15 オラオラ勇者、またクエスト失敗…! 2
若き尖兵、イル・ボンコスが故意に犯したもの。
それは、地下迷宮をあてずっぽうに歩くという過ち。
先導が少しでも滞ると、背後からクリムゾンティーガーの舌打ちが飛んできた。
そこで彼は、叱られたくないあまり適当に道を選んで、順調に進んでいるように見せかけるという愚挙に出たのだ。
洞窟内をずんずんと進んでいく、あの頼もしい背中は、完全に偽装……!
もし途中で何度か行き止まりを引き当てていれば、仲間も不審に思っただろうが……運良く……いや、運悪く……。
勇者一行はミノタウロスたちがいる最深部まで、ストレートで来てしまったのだ。
しかし通ってきた道を覚えていないということは、帰るのはストレートにはならないかもしれないということ。
これでは、帰りの燃料を考慮せずに飛び立つ旅客機も同然である。
冒険者にあるまじき失態を……しかも故意に犯した彼は、もはや尖兵などではない。
ただの地獄の道先案内人である……!
クリムゾンティーガーたちはその死神のような青年を、百の言葉で罵り、千の拳で袋叩きにしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、今はそれどころではない。
暴走機関車のような存在が、すぐそこまで迫ってきているのだ。
「ブモォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!」
蒸気機関車の汽笛のようないななきと、踏み鳴らす蹄が振動となってあたりを震撼させる。
突き上げてくる重低音に、勇者は心臓をわし掴みにされたように動けなくなる。
今までは雑魚だと思っていた牛頭人身の怪物が、これほどまでに恐ろしいと感じたことはなかった。
「「……クリムゾンティーガー様っ!?」」
女性陣から呼びかけられ、わずかなプライドと正気を取り戻す青年。
石膏のように固まった身体を無理矢理動かして、丁字となった分かれ道を左へと走り出した。
いつもであれば、ここで追撃の手からは解放される。
が、巨人の乗る馬が迫ってくるような蹄音は、いつまでも耳に齧りついて離れない。
それでもしゃかりきに走っていると、いつの間にか横にイルが並んでいた。
彼は軽装のうえ、パーティでは一番足が早いので、先頭のクリムゾンティーガーに追いついてしまったのだ。
「……あっ!? あぁーんっ!? おい、イルっ!? テメ、なに一緒の方向に逃げてきてんだよっ!?」
「ええっ!? ど、どういうことっすか!?」
「ああんっ!? そんなこともわからねぇのかよ、このクソガキっ! 俺たちが逃げるまでの時間を稼ぐのも、テメーの役目だろうが!」
「そ、そんなぁっ!? ムチャいわないでくださいっす!」
そう、それは尖兵の常識ではない。
例のオッサンの常識なのだ……!
オッサンはパーティが遁走することになった場合、我先に逃げるようなことは絶対にしない。
必ず『ここは俺に任せてみんな逃げろ』をやる。
先程のような丁字路の場合は、逆方向に逃げるのが彼にとってのセオリー。
そうすれば敵の無防備な背中が味方に向くようになるので、逆転の大技を叩き込む絶好の好機となるのだ。
己を犠牲にして、ピンチをチャンスに変える……。
それがナチュラルにできるオッサン、ゴルドウルフ・スラムドック……!
といっても、これができる尖兵など、彼以外にはいない。
ミノタウロスの動きをよく観察し、熟知している彼でなければ、到底不可能な芸当なのだ。
一丸となって狂走する勇者パーティの前方に、行き止まりの壁が立ちはだかる。
一瞬絶望に囚われかけたが、錆びたハシゴがふたつ掛かっているのを見つけた。
この洞窟は大昔は鉱山だったので、ところどころにこういったものがある。
彼らは簡単な事前調査はしていても、過去になにがあったのかまでは調べてはいないので、ハシゴがかかっている理由すら知らない。
そんなことよりも、蜘蛛の糸にすがる亡者のように、他人を押しのけるようにしてハシゴに飛びついた。
右側のハシゴにはクリムゾンティーガー。
左側のハシゴにはミグレアとリンシラ、そしてイル。
しかし、
「ちょっとイル! お前はあっち行けよ! 下からローブの中を覗くつもりだろうが!」
「こっ、こんな時にそんなことしないっすよ!? あっ、だったらアッシが先に登れば……!」
「はぁっ!? なんで下級職のイルが先なんだよっ!? ざっけんなよ!?」
「……イルさん、マジ、ありえなくないですか!? 空気を読んで、あっちに行ってください!」
ミグレアから足蹴にされ、リンシラからシッシッと追い払われ、イルはやむなく右のハシゴにとりつく。
「ブモォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!」
体当たりするように袋小路に殺到するミノタウロスたち。
手を伸ばしてきたが、イルはギリギリで難を逃れた。
しかしミノタウロスたちはあきらめず、
「ブモッ! ブモッ! ブモッ! ブモォォォォォーーーーーーーーーーンッ!!!」
パワー系DQNが公園の遊具を破壊するかのように、ハシゴを壁から引っ剥がしはじめたのだ……!
ビキビキビキビキビキィィィッ……!!
壁に稲妻のような亀裂が入り、鉄組が、壁にからまる蔦のようにやすやすと剥がれていく。
それはクリムゾンティーガーやイルの掴まっている箇所まで及び、
「「うわあっ!?!?」」
ふたりは空中ブランコのように空をスウィングした。
「ああんっ!? おいっ、イル! 降りろテメェっ! 降りてオトリになれっ!」
「そ、そんな!? いま落ちたら死んじゃうっすよっ!? そ、それだけは勘弁してくださいっす!」
落ちそうになったので、勇者の白銀のブーツを掴みながら懇願するイル。
直後、彼の顔が映り込むほどの滑らかな靴底が振り上げられたかと思うと、
「あぁーん!? 俺のいうことがきけねぇ役立たずは……こうだっ!」
……ゴシャッ!!
鉄の鈍器で顔面をぶん殴るような、強烈なストンピングが炸裂……!
「ぎゃっ!? あっ……!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
激痛に手を離してしまった坊主頭の青年が、大の字になって堕ちていく。
45度にひん曲がった鼻から、暴れるホースのように鮮血を撒き散らしながら。
スローモーションの世界で、ゆっくりと遠ざかっていく仲間たちの姿を……彼は見ていた。
勇者は、中指を立てていた。
大魔導女は、舌を出していた。
聖女は、笑顔で手を振っていた。
やがて視界は膜を張ったようになり、滲んでいく。
大粒の涙があふれだし、眼球から離れていく。
青年が今生の最後に流した涙は、血が混ざっていてドス赤く、汚かった。
直後、世界は暗転する。
ドシャッ!!
……グシャッ!! グシャッ!! グシャッ!! グシャッ!! グシャッ!!
彼はラッシュアワーの中で躓いた人のように、よってたかって踏み潰され……床にまみれる赤黒いシミとなった。
勇者一行の災難(自業自得?)は、まだ続きます!