そうすれば、貴様の疑いは晴れるぞ!」



『はっはっはっはっ! いいしゃん、そんなことで納得するのなら! 入っているのはハンケチくらい……!』



 嘲笑とともに、ポケットに手を突っ込むシャンパンアケマクリ。


 瞬転、その笑みが、吹き消されたロウソクのようになる。



 ――!?

 こ、この手触り……!


 ハンカチじゃないしゃんっ!?


 布であるけど、形からいってハンカチじゃない……!?

 なっ、何なのしゃんっ!?



 中に何が入っているかわからない箱に手を突っ込んだ芸人のように、パッと手を引っ込めるシャンパンアケマクリ。

 すかさずヤジが飛んだ。



「おいっ! どうしたんだよっ!?」



「ポケットの中を見せるんじゃなかったのかよ!?」



「そうよ! なにを勿体つけてるの!?」



 観客の『不信感』という名の天秤が、じょじょに傾いていのを感じる。

 『そっ、それが……!』と発した声が裏返ってしまったが、シャンパンアケマクリはかまわず叫んだ。



『そっ……! それが……! それが野良犬女のやり方しゃんっ! まったく関係ないほうに話をそらして、自分のペースに持ち込むのしゃんっ!』



「話をそらしているのは、お前のほうだろっ!」



「そうだ! ちょっとポケットの中にあるものを、見せればいいだけだろう!」



「そうよそうよ! なにを勿体つけてるの!?」



 観客たちのほうを見やりながら、彼らを背負うように立ち位置を変えるクーララカ。

 逆光で暗くなった顔を、ニヤリと歪める。



「どうやら、観客は私の味方のようだな……! いや、スタッフもすでにこちらの味方か……!」



 シャンパンアケマクリが『ハッ!?』と気付くと、あたりには再び彼を押さえつけようと、にじり寄るスタッフたちが。

 舞台袖のオーナーが「ポケットの中を出させろ!」と指示していたのだ。


 このままでは、ポケットの中を引きずり出されるのは、時間の問題……!


 ここで()は、最悪の選択をしてしまう。

 『くっ……!』と呻いて、観客席めがけて走り出した。



「あっ!? に、逃げたっ!?」



「に……逃がすなっ! お、追えっ……! 追えええええっ!!」



 しかし、それもすぐに潰える。

 クーララカが、



 プッ……!



 と口から吐き出したピンポン球によって、シャンパンアケマクリは足を取られ……。



 ……ズダァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 と、ステージのど真ん中で、転倒……!


 そしてポケットから滑り出し、ツツーと滑っていったもの。

 それが観客たちの目に触れたとたん、大いなる悲鳴に包まれた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?」



「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーッ!?!?」



 それは、なんとなんと、なんとっ……!

 マスク……!


 殺人鬼のように(わら)う、野良犬のっ……!

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