52 走馬灯2
……私の人生にとって、精神的にもっとも辛かった出来事は、前述のとおりだ。
そして肉体的にいちばん辛かったのは、聖女従騎になるための試練……。
このツートップは、私の中で一生変わらないと思っていた。
今日、この日々を迎えるまでは……。
『今日も楽しい楽しい狭間ルーレットの、始まりしゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーんっ!! 今日こそはみんなで力を合わせて、この笑いゴリラをギャフンといわせてやろうしゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
「あの邪教徒の女、今日こそは吠え面をかかせてやるっ!」
「そうよ! 私たちはこの島に閉じ込められて、むしゃくしゃしてるんだからっ!」
「俺なんて、マリンスポーツが楽しみだったのに、それすらもできなくなったから、それを晴らさせてもらうぜ!」
夢の中にいるように、斜のかかった世界。
それが、水没していくような、ゆらぎに満ちる。
やがて、白く飛んでいく……。
『なにやら楽しそうですな、マザー・リインカーネーション様。いったい何をされているのですか?』
『あらあら、クーララカちゃん。こんどお店で福引き大会をやるのだけれど、その球を作っているのよ』
『福引きの球ですと!? ゴルドウルフめ、大聖女ともあろう御方に、なんてことをさせるのだ! 今日という今日こそは、許さんぞっ!』
『まあまあ、待って、クーララカちゃん。これはママが、ゴルちゃんに言い出したことなの』
『リインカーネーション様が、自ら……?』
『ええ。福引きって、とってもドキドキワクワクしない? ころんって球が出てくるところもかわいいし、球も色とりどりで、楽しいし……』
『まぁ、私も、そういうのは嫌いなほうではありませんが……。特等の商品は何なのですか?』
『100万¥の商品券か、「ゴルちゃんに飛びつこう券」10枚つづりよ』
『後者は、誰が選ぶというのですか……?』
『うふふ、さぁ、誰でしょぉ~?』
……最近よく、頭の中を過去の思い出が駆け巡るようになった。
もう現実との区別がつかなくなるほどに。
そして、やたらとよくあの男の顔も、浮かぶようになった。
『人間は、死を意識すると走馬灯を視るといわれています』
『知ってる! いままでの人生が、一瞬で視えるんでしょう?』
『ダイジェストのん』
『私はしょっちゅう視てます~! 今朝もお家の本棚が倒れてきて、押しつぶされちゃって、それで!』
『走馬灯を視るのは、いま死にそうな自分の危機に際して脳も危機を感じ、過去の経験を振り返って方策を探すためといわれています』
『生きるか死ぬか、最後のルーレットってわけね! でも、私は自分の最後を運に任せるなんて嫌だわ! っていうかそんな風になるのすらも絶対にお断りね!』
『ルーレットに外れたら死ぬのん。拒絶しても死ぬのん。でもシャルルンロットはルーレットごとひっくり返しそうのん』
『ええっ、死ぬんですかぁ!? 私がよく視る走馬灯って、わんちゃんに土下座してるところばっかりでしたよ!?』
『走馬灯は最後の悪あがき、あわよくば生きる方策が見つけられたら儲けもの、と思っている方が多いようですが、実は違います。走馬灯というのは、脳が無作為に視せているわけではなく、現在置かれた危機にあわせて、適切なものを提示しているのです』
『なるほど、デタラメってわけじゃないのね。脳のヤツもちゃんと考えてるじゃない』
『なら今のうちに頭をナデナデしておけば、いざとなったらいい走馬灯を視せてくれるのん。ナデナデ』
『人の頭を撫でるんじゃないわよっ!? アタシの頭を撫でていいのは、ゴル……アタシ自身だけなのよっ!』
『あっ!? そういえば私がいつも部屋で死にそうになってると、大家さんのわんちゃんが助けに来てくれました! 帰ったら、いっぱいナデナデしておきます!』
