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33 プロ中のプロ(ざまぁ回)

 ゴーグルには青色の魔石が埋め込まれており、着用すると視界も同じ色になる。


 海の底のように、深い群青が広がる空間。

 その中央は、光源があるせいかうっすらとした水色に明るい。


 そして、そこには……藻のように絡み合う男たちがいた。

 ストロングタニシの肉眼では、オッサン以外は目視できなかったのだが、ゴーグルをかけた時点で9人もの男がその後ろにいるとわかったのだ。



「ゆ……幽霊の、正体みたり外道照身(げどうしょうしん)……!」



 しかしワイルドテイルの若者にとって、それ以上に衝撃的だったのは……。


 九つもの小太刀を、たった二本の孫の手で防ぎきっているオッサンの姿であった。


 黒装束の男たちはオッサンの背中側から、一斉に斬りかかっているというのに。

 しかも柄を両手で握りしめ、ぎりぎりと力を込めているというのに。


 オッサンはまるで、背中を掻くついでのように、暗殺剣を受け止めていたのだ……!


 それはさながら、九尾の妖狐の尻尾を絡め取り、召し捕っている老獪なる剣聖のよう。



「なっ、なんだっ!? ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 闇をつんざく若者の声に、一斉に飛びすさる暗殺集団。

 それでもオッサンは背中を向けたまま、



 ……すぅ……。



 と孫の手を静かに前に戻した。


 当然ながらオッサンの前方には、寝ているチェスナ以外は誰もいない。

 敵はすべて後方180度の闇に、扇状に散開している。


 本来であれば、のんびり座っている場合ではない。

 素早く立ち上がって振り向き、狼藉者たちと対峙するのが当然である。


 しかしオッサンはなおも座ったまま。

 後ろを伺うために首を傾けることもしない。


 それどころか我が身を守ったエモノですら、敵のいない方向に向けてしまうとは……。



「へ……ヘンッ!? な……なんだ、あの野良犬……!? 神尖組(しんせんぐみ)の暗殺部隊に背後を取られてるってのに、なんであんなに余裕がある……!? もしかして、降参するつもりかっ!?」



 それは野良犬と暗殺者、どちらにとってもありえない答えであった。



 ……シャアッ!!



 音もなく飛び上がった3人の黒装束が、連なって斬りかかっていく。



「あ、あれは……!? 暗殺剣『かまいたち』……!? 3人で一斉に襲いかかり、斬りかかる……! 13番隊の剣ともなりゃ、ひと太刀でも避けられねぇってのに、それが3連続も……! かなりの剣豪でも、ひと太刀をいなすだけ精一杯……! 残りの太刀をよけられたヤツは、いまだかつてひとりもいねぇ……! しかも刃は毒塗りだから、カスっただけでもあの世行き……! 野良犬、万事休すっ……!」



 流星のように降り注ぐ剣閃。

 しかしオッサンはうつむいたまま。



「き……決まったっ……!?!?」



 しかし、見えていなかった。

 若者も、襲いかかっている者たちも。


 盲目の居合抜きの達人のような速さの、孫の手が……!



 ……ガッ!



 先の反り返った部分で、最初の黒装束の襟首を掴む。

 そのまま釣り竿でも振るかのように、岩場の向こうにある木々めがけて、



 ……ぽーん!



 と掴んだ身体を放り投げた。

 続いてのふたり目も、あいている孫の手で同じような目に合わせる。


 人間ロケットと化した彼らは、大木に激突して全身を強打。

 幹に貼り付いたまま、ずるずるとずり落ちていった。


 最後に飛んできていたひとりは、暗殺者とは思えないほどに空中で狼狽していた。

 なにせ、ふたつの孫の手で高々と抱え上げられ……。


 トップロープから場外への、高高度パイルドライバーっ……!

 場外は硬い石、しかもアツアツ、しかも顔を下にさせられた体勢ともなれば……!


 垂直落下の黒装束は、最後の抵抗として両手をついて最悪の事態だけは免れようとする。

 しかしそれすらも孫の手で払いのけられ、



 ……グシャッ!!

 ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーッ!!!!



 顔面の踊り焼きっ……!


 しかし、悲鳴はもうない。

 首がすでに、ありえない方向に曲がっていたからだ。



「す……すげえっ!? 『かまいたち』を避けるどころか、反撃するとは……! それも3人とも倒しやがった……! 仮にやってのけるとしても、3人ともいちどにまっぷたつにできるような魔剣か、いちどに吹っ飛ばせる大魔法……! ともかく、とんでもない火力がねぇと無理な芸当……! しかしヤツは剣どころか使わず、へんな孫の手みてぇなの2本だけで……!?」



 これには茂みから顔を突き出していた若者だけでなく、さすがの暗殺者たちも目を剥いていた。


 無理もない。

 3人もの手練れが、一瞬にして日用品にやられてしまったからだ。


 しかし……彼らのなかでひとりだけ、眉ひとつ動かさない者がいた。


 それは、静かなる死闘が繰り広げられていた山頂から、少し離れた場所にある、もうひとつの山頂。

 単眼鏡ごしの光景を、静かに見つめる者であった。


 彼が、野良犬のマスクを暗殺するのは、飼い犬の毛を()くくらい、たやすいこと。


 今日の昼間、野良犬と少女が洞窟前の岩場で、無防備に作業をしているときに狙撃シミュレーションしてみたのだが、333回中333回とも気付かれることなく眉間を貫けた。


 当然である。

 野良犬のいる岩場から、彼のいる狙撃ポイントまでは、200メートルも離れている。


 真っ平らな地続きの場所であれば、それだけ離れていても見つけられるかもしれないが……。

 彼は森の茂みに紛れているうえに、リヴォルヴから配備された最新式の迷彩服(ギリースーツ)を着込んでいる。


 たとえオッサンがマサイ族であったとしても目視は不可能であろう。


 しかし彼は用心深かったので、狙撃を実行には移さず、夜を待った。


 野良犬と少女が日の暮れた岩場で、無防備に石板焼きを楽しんでいるときの狙撃シミュレーションでは、333回中333回とも眉間を捉えた。


 当然である。

 上空には深い雲がたちこめるシンイトムラウの、夜の闇は深い。


 たとえオッサンに千里眼があったとしても、狙われているのに気付くのは不可能であろう。


 しかし彼はとても用心深かったので、狙撃を実行には移さず、部下の到着を待った。


 そう……。

 これが彼の『仕事』のやり方なのである。


 部下たちに襲わせ、標的(ターゲット)の気をそらす。

 標的(ターゲット)自身が、狙われていることを絶対に絶対に絶対に気付かない瞬間を作りだし、狙撃。


 本来であるならば、狙撃対象が動かないほうが命中率は上がるはずなのだが……。

 彼ほどのプロフェッショナルともなると、命中率などもはや関係なかった。


 相手がどんなに激しく動いていようとも、眉間を貫くだけの自信があったのだ。

 なお第4班との戦闘が始まってからの狙撃シミュレーションでは、333回中333回とも眉間を撃ち抜けた。


 すでに、999回の演習(プラクティス)


 そして1000回目にしてついに、死神の鎌のように曲がったトリガーを、最後まで引き絞る……。

 それが彼の、殺しの流儀でもあった。


 オッサンは今もなお、彼の部下を相手に、超人的な孫の手さばきで戦っている。

 しかしそれすらも、彼にとっては想定内の出来事。


 ゴルゴンにとってはすでに、(てのひら)の中の命にすぎなかったのだ……!

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