50 クーララカの過去2(ヘイト回)
聖女従騎となった私は、センティラス様を守る騎士として活躍を続けた。
プジェトにおいて、聖女従騎のいる大聖女というのはそれほど多くない。
この『女神に選ばれし騎士』という私の存在は、センティラス様の地位をさらに押し上げることとなった。
……誇らしかった。
センティラス様はすばらしい大聖女であったのだが、私がいることで、それがさらに世間に認められることとなったのだから。
そして、痛快であった。
聖女従騎のいないライバル聖女たちが、ローブの裾を噛んで悔しがる姿が。
以前、ライバル聖女たちは、私を連れたセンティラス様をあざ笑っていた。
「あぁ~ら、センティラス様、ごきげんうるわしゅう。今日もその路地裏で拾った野良犬をお連れなのですね。犬といえば血統書付きと決まっている、我が家では到底真似できませんわぁ」
しかし今となっては、自慢の血統書付の犬を、物陰で罵る始末……!
「キィーッ! まさかあの野良犬が、聖女従騎になるだなんて……! これじゃ、なんのために名門の騎士学校から、お前という犬を引き取ってきたのかわかりゃしない! お前っ、あんな野良犬に先を越されるなんて、恥を知りなさいっ!」
私は誰にともいわず、高らかに叫んだ。
「ざまを見よ! 生まれや育ちなどで、人を図るからだ! 私はたしかに野良犬だが、センティラス様のお役に立ちたいという気持ちは、誰にも負けてはいないぞ!」
しかしそれでも、センティラス様は変わらなかった。
いつもと変わらぬ微笑みで、私のことを気遣ってくださっていた。
「もう、あなたったら……あんまり、無茶はしないでね」
しかしそれでは駄目なのだと、私は思っていた。
私は無茶をしてようやく、センティラス様のしてくださったことに報いることができるのだと。
そして、その時こそ……。
センティラス様は私のことを、認めてくださるだろう、と……!
私はしゃかりきになって、センティラス様の御名を上げるための努力をした。
西に強盗団のキャンプができたと聞けば、乗り込んで根絶やしに。
東に魔王信奉者のアジトができたと聞けば、乱入して壊滅。
やがてセンティラス様の名は四隣、さらには八隣にまで轟くようになった。
しかしその時のプジェトには、遙か遠方のハールバリー小国にいる、リグラス・ホーリードールという大聖女の名が届いていた。
聞くところによると、センティラス様と同い年である10歳。
センティラス様も聖女集会でお目にかかったことがあるそうで、それはそれは素晴らしい御方であると褒めておられた。
しかし、駄目なのだ……!
それでは……!
センティラス様こそが、世界最高の聖女……!
そうでなくては、ならないのだ……!
センティラス様の名をこだまのように、ハールバリーまで届かせるべく、私はさらにがむしゃらになった。
しかし……私は、知らなかったのだ……。
それが……センティラス様を追い詰め……。
そして……苦しめているということに……
……ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
私はある晩、センティラス様の寝室から聞えてくる悲鳴に我慢ならなくなり、扉を蹴破った。
すると、そこには……。
ラードのカタマリのような男……。
いや、もはや下水道に棲むスライムのようにぶよぶよで、人としての形をなしていない、不気味なモノが、 蠢いていた……。
センティラス様を、その脂肪で生き埋めにするように、ベッドの上に押し倒し……!、
センティラス様が、苦悶に歪む顔を楽しむかのように、ベッドの上で……!
「き……貴様っ! センティラス様に狼藉など、この聖女従騎である私が許さんぞっ! 今すぐセンティラス様から離れろっ!!」
するとヤツは、首のない顔……いや、顔ともつかぬモノを、こちらに向けた。
ロウソクのようにドロドロの汗を滴らせた、粘塊のようなソレを、ぶよりと歪めながら……。
口から粘ついた濁液と言葉を、どろりとこぼしたのだ……!
