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44 クーララカの逃亡生活3

 ……レディース・アーン・ジェントルマン!


 まさに淑女と紳士と呼ぶにふわさしい……!

 いやいや、女王と皇帝と呼ぶにふわさしい、高貴な方々ばかりに見つめられるなんて、最高しゃぁーーーんっ!!



 頭の中で、サイレンのように遠く鳴り響く声。

 寝ている真夜中に、自宅に向かって救急車が近づいてくるような、たまらない不快感。



 あっ、そこにおすわすアナタ様は、マザー・リインカーネーション様しゃんっ!?

 えっ、違う!? その慈愛が滲み出た美しさは、聖母と見紛うほどしゃーんっ!


 ではでは、そこにおすわすアナタ様は、ライドボーイ・ゼピュロ……。

 あ、いやいや、あんなヘタレと一緒にしては失礼しゃん!



 どっ! と笑い声がおこり、否応なしに意識は覚醒する。

 泥の中から引きずり出されたものの、すでに自分自身は泥人間になってしまったかのような、どうしようもない虚脱感。



 ……なん、だ……。うる、さい、な……。もう少し、寝かせ、て……。



 ああっ!? どうやら今夜の主役が、目を覚ましてしまったようしゃあんっ!?

 せっかく、高貴な方々の視線を独り占めできいたというのに、ぜんぶ持って行かれてしまうしゃんっ!?



 パッ! と瞼の裏が急に明るくなった。

 まぶしさに、うっすらと目を開けてみる。


 そこは、倒れ込んだソファの上などではなかった。

 それどころか、命からがら逃げ込んだ廃屋などでもなかった。


 逆光になっているせいでよく見えないのだが、かなり広いホールのような場所だった。


 部屋のいちばん奥から、真夏の太陽のようなスポットライトが降り注ぐ。

 視点がだいぶ高い位置にあったので、ステージのような場所にいることを自覚する。


 奥には客席のような広い空間。

 白いクロスがかけられたテーブルが、無数に薄闇のなかに浮かび上がっている。


 それはさながら、夜の海に浮かぶクラゲの群れのようであった。


 テーブルには、いかにも身なりの良さそうな者たちが着席している。

 灯りはロウソクの燭台だけなので顔は見えないが、着飾ったドレスや身に付けた宝石などが、キラキラと反射していた。


 不意に何者かが近づいてきて、視界の隅から顔を出す。


 ライトに反射して、満月のように光る頭。

 それだけで、すぐにわかった。



 貴公はっ……!? シャンパンアケマクリ……!? どうしてっ……!?



 と声に出したつもりだったのだが、



「ひほふはっ……!? ひゃんひゃんはへはふひ……!? ひょうひへっ……!?」



 と麻痺しているかのように、口が回らなかった。


 それで、自分の口が開かれたまま、(くつわ)のようなもので固定されていることに気付く。

 それどころか、両手両足すらも広げられ、これから解剖されるカエルのように、固定されていることにも……!


