37 静かなる海に(ざまぁ回)
神尖組第13番隊との、静かなる死闘から明けて一夜。
水平線の向こうに浮かんだ陽光が、澄み切った空と海を青紫に染めあげる。
それは、いつもと変わらぬ美しさ。
そして、いつもと変わらぬ穏やかさであった。
世界がリンドウの花畑になったかのようなこの光景こそが、グレイスカイ島の朝の名物。
看板の売り文句となるほどの景観のひとつである。
そんな『この世の楽園』ともいえる島の外周は、港などの一部を除いて海水浴やマリンスポーツが楽しめるビーチになっている。
今日も遅い朝食を終えたセレブたちが、美しい海にのんびりと繰り出していた。
出港制限の真っ最中ではあるが、それはさておき、せっかくだからと余暇を楽しもうとしているのだ。
例の暴れ馬事件のことなどすっかり忘れギャャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!?!?
阿鼻叫喚の嵐、ふたたびっ……!!!!
次に島を襲った災禍は、暴れ馬などではなかった。
馬に比べればひたすらに静かで、ぱっと見は風景に溶け込んでいるようにさりげない。
しかし一度気付いてしまったら、最後……。
そのおぞましさに、叫び出さずにはいられないのだ……!
ビーチの浅瀬と、沖のあいだに浮かぶ……V字型の物体。
初めは、流れ着いた流木かなにかだと思う。
しかし、朝日の逆光に照らされたソレのディテールが、明らかになった途端っ……!
「うっ……うわっ!? うわああああーーーーーーーっ!?」
「なっ、なんだ、ありゃあっ!?」
「あっ、脚だっ!? 人間の脚だっ!?」
「う、海に逆さになってるぞっ!?」
「あれ、絶対に死んでるっ! 死んでるぞぉーーーーーーーーーっ!!」
人間の両足をコンクリートで固めて、海に沈めるという殺害方法があるが、それはその逆であった。
まるで頭だけをコンクリートで固めて、海に沈めたようなソレは……下肢以外はすべて水中に埋没しており、すでに微動だにしていない。
もはや救助の余地のないモノだと、ひと目でわかるほどに、冷たい色をしたソレは……。
水 死 体……!!
いくらこの夏いちばん静かな海でも、そんなモノが突き刺さっているビーチで楽しめる人間など、いようはずもない。
しかもいたるところにそんなモノが突き刺さっているものだから、大パニック……!
かつての『暴れ馬事件』の恐怖までが蒸し返され、島はふたたび大混乱に陥ってしまった。
それはすぐに島の主である、リヴォルヴの耳にも伝えられる。
「た……大変ですっ、リヴォルヴ様っ!」
朝食を終えたこの時間、リヴォルヴは仕事にかかる前に、書斎で愛銃を磨くのが楽しみのひとつであった。
それを邪魔され、不機嫌そうに顔を上げる。
「ナんだぁ? また、暴れ馬でも出たのか?」
「い、いいえ! 暴れ馬のほうが、まだ……! まだ良かったです! しっ、島のビーチに……!」
「ナんだ、酔って泳いだ勇者が、溺れでもしたか。事故による水死体ナんて、この島じゃ珍しくも……」
「い、いいえ、たしかに水死体なんですが……! 突き刺さっているんですっ! 海に突き刺さってるんですぅぅぅぅぅーーーーーっ!!」
その光景を思い出すだけでも気が触れてしまいそうなほどに、報告に来た部下はひとり悶絶していた。
「突き刺さる? ナんだそりゃ?」
普通、水死体というものは浮かぶものだが、突き刺さった水死体など聞いたこともない。
しかし死に方はともかく、確認することはひとつだけだった。
「じゃあ、とりあえず海上警備隊に引き上げさせて、身元を確認するんだナ。力天級の勇者か、小国の大臣以上だったら丁重に扱え。お悔やみも出しておくんだ。それ以下だったら、そこそこの扱いでいい。小天級の勇者や小金持ち風情なら、野良犬どものエサにでもしてやるんだナ」
しかし指示の最中、別の部下が書斎に転がり込んでくる。
「た……大変ですっ、リヴォルヴ様っ!」
「ナんだナんだ、今度はナんだってんだ?」
「水死体の身元がわかりました!」
「ほう、仕事が早いナ。で、どこのどいつだったんだ?」
「まず、水死体はぜんぶで12体ありました!」
「……ナにぃ?」
てっきり1体だと思っていたリヴォルヴは、眉をひそめる。
「そ……そして……み、身元は……! 身元はっ……! あっ……あうううっ!」
口にしたら、すべてが終わってしまうように……。
報告に来た部下は、先に来ていた部下と一緒になってふたり悶絶していた。
「もったいつけるナ。12体もの水死体ということは、同じグループってことか?」
そこでリヴォルヴはハッとなる。
「まさか……!?」
「はっ、はいいっ! だ、第13番隊の、第1班と第2班の方々でしたぁっ! うっ……うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?」
隊員たちはとうとう気が触れてしまったかのように、顔をバリバリと掻きむしりながら崩れ落ちた。
無理もない。
神尖組の第13番隊というのは、彼らにとって……。
いや、多くの者たちにとって、『死神』と同義なのだ。
……死の神が、死ぬ……!?
それは一見、医者が風邪を引くのと同じように見えるが、次元が違いすぎる……!
死者が死ぬ……頭痛が痛い……馬から落馬する……。
そんな言葉のパラドックスが現実になったかのような、衝撃っ……!
この報告には、いつも狭間に揺れることを楽しむリヴォルヴの心も、わずかに傾いていた。
「……まさか、神尖組の本隊が……!? しかも暗殺部隊の第13番隊が、やられちまったって、お前らはそう言いたいんだナ……!?」
しかしその問いは、ふたり分の号嗚にかき消されてしまう。
……ズダァン! ズダァンッ!!
二発の銃声のあと、書斎は静まりかえり……。
リヴォルヴの思考も落ち着きを取り戻す。
「まさか、あの野良犬野郎が……? いや、しかし待て。水死体として揚がったのは、第1班と第2班のみ……。残りの第3班と、第4班はどこにいっちまったんだ?」
そしてその答えは、すぐに出た。
「pぉきじゅhygtfrでsわqげrじょいあsろいgfじゃwれー0gqw340-t9ういあえろ@い:gjはsdf@ごいじゃえwr@0pg9jさげ:ぉいfhrじゃえgr@おいくぇあwr@おぎくぇ5r「09hがじぇg@r0ひsdfbg¥「t6^j-お@lhわ^@30pじぇ5hgぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」
開け放たれた書斎のテラスの向こうから、邪神の呼び声を聞いてしまったかのような……。
人間がこんな声を出せるのかと思えるほどの、最恐の絶叫が飛び込んできたのだ……!
リヴォルヴは弾かれるように、革張りの椅子から立ち上がる。
テラスに飛び出し、欄干から落ちそうなほどの勢いで、覗き込んだ階下。
そこには屋敷のプールがあるのだが、そこには……。
V字型の物体が、まるで田植えのように、プールに植え付けられるかのように……。
びっしりと、生えていたのだ……!
日課のプール遊びをしようとして、それを間近で、マトモに見てしまったリヴォルヴの息子。
ロータスルーツは自分の身体を生爪が剥がれんばかりに掻きむしり、自傷行為に及んでいた。
次回、この異常事態に対して、リヴォルヴは…!?
そして久々のカウントダウンです!
おそらく多くの方が気にされている「あの人」がもう間もなく…。
あと3話で登場しますので、ご期待ください!