45 クーララカの逃亡生活4
シャンパンアケマクリは、廃屋に転がり込んできたクーララカを見た瞬間、あの時の記憶がフラッシュバックする。
かってジャンジャンバリバリは、『ゼピュロス様と行く、不死王の国ツアー』において、勇者ゼピュロスを支持しなかった観客に対し、昼食の弁当を販売しないという嫌がらせをしたことがあった。
『あっ、そっかぁー! 野良犬といえば、残飯あさりじゃぁーーーん! だからあんなゴミ捨て場に、好き好んで集まってるじゃぁぁぁーーーんっ! そのうちあのゴミ山に顔を突っ込んで、ガサゴソやりはじめるに、違いないじゃぁぁぁーーーーーんっ!!』
などと野良犬サイドの観客たちを、嘲笑していたのだが……。
そこにクーララカが馬車で乱入、取り押さえようと集まってきた警備スタッフに向かって、こう言い放ったのだ。
『補給物資だ! 野良犬どもに弁当を持ってきたぞ!』
この時彼女は野良犬のマスクを被っていて顔を隠していたのだが、その声だけは、今でもハッキリと覚えている
そして彼女は顔がわからないのをいいことに、ハッタリをかまし続ける。
『私はあるお方の極秘の勅命を受け、王都ハールバリーより早馬にてここまで来た! その私を捕らえようなどとは、いい度胸ではないか!』
『見ろ! このイベントには、1千人もの観客たちがいる! 今日ここで貴様らがしたことは、すべて土産話となって持ち帰られ、噂となって国じゅうに広まるのだぞ! 無意味な兵糧攻めなど、悪評になりこそすれ、我らのためにならぬことくらい、理解できぬのか!』
『敵に塩を送って勝ってこそ、我らの功名は国じゅうに轟く……! それが、あのお方が望まれていることだ! 私がこうしてわざわざ野良犬の覆面などをしているのも、そのためだ!』
『あの方』が誰なのかを尋ねてみたが、含みを持たせた返答をされてしまい、ジャンジャンバリバリは雇い主である、勇者ジェノサイドロアーのだと誤解してしまう。
本来ならばもっと疑ってかかるべきだったのだが、彼女の堂々としたハッタリに気圧されてしまい……。
ジャンジャンバリバリは野良犬サイドへの弁当配布を許してしまったのだ。
その弁当は正直、舌の肥えたジャンジャンバリバリも食べたくなってしまうほどの見事なものであった。
今思えば、あの弁当事件がイベント失敗の決定打となった気さえしてくる。
結局、ツアーは大失敗に終わり、ジャンジャンバリバリは生きて帰るために苦渋の選択をした。
『おおーっとぉ! ヘタレ勇者へのお仕置きは、500発を突破してもなお、止まらないじゃぁぁぁぁーーーーんっ! このままみんなで、あの邪悪な勇者をやっつけるじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!! ジャンジャン、バリバリィィィィーーーーーッ!!』
本来は持ち上げなければいけないはずの勇者ゼピュロスを、サゲ……!
『ジャンジャン、バリバリィィィィィーーーーッ!! 今日いちばんのヒーローの、ゴルドくんが出てきたじゃぁぁぁぁぁーーーーんっ! みんな、拍手喝采大歓声じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!』
本来は貶めるはずだった野良犬を、アゲてしまったのだ……!
あの時の屈辱は、今でも忘れない。
そしてそのキッカケを作った張本人、クーララカがマスクを取った瞬間も……!
長い黒髪を振り乱し、褐色の肌に浮かんだ玉の汗を、キラキラと散らしながら……!
彼女は、こう言ってのけたのだ……!
「ふぅ……! 貴様の司会、なかなかの名調子であったぞ……! スラムドッグマート専属になるには、まだまだだがな……!」
褐色の女性が好みであるジャンジャンバリバリは、実をいうと一瞬だけときめいていた。
しかし前述の台詞で、台無し……!
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!? ありえないありえないありえないっ!? ありえないじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!? 言葉を武器にして、今までのしあがってきた俺が……言葉で負かされたうえに、しかも場末の商店の従業員に、上から目線をカマされるなんて、ありえないじゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーんっ!?!?」
それは勇者芸能界という荒波にもまれ、カリスマ司会者となった彼に大きな屈辱と挫折を与えた。
もしかしたら彼女の一言がなければ、いつものテキトーさで何もかも忘れていたかもしれない。
グレイスカイ島への傷心旅行に旅立つことも、なかったかもしれない。
そして……暴れ馬にさんざんな目に遭わされ、極貧生活を強いられることも、なかったかもしれない……。
しかし今、運命の鉄鎖はひとつになった。
彼は確信していた。
これは神が己に与えたもうた、試練だったのだと……!
試練を乗り越えた先で、彼女に再会する運命にあったのだと……。
かつての復讐と、栄華の復権を、同時に果たさせるために……!
神は再びこうして、ふたりを相まみえさせたのだと……!
それはさながら、国を追われた王子が、民に身をやつしてさまよい、さまざまな試練を乗り越え……。
王の証である聖剣を手にし、悪い魔女を倒して、国王となるような……。
後に伝説として残り、後世に語り継がれる、貴種漂流譚の1ページであったのだと……!
ジャンジャンバリバリは、再会の驚きを悟られぬよう、悪い魔女を手厚くもてなした。
神尖組に追われていたようだったが、得意の口八丁で追い払ってやった。
彼女から名前を尋ねられたときはちょっとドキッとしたが、シャンパンアケマクリの偽名を信じたようだった。
そして彼女はすっかり安心しきって、毒リンゴを口にしたかのように、深い眠りに落ちていった……。
それは、長きにわたって途絶えていたものを、ようやく手にした瞬間でもあった。
不死王の国ツアーの頃から続いていた野良犬のターンが終わり、ついにジャンジャンバリバリのターンがやってきたのだ……!
ジャンジャンバリバリ、いや今はシャンパンアケマクリは、寝ている彼女にニセモノの犬耳と尻尾を付けた。
そして担ぎ上げ、この島いちばんのカジノへと直行……!
「イキのいいワイルドテイルがいるしゃん! 『狭間ルーレット』に掛ければ、狙いどおりの目になる最高のタマしゃんっ! 俺に今夜のMCをやらせてくれれば、ジャンジャン……いや、シャンパンアケマクリに、儲けさせてあげるしゃんっ!」
まるで夫婦の大道芸人のように、売り込んだのだ……!
今回は第3章のおさらいの話でした。
次回は『狭間ルーレット』が登場しますので、ご期待ください!