34 プロによる狙撃
ゴルゴンは『仕事』のたびに、依頼主に新しい狙撃銃を用意させた。
彼は神尖組の隊長なので、デスディーラー一族からの、カートリッジ式の最新式の狙撃銃を使う。
この世界における、カートリッジ式の狙撃銃というのは、火薬の容量の関係で弾丸がかなり大きく、ちょっとした砲弾くらいある。
従って銃本体も機関砲のようにかなりの大型で、両手で保持して使うことはできず、設置が必要なシロモノでとなっている。
幾多もの戦場を日々転戦する神尖組にとって、大型の武器を持ち歩く余裕はない。
そのためゴルゴンも、現地で狙撃銃を手配させていた。
仕事のたびに異なる銃を使う彼であったが、銃本体は変えても、パーツのなかでみっつ、決して変えないものがある。
ひとつは、彼自身。
彼は新しい銃であっても、幾多の修羅場をともにくぐりぬけてきた相棒のように、己を一体化させる。
ふたつめは、床敷き。
彼はいつも伏せ撃ちをするのだが、地面に直接身体を横たえることはなく、必ず愛用の敷物を敷き、その上にうつ伏せになる。
そしてもうみっつめは、単眼鏡。
渡された銃にあらかじめ付いていたとしても、外して載せ替える。
理由としては、スコープ内の照準器にある。
照準器というのは普通、中心がわかるように、円のなかにシンプルな十字が描かれているものだが、彼のは違った。
円の下には、差し出された白骨の手のひら。
ただそれだけが、描かれているのだ。
このスコープにおさめれた者は、文字どおり、彼の掌上で生きることとなる。
いや……。
彼によって生かされている、といったほうが正しいだろうか。
どんな巨躯でも、魁偉でも……。
修羅と呼ばれた千人斬りの剣豪でも、悪魔と呼ばれた大国の覇王であっても……。
巨人のようなオーラを放つ彼らですら、ひとりの人間として、この中におさまってしまう。
人間、死んでしまえばみな同じ、骨と灰になるかのように……。
ゴルゴンのスコープに捉えられたものは、等しく一握りの存在となってしまうのだ……!
いま握られていたのは、おどけた犬のマスクを被ったへんなオッサン。
その道化のような見目とは裏腹に、ゴルゴンの部下を一方的に痛めつけている。
第4班の暗殺が失敗したのは、これが初めてのことであった。
しかし隊長である彼の表情は、機械仕掛けであるかのように冷たい。
もとも神尖組第13班の部下たちは、ゴルゴンを隠すための、簔のひとつに過ぎない。
狙撃による殺害を、彼らの手による惨殺に変えるためのものだ。
神尖組の隊長たちは、勇者学校で使われる歴史の教科書にも紹介されている。
しかし彼だけは、そこにはいない。
ゴルゴンはその存在すらも、自らの手で抹殺した、幽霊……!
いいや、生命すらも掌で弄ぶ、死の神なのだ……!
彼の白骨じみた指が当てがわれた、大鎌のように曲がったトリガー。
それがついに、引き絞られた瞬間、
………………………………………………………………!!!!
空気だけが震えた。
彼が愛用している敷物には、沈黙の効果がある。
本来は魔法の詠唱を妨害するためのものだが、その効果で発射音を消していたのだ。
キィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
金属が風を切る音が、山から山へと移り、
……バンッ!!!!
と撃たれたスイカのように、野良犬マスクの頭が粉々に爆散する、その刹那。
スコープの中で、不思議すぎることがおこった。
……ガキィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
野良犬マスクが何かのついでのように、顔の前で孫の手を振り払った途端、火花が散ったのだ。
ゴルゴンは音もなく息を呑む。
海苔のように太い眉を、刺し傷のように深い法令線を、カッと八の字に開いて。
――銃弾が、弾かれた?
……不発? それとも、空砲?
心の中でつぶやきながら、脇に並べていた弾丸を手にする。
改めて調べてみても、おかしなところはない。
――この弾丸は、何千回もチェックした。
だから不備など、ありえないはずだ。
銃のボルトを引いて排莢。
新しい弾丸をローディングポートに入れ、音のない世界で装填を終える。
続いて放った二発目の銃弾も、野良犬マスクの眉間をたしかに捉えていた。
しかし今度はおどけ顔が、ぐんっ、と横にずれた。
その後ろには、なりふり構わず襲いかかる彼の部下たちが、列をなして突っ込んできている真っ最中。
13番隊のアイデンティティである黒装束は、もはやボロ布と化していた。
みな全裸同然で、申し訳程度に巻き付いた布の合間から、ケロイド状になった肌を覗かせる。
きっと、焼けた石板に何度も何度も押し当てられてしまったのだろう。
幾度となく返り討ちにあっても、それでも立ち向かっていく彼らを突き動かしていたのは、上司である隊長への忠誠心。
しかし皮肉にも、彼らは上司が放った弾丸によって……。
……ズパァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
頭部を撃ち抜かれ、爆散っ……!!
――!?
野良犬マスクは、俺がここにいるのを、知らないはず。
200メートルも離れた場所にいる俺が、見えるはずがない。
なのに、弾丸をかわした……?
偶然、か……?
ちいさな輪の中にいるオッサンは、ゴルゴンのほうを見ることもない。
ゆっくりあぐらを崩し、静かに立ち上がっていた。
その足元には、プスプスと煙をあげる焼死体が、いくつも転がっている。
ちょうどその時、3発目の弾丸が飛んできていたのだが、それも何かを拾い上げるような仕草でかわす。
オッサンが手にしたのは、手づくりの弓矢であった。
ゴルゴンのいる方角に向かって胴を向けると、星空に掲げる。
そしてなんと、歯で弦を噛みしめた。
あいた方の手が負傷しているわけでもないのに、オッサンは賢い野良犬のように、アゴの力を使って弦を引き絞ったのだ。
あまりにも、独特すぎる射法。
この世界に弓道警察なるものがあったなら、即刻現行犯逮捕されそうな、大胆不敵な構えである。
しかしゴルゴンは、ことさら大きく見開いていた。
いつもはナイフのように、鋭く光る眼を。
言葉を漏らすことのない、引き結んだ口を。
隊長になってからは何が起こっても決して崩れるのなかった、表情筋の死んだ顔を……。
衝撃のあまり、だまし絵のように豹変させていたのだ……!
――あの構えは……!?
……ゴキブリっ……!?
……ビシュンッ!
狙った星の瞬きにも似たさりげなさで、矢は撃ち放たれた。