『人間は死を目前にすると、恐怖と混乱に陥り、正常な判断ができなくなるものです。でもこれだけは覚えておいてください。走馬灯は「生きるか死ぬかの偶然」ではなく「生きるため必然」だと。走馬灯が視えたらそれを必死に探り、現在置かれている状況と照らし合わせて、最後まで、限界まであがいてください』
……フッ、なにが「生きるための必然」だ……。
私がいま視ている走馬灯とやらは、リインカーネーション様との他愛ない思い出と、貴様のくだらぬ講義だけだ……。
それで、どうやってこの『生き地獄』を抜け出せというのだ……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……う……」
クーララカが気がつくと、そこは狂気のカジノではなく、廃屋の中であった。
今日も、いつもと変わらぬ一日が、終わりつつある。
「げほっ! ごほっ! ぐはっ!」
思い出したように咳き込むと、胃液と水が床にぶちまけられる。
広がっていく、濁った水面。
汚れた鏡のようなそれに、何かが映り込んでいるのに気付いた。
それは、開けっぱなしの窓。
窓枠に掴まるようにして、1匹のフクロウがとまっている。
真鍮のような瞳は、まるでクーララカを虫けらのように見下ろしていた。
猛禽類に見つかった虫けらのように、ハッと顔をあげるクーララカ。
「き……貴様は、ムクっ……!?」
その名は、『空の骸』。
ゴルドウルフが飼っている、灰色の巨大なフクロウだ。
こうして見ると、小さい雪だるまくらいある。
彼は『ムクちゃん』と呼ばれ、ホーリードール家の三姉妹にかわいがられていた。
特にマザーは彼を特に気に入っていて、寒い日などは彼をモコモコの帽子がわりにすることもある。
しかしクーララカは、このフクロウのことをあまり快くは思っていなかった。
ゴルドウルフのもう1匹のペットである、『錆びた風』はまだいい。
文句のつけようのない名馬だし、不死王の国ツアーでは弁当を満載した馬車で、ともにステージに特攻したので、戦友といってもいい仲だと思っている。
しかしこっちのフクロウのほうは、かわいさだけで取り入っているだけではないか……。
と、かわいさとは無縁の彼女としては、面白くなかったのだ。
だが今はそんなことを言っている場合ではない。
クーララカは聞き耳を立て、ソファのほうでシャンパンアケマクリが高いびきをかいているのを確認すると……。
ひそかに、しかし真摯なる声を絞り出した。
「つ……捕まっているんだ、助けてくれ……!」
しかし、フクロウは首をかしげるように傾けるばかり。
「と……とぼけるなっ! 知っているぞ、普通の伝書鳥は訓練した場所にしか行けないが、貴様は言われた場所ならどこへでも行けるそうではないか! ということは、貴様は人間の言葉がわかるのだろう!?」
しかし、フクロウはホーウと鳴き返すばかり。
「し……静かにしろっ! 寝ているシャンパンアケマクリが起きるっ! わ……悪かった! マザーの手作りのお前のオヤツを、こっそり食べたのは私だっ! 謝る! 謝るから、助けてくれっ……!」
すると、フクロウはクイックイッとお辞儀をするような仕草をした。
「ど……土下座して謝れだとっ!? 騎士にとっての土下座は、死ぬよりもの屈辱、だれが貴様などに……!」
フクロウは未練もなさそうに翼を広げたので、クーララカは慌ててすがった。
「わ……! わかった! 土下座でもなんでもする! なんでもするから助けてくれっ!」
縛られた身体を尺取り虫のように動かして正座し、床に頭をこすりつける。
するとフクロウは片脚をあげ、趾で掴んでいたものを離した。
……コンッ!
床に当たって高くバウンドしたそれは、
コンッ! コンッ、コンンコココココ……ッ。
弾みながら、クーララカの鼻先にぶつかった。
彼女は這いつくばったまま、
「こ……これはっ!?」
と息を呑んでいた。
お待たせしました…!
次回、いよいよ、いよいよ…!
反・撃・開・始っ…!