40 Gの悲劇1
リヴォルヴは野良犬マスクに対し、いくつかのカードを切った。
野良犬マスクの中の人を知っている者にとっては、有効打となるか怪しいものばかりであったが……。
もしリヴォルヴが、ストロングタニシからの報告をきちんと受け止めていたら、違っていたであろう。
すべてがオッサンの手によるものだと判断していれば、もっと違うカードを切ることもできたはずなのだが……。
しかし君、彼を笑うことなかれ。
ストロングタニシの報告は正直なところ『信じろ』と言われても、どだい無理な話なのである。
それでは例として、ストロングタニシがリヴォルヴにした報告を、現代に置き換えてみるとしよう。
「へんっ、聞いて驚くなよっ!? 野良犬のマスクを被ったヤツが将棋会館に突然現れて、歴代永世名人を全員相手に、多面指しで勝ったんだ! しかも野良犬マスクは、王将以外の全落ちで……! しかもしかも、目隠ししたまま逆立ちで移動して、足で差してたんだぞっ! しかもしかもしかも、全勝した瞬間、小鳥は啼き、馬は嘶き、魚は200匹近く池から飛び出て、白鳥が一羽飛び立ったんだぞっ!? どうだ、スゴイだろうっ!?」
『神尖組の本隊にたったひとりで勝つ』というのは、こう宣っているのも同然なのだ。
たとえ語ったのが立ち飲み屋だったとしても、酔っ払いすらも相手にしないレベルの話だというのが、わかっていただけただろうか。
……それでは、余談ついでに、もうひとつ……。
グレイスカイ島はリヴォルヴの切ったカードにより、出島に次いで、ついには入島もできなくなってしまった。
島に訪れた船に対しては、当初は港の入港ゲートで対応する予定であった。
しかし、いったん入港されてしまうと、追い出すのに手間がかかってしまう。
それに、すでに島にいる観光客たちが紛れてしまった場合、出港を許してしまうことになる。
そのため、新たな対処方法が考え出された。
沖合いを監視し、船影が確認された場合、神尖組の海上警備隊が出動。
船に乗り込んで、沖で事情を説明して引き返してもらうという手段が取られた。
そのおかげか、入港者に関するトラブルは最小限にとどめられ、島にはかりそめの平穏がもたらされていたのだが……。
しかし『とある人物』にとっては、タッチの差を生む結果となってしまった。
せめて入港ゲートまで辿り着けていれば、会いたい胸の内を叫び倒して、まわりを味方につけて……。
物理的に胸をねじ込んででも、入島できていたかもしれないのに……!
「……えええええっ!? 島に入れないって、どういうことなのっ!?」
「も……申し訳ございません! マザー・リインカーネーション様っ! たった今、島には戒厳令が敷かれまして……! どなたも入島いただけない状態になっております!」
聖女たちの大集会はまだ続いているというのに、それを途中でブッちぎって、船に飛び乗ったリインカーネーション。
あと少しで島に上陸という所だったのに、神尖組の海上警備隊によって止められてしまった。
「そ……そんなぁ!? 入れて入れて入れてぇぇ! ママの言うことがきけない悪い子はこうでちゅよっ!? めっ、めっ、めっ!」
「ほ……本当に、本当に申し訳ございませんっ! リインカーネーション様のような大聖女様は、その御身になにかあってはいけないと、島の安全が確保されるまでは、絶対にお通ししてはならぬと、リヴォルヴ様からきつく仰せつかっておりまして……!」
現時点において野良犬マスクは、山に人質をとって立てこもっているテロリストのような存在。
そんな危険人物がいる場所に、大聖女を招くわけにはいかない。
対応としては、実に筋が通っていた。
リインカーネーションは真っ赤になって抗議していたが、最後の心の支えを断たれ……。
信号機のようにサッと真っ青になると、へなへなと崩れ落ちた。
そして……再びカッと赤熱。
ひとりの少女が、ついに爆ぜるに至る。
それは、ホーリードール家の有する船の上。
甲板の上という、あくまで狭い空間での出来事だったのだが……。
しかし聖女史に残るほどの、すさまじいものであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リインカーネーション・ホーリードール、17歳。
ホーリードール家の長女にして、家長であるマザーを務めている。
多いなる慈愛を周囲に惜しみなく与え、女神の生まれ変わりとも称されている、近隣諸国ではいちばんの聖女であった。
そんな彼女に突如としてもたらされた、大いなる悲しみ……。
『Gの悲劇』と呼ばれ、語り継がれるほどの……。
『悲哀にして悲恋なる悲話』の一部始終を、いまここに記すっ……!
「悲しみよ、こんにちは……! わたしが、ママよっ……!」
別離7日前。
別離が決定して、彼女はすぐさま、飼っているフクロウに伝書を託した。
宛先は、聖女集会の開催国への国王、ならびに参列する大聖女たち。
郵送による手紙では遅く、魔法による伝声では配下の者たちによる伝言になってしまう。
より意図を正確に、そして速く伝えるために、伝書鳥を使ったものと思われる。
伝書の内容は、聖女集会の開催延期の提案であった。
その日は運勢的に最悪の日だと主張したのだが、受け入れられず、延期には至らなかった。
別離5日前。
屋敷の大浴場で、1日5回の水垢離をはじめる。
それは辛く、厳しいものであったが、彼女は泣き言ひとつ言わずに続けた。
「マザーは聖女集会に向けて身を清め、邪念を払われているのだ」と使用人たちは感心する。
しかし彼女の妹から、
「あの……お風邪をひいたら聖女集会はお休みできると思うのですが……。おじさまは、お風邪をひいたお姉ちゃんを、出張に連れて行ってくださるとは思えないのですが……」
邪念まみれであることを見抜かれてしまい、そのうえ作戦の穴を突っ込まれてしまい、2日でやめる。
別離3日前。
身体を丸めてトランクに潜り込む特訓をする。しかし胸が邪魔をして、どだい無理であった。
特注の大型トランクを、特急料金で注文。
同行者であるクーララカに持たせようと画策するが、不自然な大きさだったのでゴルドウルフにバレてしまう。
別離2日前。
マザーをやめると言い出す。
別離1日前。
最後の想い出づくりのために、ゴルドウルフに対し、あーんして食べさせる、膝枕、いっしょに入浴、添い寝などを提案。
しかしすべて断られる。
金庫にしまっていた『ゴルちゃんがなんでも言うことを聞く券』に手を伸ばしかけたが、本来の目的が達成できなくなると断念。
別離当日。
ゴルドウルフの出発を、戦地に向かう家族のように見送り、彼女自身も隣国で開催される聖女集会へと出発する。
ちなみに聖女集会は魔王信奉者の標的にされやすいので、ガンハウンドとソースカンも警備として駆り出されています。