 ペロ~リと舌なめずりをしながら、日に焼けたテカテカの顔を近づけてくるシャンパンアケマクリ。



「『不死王の国ツアー』のステージでは、随分お世話になったじゃぁ~ん?」



 豹変したような口調に、ハッとなるクーララカ。



「ひっ……ひさまは!? ひゃんひゃんはりはり……!?(きっ……貴様は!? ジャンジャンバリバリ……!?)」



「野良犬にズタボロにされた傷心旅行で、このグレイスカイ島に来たってのに……。暴れ馬にやられて、さんざんな目に遭っちゃったじゃぁ~ん?」



 ……ジャンジャンバリバリは、勇者専門のセレモニー・マスター、いわばMCである。

 彼自身も導勇者(どうゆうしゃ)なのであるが、勇者のイベントにおいて数多くの司会を務め、その派手な髪型と衣装、そして名前と同じ、



「ジャンジャン、バリバリィィィーーーッ!!」



 という景気のいい掛け声で好評を博していた、もっとも勢いのある司会者であった。


 そしてつい最近までは、飛ぶ鳥を落とす勢いだったのだが……。


 彼が躓くきっかけとなったのは、ハールバリー小国の『ゴージャスマート』に依頼された、『ゼピュロス様と行く、不死王の国ツアー』のステージ進行役。


 それは本来は『スラムドッグマート』の地位を貶め、『ゴージャスマート』の地位向上のためのものだったのだが……。

 勇者ライドボーイ・ゼピュロスのヘマと、運営スタッフの不手際が重なり、さんざんな結果になってしまった。


 彼自身は最後の最後になって『スラムドッグマート』に寝返り、スキを見て逃げ出したのだが……。

 栄光続きであった彼の司会者人生において、唯一の汚点となってしまったのだ。


 その時は、他の勇者の失態が大きかったので、自分だけはなんとか降格処分を受けずにすんだのだが……。

 いずれにせよ、彼のMC人生で初めての、そして大きな挫折となってしまった。


 傷心を癒やすために、このグレイスカイ島にバカンスに訪れたのだが……。

 先の『暴れ馬事件』において、荷物や所持金を馬にすべて奪われてしまう。


 それどころか、彼のアイデンティティともいえる、アフロまで……!


 アフロはカツラなのだが、それはトップ・シークレット。

 絶対に、ニセアフロであるということをバレるわけにはいかなかった。


 本来であるならば、この島で無一文になったところで、勇者であればさしたる問題はない。

 自分が勇者であることさえ証明できれば、ホテルはツケで滞在できるし、ツケで船に乗って帰ることもできるからだ。


 しかしそのためには、出て行かなくてはならない。


 ありのままで(●●●●●●)……!


 いくら少しも寒くないとはいえ、引き換えにするものが大きすぎるとジャンジャンバリバリは思っていた。


 もしニセアフロであるということがバレてしまったら、人気が失墜してしまう……!


 ……実際そうなるかはわからないが、ともかく彼自身はそう思っていた。


 そのことを痛感したのは、アフロがなくなってからの、自分に対するまわりの反応である。

 クーララカを初めとして、誰ひとりとして、彼がジャンジャンバリバリであることに気付かないのだ……!


 それはショックではあったが、ニセアフロであることを隠したい身にとっては好都合でもあった。


 ちなみにではあるが、大陸のほうにある彼の自宅には、たくさんのスペアアフロがある。

 使用人に手紙のひとつでも出して、郵送させることも可能なのだが……。


 しかし、トップ・シークレット……!

 ニセアフロであることは、使用人ですら知らない、絶対的な秘密なのだ……!


 彼は島をさまよい歩き、誰もいなかった裏路地の廃屋を見つけると、そこを根城にし……。

 導勇者(どうゆうしゃ)をめざす売り出し中の司会者、『シャンパンアケマクリ』となり……。


 このグレイスカイ島において、再起を図ったのだ。

 カジノの司会者としてアルバイトを続け、アフロを取り戻すために。


 なお彼の愛用のアフロは、そのへんに売っているようなパーティグッズではなく、最高級品。

 そのため、とにかく金を稼ぐ必要があった。


 最初は、名もなき司会者を相手にしてくれる者などほとんどいなかった。

 街頭パフォーマンスを経て、ようやく安カジノに雇われるようになる。


 彼は安カジノの司会者を続けながら、細々と暮らしていた。

 食事は商店でもらってきた、切れ端のハムやクズ野菜、パンの耳などで作ったサンドイッチ。


 つい数日前までは、高級ホテルの豪華ディナーに舌鼓を打っていたというのに、雲泥の差である。

 しかし彼は、あきらめなかった。くじけなかった。


 以前は見下し続けていた、安カジノに訪れる庶民たちに、へーこらして……。

 アフロを掴むその日を、夢見ていたのだ。


 そんな彼の前に、ある日、ビッグ・チャンスが転がり込む。

 『クーララカ』という名の、女神が……!

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