「ドゥフッ……! アレが、センたんの生理を遅らせているアレデュフか……!(ニチャァ) あっ、それとも(ピチャピチャ)……センたんは生理は来てないデュフか……?(ネチャア)」
ヤツの口は、腐った豆のような粘っこい糸を引いていて、開くたびに腐臭が漂ってきた。
喋るたびに舌がぺちゃぺちゃと音をたて、唾液があたりかまわず飛び散り、不快きわまりない。
しかしそんなことよりも、ヤツの言葉のほうが私にとっては気になっていた。
「……それは、どういう意味だっ!?」
「デュフフフ……! みなし子を拾うことは本来、聖女がしてはならぬ行為……!(ピチャッ) ゴッドスマイル様のお耳に入ったら、どんな処分が下されるか……!(ペチャッ) 本来は隠すべき行為であるはずなのに、わざわざ喧伝するとは……!(ピチョッ) でもまぁ、そのおかげでこうして、イイ思いができるんデュフけどねぇ……!(ペチョォォォ)」
「……!!」
……私は、雷に打たれるほどのショックを受けた。
みなし子を拾って育てることは、聖女としての禁忌……!
いくら私が聖女従騎になったところで、野良犬ということは、変わらない……!
「そんな、今ごろ気付いたような顔してぇ……!(ヌチュッ) この世界で大事なのは、何をしたか、ではなく、誰がしたかということなのに……!(ペチャペチャ) 野良犬が武勲を立てたところで(ピチャピチャ)無駄なんデュフよぉ……!(ニュルッ) だって、いっしょに野良犬であることも広まるのデュフから……!(ピチャッ) デュフフフ……!(ニュロォォォ)」
私は、私は……!
「でも、センたんは身体を張って野良犬を守りたかったみたいデュフねぇ……!(グチュグチュ) デフがゴッドスマイル様にご報告しようとしたら、身も心も……(ビチャビチャ)喜んでデフに捧げてくれたのデュフから……!(ネチャア)」
私はセンティラス様のためを思って、がんばっていたのに……!
「でも今日はセンたんのベッドに寝てみたくて、準神級の調勇者であるこのデフが(ピチャピチャ)わざわざこんなへんぴな国まで来たのデュフから……!(ニチャァ)」
こんな下衆に、センティラス様のお身体を、穢させるためではなかったのに……!
「おおっとぉ……?(ニュルゥ) それはたしか、フニャチンブレードとかいう、聖女従騎の証である剣……!(ピチャッ) それに手を掛けるということは、フニャチンをデフに向けようとしているのデュフかぁ……?(ネチャア) いいんデュフかねぇ……?(ニチャァ) 準神級といえば(ピチャピチャ)神の次に偉い勇者……!(グチュッ) それにフニャチンなんて向けて、いいんデュフかねぇ……?(ブチュッ) あ~あ、センたんの生理がますます遅れちゃいますねぇ……!(ピチャッ) せっかくセンたんにデフの愛の結晶を(ピチャピチャ)授けようと思ったのに……!(ネチャア)」
「き……きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
……ズバァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
「……フウッ、びっくりした……!(ピチャッ) まさか斬りかかってくるだなんて……!(ペチャッ) やっぱり野良犬というのは、いくら躾けをしても無駄なことが、証明されたんデュフねぇ……!(ニュルンッ) でもセンたんがデフをかばってくれたおかげで、助かりました……!(ジュルル) でも、せっかくいい幼女聖女を手に入れたと思ったのに、これじゃぁ……(ヌチャァァァ)」
「……せ……セン……ティラス……様? せ……センティラス様っ!? なぜ!? なぜこのような下衆をっ!?」
しかし、しかし……。
センティラス様は変わらなかった。
こんな、時でも……。
生まれたまままの姿に剥かれ、陵辱されて……。
それでも、そんな相手を庇おうとして……。
油にまみれた身体で飛び出してきて、袈裟斬りにされても……。
いつもと変わらぬ微笑みで、私に向かって……。
「もう、あなたったら……でも……」
あ り が と う
それがセンティラス様の最後のお言葉だった。
……それからだ。
私が、二度と剣を握れない身体になってしまったのは。